第19話 俺がやったことに間違いはないと思いたい…
「俺は婚約する気はないから!」
自分の中ではすでに決まっている。
だから、迷いはなかった。
しかしながら、多少は緊張を感じてはいる。
が、そんな事を気にしている状況じゃない。
元から葵とは婚約を破棄する目的でこの場にいる。
足元が震えつつも、強い目力で、弱い心を抑えながらも葵の方を見やった。
「……」
会場内にいる周りの人らも、驚き、絶句し、空気感が先ほどよりも変わってしまっていた。
空気が乱れ、演奏で支配していた華やかさのある会場は、一瞬で絶望の旋律を無音で奏でているようだった。
「というか、今回は婚約するって事で聞いていたのだが」
「確かにな」
「でも、佐藤家のご子息は、その気ではなかったのか?」
「じゃあ、私らは何のために招待されたのやら」
「私も、時間をさいて、ここまで足を運んだというのに」
会場に集まっていたであろう他会社の社長らからの不満の声が漏れ始めていたのだ。
全て、自分のせいである。
けれども、好きではない人と今後生活を共にするなんて嫌だった。
今、自分がやったことに間違いはない。
そう自身の心に言い聞かせなければ、多くの人が集まっている会場で、平常心を弄る事は難しかったからだ。
冷静な想いと、他人から向けられる敵意の視線。それらを受けながらも、ギリギリの精神を維持していたのである。
「ちょっと、待て。これはどういう事なんだ」
「それは、色々とわけがありまして……」
ステージ近くに佇み、司会を担当していた男性の元に数人の社長が集まっていた。
「訳ありだと? 私は仕事で忙しいんだ。こんな茶番に付き合ってはいられないんだ」
「これは嘘だったのか?」
「なんか言ったらどうなんだ!」
「説明しろ」
他の社長らから詰め寄られ、どこから説明をすればいいのかわからず、司会進行役の男性は戸惑っていた。
将人の発言で、この会場の情勢が大きく変わってしまったのは言うまでもない。
「私は何も聞いていない。そもそも、あの男が全ての原因なんだ」
司会担当の男性は、マイクを持ちながら将人の方を指さしていた。
すべての現況は将人自身が生み出したものだと。
「将人、これはどういうことなんだ。さっき、指示に従えと言ったはずだろ」
「そ、そうだけど。俺は」
多くの人混みをかき分け、ステージ前に、父親が駆け足で近づいてきた。
「父さんの会社が今、どんな状況かわかっているのか?」
将人はステージ前にいる父親へと視線を向ける。
「わかってる。でも、お父さんだって、嘘を付いていたじゃないか。俺の意見も聞かないで、勝手に話を進めて、今日だって。本当は来たくなかったんだ」
「お前……」
父親は怒っていた。
それは無理もない。
大勢の会社の社長や役員らが集まっているところで、大きな失態を犯してしまったからだ。
今後の経営や、取引に支障が出るかもしれない。
それは、学生だったとしても、将人もわかっているつもりだった。
でも、少しは俺の気持ちを理解してほしい。
「佐藤。これはどういうことなんだ? 息子から承諾を得たと私には言っていたはずだが?」
「そ、こ、これには訳がありまして」
将人の父親の元には、東雲家の経営者であり、六〇代くらいの葵の父親が歩いてやってくる。
「話が違うじゃないか。まさか、強引に話を進めたのか?」
「い、いいえ。しっかりと、将人の口からは」
父親は言い訳ばかりで、会社が傾いてしまうのも無理はないと、その時、将人は察した。
会社の社長である父親は、今では単なる周りの引き立て役のような人にしか、将人の瞳には映っていなかったのだ。
「あなた、本当に私との婚約を断る気?」
「……ああ、もう決めたんだ」
「けどね、あなたのせいで、周りの人は迷惑をしているのよ。こんなことになって、責任はとれる?」
「……わからない。俺はまだ……」
「そう……でも、あなたには失望したわ。むしろ、私の方から切り捨てたいくらいよ。あなたに期待していたのに。私の気持ちを理解してくれる人としても信用していたのに」
数分前までは、葵は将人の事を誘惑していたのに、今ではゴミを見るような目で将人を見やっていたのだ。
刹那、葵の頭上に数字が出現する。
将人の見間違いでなければ、最初、葵の頭上には90と表示されていた。
だが、みるみる内に数字が減少し、今では50になっていたのだ。
恋愛指数が50といっても多い方である。
まだ、彼女の心の底では、将人の事を信頼しているのだろうか。
それから数秒後、葵の頭上に表示されていた指数は消えていた。
「なに、私の事をじろじろ見て。あなたの顔も……見たくないんだけど……」
葵から辛辣なセリフをはかれた。
逃げ出したい。
ここから消えていなくなってしまいたいという想いが強くなり、将人は手をグッと握り締めた。
将人は現実逃避するかのように、そのステージ上近くの簡易的な階段を下り、それから人混みの間をすり抜けるように走り出す。
会場を出、背後からは誰かの声が聞こえていたが、将人は振り返る事はしなかった。
できる限り、遠くまで逃げたい。
そんな一心で、がむしゃらに走る。
将人は乗用車が行き交っている近くの、電灯で照らされた歩道をひたすら走り続けるのだった。
こんな自分でいいのだろうか。
嫌な事を経験する事が、社会人になるために必要なモノだとしたら、まだ社会人としてはふさわしくないのかもしれない。
「はあぁ……俺、もう家には戻れないよな……」
とある公園に将人はいた。
公園近くの電灯で照らされている場所近くのベンチに、一人寂しく俯きながら座っていたのだ。
「俺、今日からどこで生活すればいいんだろ」
今日は金曜日の夜で、明日は休み。
普段通りなら、漫画を読んだりして、平凡な日常を送っていたに違いない。
「……どうしたらよかったんだろ」
さっきの自分の行いが間違っていたのではと、夜風に当たっている最中。脳内が鮮明になるにつれて、後悔に駆られ始めていたのだ。
「……え? そこにいるのって、将人?」
「⁉」
将人は体をビクつかせた。
暗闇に女の子の声。恐る恐る顔を上げてみると、ベンチのあるところから少し離れた先にある公園の入り口に人影があった。
目を凝らしてみると、それは幼馴染の
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