第18話 俺はまだ責任は持てないけど…

 もう決まったことだと言われたとしても、どうしても納得がいかなかった。


 自分の中では、まだ嘘であってほしいと何度も願っていたからだ。


 だが、現実というのは残酷なのである。


 東雲葵しののめ/あおいと共に、絶望な瞳をしたままステージのある会場に戻ると演奏がなされていた。


 プロの音楽家を手配していたようで、ステージの横近くには楽器があり、演奏している方々の姿が見えたのだ。

 現状、将人自身の心は闇に染まっているのに、周りの雰囲気だけが明るいオーラを纏っているようだった。


 大勢の中で自分だけが、この空気感に馴染めず、孤独を感じ始めていた。


 早く、この会場から逃げたいのに、葵はさらに手を握ってくる。

 将人を手放したくないというオーラが、葵からはにじみ出ていた。




「ようやく戻って来たのか、将人」


 会場に戻ると、父親が近づいてきた。


「あと少しで、色々と始まるから、準備をしておいてくれ」

「……」


 佐藤将人さとう/まさとは現実と向き合え切れず、俯いたままだった。


「どうした、将人」

「……お父さんは、俺に嘘を付いていたの?」


 将人は俯いていたが、ゆっくりと父親へと視線を向かわせた。


「嘘? いやぁ、そんな事はないさ」

「でも、この婚約って絶対だったの?」

「……それは……そんな事はないと思うけどなぁ」


 父親は、問題ないから準備してくれと言わんばかりの対応しか見せてくれなかった。


「でも、俺は真実を知りたいんだ」


 将人は言い切った。

 隣にいる葵も、近くにいたパーティー参加者の数人も、将人の声に反応し、視線を向けてくる。


「そんな大声では」

「俺はお父さんが何を考えていたのか、少し知りたかったから」

「そうか、分かった。少しだけな。会場の外で話そうか」


 父親は諦めた感じの口調になり、肩を落としていた。


「うん、そうしてほしい」


 将人が信念のこもった口調で言い放つと、葵は意外にも手を離してくれたのだ。


「まあ、少しは話してきた方がいいわ。今後のためにもね」


 葵は余裕のある笑みを浮かべ、将人の近くでこっそりと発言していた。


「じゃあ、席を外そうか」


 将人は父親と共に、会場を出ることになったのだ。






「お父さんは隠してたんだよね」


 会場の外には誰もいない。

 しかし、誰にも聞かれないために、できる限り、端っこの方でやり取りをすることになった。


「……そうかもな。そうだな……それは本当にごめんな。しかしな、嘘を付きたかったわけじゃない」

「じゃあ、どういう意味なんだよ」

「それはな……」


 父親は難しい顔をして、少々言葉を詰まらせていた。


「それに、会社の件は? 東雲家と会社を統合するって」

「それはな。将人には言い出しづらかったんだ。急に、会社が傾いていると言っても、心配するだろ」

「それはそうだよ。そういう事なら、早く言ってほしかった」

「将人に、それを言っても、すぐにどうにかできるわけじゃないだろ」

「そう、かもしれないけど……」


 ただの高校生が、この社会規模の事と向き合える技量も度胸もない。ましてや、責任感すらも持ち合わせていないのだ。


 できることも限られているのはわかっているのだが、自分も何かの役に立ちたかったのだ。


 統合するよりも、今の状況で何とか経営を上手く改善できるようにしてほしかった。


「それにな、統合した方が安泰なんだ。統合した場合、将人が高校を卒業した後、数か月の下積みを経て、早々に役員として活躍できるんだ。のちには経営者になる。しかも、東雲家は有名な企業なんだ。今後の事を考えても得しかないだろ。それに、東雲家のお嬢さんとは、同じ学校なんだから、上手くやっていけるだろ」

「それは勝手すぎるって……俺、アイツの事は好きじゃないから」

「でもな、社会に出たら、好き嫌いとかではやっていけないからな、将人」


 父親の声の抑揚が変わった。


「え……け、けど」

「けどじゃない」


 その時、父親の顔つきは違っていた。

 普段のような優しい感じでもなく、気楽な笑みを見せることもなく、目の前にいる父親は、将人の事を一人の社会人として見ているような瞳になっていたのだ。


「お父さん……」

「いいから、これは今後のために必要なことなんだ。わかったら、会社の方針に従いなさい」


 今の父親には、昔の面影なんてなかった。


 自分の家からも、東雲家からも強制させられている。


 将人にはもう逃げ場所なんてない。

 さらなる絶望感に押しつぶされそうになっていた。


「この後な、あの会場のステージで、東雲家のお嬢さんとの婚約式が行われるから。早く準備しておくようにな」


 将人が発言する暇を与えることなく、すべてを話し切った後、父親は背を向け、その場から立ち去り、会場へと姿を消していったのだ。






「ねえ、将人? 大丈夫?」


 誰もいなくなった場所に、白色のドレス姿の高嶺六花たかね/りっかがやって来た。


「大丈夫見えるか?」


 将人は六花の声を耳にし、心にゆとりを持ちながら、振り返った。


「見えないかもね。そんなに嫌なら、断ればいいじゃん」

「それが簡単にできたならいいんだけどな」

「じゃあ、断ってあげる?」

「いや、いいよ。自分でやるさ。そのために、ここに来たんだからな。何とかする」

「そう。だったらよかったわ」


 六花は自分の事のようにホッとしていた。

 彼女は自身の胸に手を当て、呼吸を落ち着かせていた。


「じゃあさ、断ったら、私と婚約する?」

「そういう事、サラッと言わないでくれ」

「でも、さっきの話を聞いてたけど、やっぱり、あの人のこと嫌いだったんだね」

「そ、そうだよ……」

「私に、嘘を付いてたなんてね」

「……ごめん、それは俺にも落ち度があったと思うから」

「じゃあさ、その代償として、今週中でもいいから少し付き合ってよ」

「付き合うっていうのは、招待状の件と繋がりがある感じ?」

「それとは別って事。将人も嘘を付いてたんだし、そういうところは責任を取ってよね」


 六花からお願いねとウインクをされた後、彼女はクルッと背を向けて会場へ向かって行く。


 このままではいけないと思う。


 東雲家の件もそうだけど、六花の方もどうにかしないといけないのだ。


 ハッとし、将人は六花の頭上を見る。

 彼女の恋愛指数は、89になっていた。

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