第12話 俺は、思ったことがある…
「ここなんて、どうかな?」
「いいところそうだね」
口調も穏やかになっている。
二人は街中にいるのだ。
目の前には喫茶店の看板が見える。
今からその店内に入る予定だった。
手を繋いだままだと恥ずかしい。
夕暮れ時の街中には多少なりの人が出歩いている。が、誰も将人らの方を見ているわけではない。
多分、誰も気にはしていないのだろうが、高校生の将人からしたら照れ臭く緊張感が増してくる。
変に意識しなければいい。
そう思っても、やっぱり、緊張からは逃れられないものだ。
将人は彼女から手を離そうとする。
が、沙織は軽くだが、キュッと手を握り直してきた。
なかなか、手を離せる状況ではなくなった。
やっぱり、繋いでいたいのか?
将人は彼女を横目でチラッとだけ見やった。
「どうしたの?」
「いや、何となく」
「そう……」
「……」
気まずい時に言葉数が少なくなると、なおさら気まずくなるんだよな……。
なんか、新しい話題はないのか。
必死に自身に問いかけ、考え込んでいると喫茶店の扉の前に到達していた。
今から扉を開けないといけないのだ。
将人は正面の扉のドアノブに手をかけて開く。
喫茶店らしく鈴の音が鳴り響く。それから奥の方から女性店員がやって来たのだ。
「お客様は、二名様で、よろしいですか?」
「はい」
将人が言うと、隣にいる沙織も頷いていた。
「今日は、カップル割引きをしておりまして、そういったサービスも出来ますが、どうなさいますか?」
カップル割引き⁉
沙織とは、まだ付き合っているとかじゃないんだけど……。
これ、どう答えればいいんだ?
「ど、どうする?」
将人は心臓の鼓動を軽く高めつつ、彼女の様子を伺う。
「わ、私はそれで!」
沙織は勢いのある口調で、女性店員に向かって発言していた。
ほ、本気か?
だが、彼女とカップルなんて他人から言われても嫌な気分はしない。
カップルか……。
やっぱ、他人からはそう見られているのか。
将人からしたら気恥ずかしいが、沙織はサービスを受ける気満々で口元を緩ませていた。
彼女が楽しんでくれればいい。
元々、沙織のために、この店屋を選んだのである。
カップル割引きが行われている日だとは知らなかったが、運よく入店できてよかったと思う。
「お二人は、仲がよさそうですね」
女性店員はニコッとした後、視線を少し斜め下へと向ける。
将人はその視線の先に気づいた。
将人と沙織が手を繋いでいたことにより、店員がカップルだと判断し、サービスの説明をしようと思ったのだろう。
手が熱くなってきた。
沙織の手の温もりも含まれていると思うが、人肌と接触していると、じわじわと胸の辺りも緊張交じりの熱さを覚え始める。
本当にな……。
つい最近まで幼馴染として意識していたのに。
幼馴染の事を一人の女の子として見るようになると、急に環境自体が変わるものだ。
「ご注文がお決まりになりましたら。お声かけお願いします。では、ごゆっくりどうぞ」
女性店員は水の入ったコップを、二人が現在座っているテーブル上に、それぞれ置いていた。
その彼女は、別の席のお客から呼ばれ、立ち去って行く。
二人はテーブルを挟み、向き合うように座っていた。
喫茶店の雰囲気の良さも相まって、この状況。プロポーズをするワンシーンのように、将人は感じていた。
テーブル上に広げられた、材質の良さそうなメニュー表。
一見、普通そうに見える喫茶店内。
店内の空気感は程よく調節されており、その上で、心地よさを感じられるBGM。
カップルサービス期間中な為か、洒落たデザインの絵画が店内の壁に取り付けられてあった。
美術館に行かないとお目にかかれなさそうな絵だ。
まじまじと、その絵を見入ってしまう。
「綺麗な絵だよね! 将人」
「え、まあ、そうだな」
沙織も、その絵には興味を示しているようだ。
その絵画は基本的に、鳥をイメージして描かれたもの。
なぜか、鳥を中心として描かれており、疑問が残る。
「あれって、コウノトリじゃない?」
「え?」
よくよくその絵画を見れば、確かに、白と黒を基調としたコウノトリらしき絵がある。
「もしかして、カップル割引きだからかな?」
「さ、さあ。でも、そうかもな」
これに関しては店屋スタッフじゃないからわからないが、実は沙織の言う通りかもしれない。
ちなみに、カップルサービスとは、店員曰く全体的に三割引き。ケーキの類に関しては、半額で提供してくれるらしい。
安くデザートを食べられるなら、注文しないわけにはいかないと思う。
「そろそろ、決めよっか」
「あ、ああ、そうだな」
沙織から誘われるようにメニュー表へと目線を向けた。
「美味しかったね!」
数十分前に喫茶店を後にして、住宅街のある場所へ向かっていた。
「そうだな。沙織はよかったのか?」
「うん、気分転換にもなったし」
「そうか、だったら、俺も良かったよ」
明るい表情を見せるようになった沙織。
その顔つきを見て、将人も気が楽になった。
「私、ここまででいいから」
住宅街の近くまで到達すると、彼女から、そう話を切り出された。
「家まで一緒に行くけど」
「いいから。今日はここでいいの。ちょっと、一人になりたいし」
「そうか。でも、気を付けてな」
「うん、大丈夫だから……」
沙織は軽く走り出す。
そして、立ち止まり、振り返ると将人の方を見て手を振ってくれる。
沙織はそれから走り出し、気が付けば彼女の後ろ姿は小さくなっていた。
「大丈夫なのかな……」
将人はその場で小さく呟いた。
「大丈夫だよ、今の状況だとね」
「え?」
誰と思い、パッと声が聞こえる方を見やった。
そこには学校指定の通学用のリュックを背負った妹――
「……お、驚かすなよ」
「別に、私は驚かそうと思ったわけじゃないけど?」
「だとしてもだ。急に話しかけられると怖いだろ」
「そう?」
「当たり前だ」
妹は意味が分からないところが多々見受けられる。
「というか、今の状況だとって言っていたけど。どういう事だ?」
「それは言葉通りだけど」
「え? は? え……どういう事?」
「まあ、気にしない方がいいよ。お兄ちゃん! 行こ、家に」
「……あ、ああ……そうだな」
一瞬、思ったことがある。
妹って――
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