第17話 あなたはもう私からは逃げられないの

 佐藤将人さとう/まさとには、女の子の頭上に表示される恋愛指数が、自身の瞳を通じて見える。

 しかし、彼女だけは、唯一可視化する事ができないのだ。


 その上、彼女の態度は、学校で見せるような厳しい態度ではなかった。


 数字が見えれば、どんな心境なのかは大体わかる。

 現状、数字が読み取れないからこそ、余計に対抗策に困っていたのだ。




「ここなら、安全だと思うから。ここで二人っきりで話しましょうか」


 濃い青色のドレス姿を綺麗に着こなしている東雲葵は、会場となっているエリアから離れた場所にある、二階の空き部屋へ将人を連れてきていた。


 今、ステージがある場所では、開会式が始まっている。

 最初の内、ステージ上では色々な会社の社長による話が行われているのだ。


 将人と葵に関係する話は後で行われると、葵自身が話していた。




「俺は戻るから、やっぱり……」

「それは出来ないわ」


 と、葵は、その扉の鍵を閉めた。


「ここで、私との会話が終わるまではね」


 扉に背を向けて通せん坊している葵は、学校では見せる事のない妖艶な笑みを浮かべていた。


 こ、これは詰んでしまったのか……。


 将人は言葉に詰まり、早急に脳内で対抗策を考えるものの、すぐには思い浮かばなかった。


 沙織に想いを伝えないといけないのに、こんなところで立ち止まるわけには。






 東雲葵しののめ/あおいは、とあるIT関係の会社を運営する親の娘である。


 葵の会社では、インターネットに関する事業を展開しているようで、今、一番力を入れているのは人工知能の開発らしい。


 以前は携帯電話や、ゲームの端末などの開発に力を入れていたようだが、世界情勢の変化を見据えて現在の事業に至るようだ。


 このご時世では今、人工知能により、多くの事業を開発している会社が多いらしい。




「あなたは、私と婚約する予定なの。だからこうして、会場も手配して色々な会社の社長を呼んで、パーティーを開くことにしたのよ? あなたはそれを了承して来たんでしょ?」


 葵は将人の方へ歩み寄ってくる。


「そ、そんなことあるわけないだろ」


 彼女との距離が縮まると、顔を背けたくなるのだ。


「じゃあ、なぜ、来たのかしら?」

「それは……断るためだ」

「断る? もしかして、婚約を?」


 葵は、不満そうな顔つきになる。

 そして、将人の顔をジッと見つめてきたのだ。


「ああ、そのつもりだ。俺は、付き合う気なんてなかったんだ」


 言う時は言わないといけない。


「以前は婚約を受け入れていたじゃない」

「それは……あの時は言えなくて」

「でも、あの時ね、あなたが何も示さなかったから、それで両親に婚約の件を伝えたの。あなたは、すべてを了承したと思っていたから」

「それは早とちりだ。なかったことにしてくれ」


 将人は強気な姿勢で挑んだ。


 断るなら、このタイミングしかないと思った。


 この会場にいる大半が、佐藤家と東雲家が婚約する事前提で、この場所に訪れているのだ。


 あのステージがある会場に戻ったら、確実に周りに流されて何も言えなくなってしまうだろう。


 葵に伝えたとしても、断るための影響力は少ないかもしれない。

 けれど、自分自身が、葵の事を好きではないという意思を、少しでも伝えたかったのだ。


「あなたは私の事が嫌いなの?」


 さらに彼女との距離が近くなる。


「嫌いっていうか……元々、そんな好きじゃなかったさ。いつも、俺にだけ指導してさ。他の人も色々と規律守っていない奴もいたのに。俺だけに」


 将人は全力で思っている事を伝えたのだ。


「それは……」

「なに?」


 葵の様子がおかしかった。

 妙に頬を紅潮されているというか、不自然さが目立っていたからだ。


「それは……あなたに……あなたと少しでも話す時間が欲しかったから」

「え? 話す時間? な、なぜ?」


 将人の心に緊張感が走る。


「だって、私の事を会社の娘としてではなく、一人の人として見てくれていたじゃない」

「そ、それが……何か?」

「他の人は、私の会社が有名だから、それで親しくしようとか、親切にしようとか。お金目当てで告白してきた人もいたから」


 そんなことがあったのか。

 それに関しては気にしたことがなかったな。


 将人は、葵について、何事にも真剣に関わり、向上心を持って生活しているものだと思っていた。


 そういう事で悩んでいたのは、まったく知らなかったのだ。


「私と同じ環境で生活していると思うから理解してくれると思って。あなたとなら、一緒でもいいと思って。だからね、私は親に言ったの。佐藤家となら婚約してもいいって」


 ああ、そういう事か……。

 あの件については会社同士のやり取りで婚約する事ではなく、葵からの発言が発端だったのか。

 という事は、会社間での取引としてではなく、最初っから婚約する事が前提だったと。




 両親が言っていた事とは少し違う気がする。


 まさか、両親は嘘を付いていたのか?


 ショックであり、心が急に痛んできた。


 昔から大学に行くという事を進めていた両親が、急に跡継ぎが欲しいと言っていた事とも関係するのだろう。


 そんな裏事情があるとは思ってもみなかった。




「だからね、あなたはもう逃げられないのよ。あなたは私と一緒に暮らすの。それに、あなたの会社はもう難しいの」

「……は? 俺の会社の事をバカにしているのか?」


 嘘を付かれていたとしても、両親は今まで自分の事を育ててきてくれたのだ。

 多少の情はある。

 だからこそ、彼女の言葉は許せなかった。


「そんな、怖い顔をしないで。でも、事実なの。あなたの両親は、私の両親が経営している会社と統合してほしいって、あなたの両親のから言っていた事なのよ」

「……う、嘘だろ……そんなわけ。両親の会社が傾いているのか……そ、そんなこと一言も」


 葵の方が嘘を付いているかもしれない。


 両親からは全てを聞いているわけじゃない。

 ゆえに、将人の中では信じられない事の方が多かった。


 この婚約も、何かの嘘であってほしい。


「どう転んでもね、あなたはもう逃れられないの」


 葵は、顔を近づけてきたのだ。

 キスしてもおかしくない距離感になりつつある。


 彼女は妖艶な笑みを再び見せてきたのだ。


「私は、あなたの事が好きだから。この婚約を破棄させるつもりはないから♡」


 葵が放ったセリフに困惑しながらも、これは現実で起きている事なのかと、二人っきりの空間で、将人は何度も自分に言い聞かせていた。

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