第9話 俺は、令嬢の六花から誘惑されている

 羽生沙織はにゅう/さおりの水着姿は最高だった。


 その時、興奮が収まらなくなりつつあった。


 女の子の水着姿を、あんなにも間近で見たのは人生でも初めてだ。


 水色のビキニ姿は輝いて見えている。


 小学生の頃や中学時代の頃も、幼馴染の水着姿を、市民プールや、家族で海に行った際、瞳に焼き付けることも多々あった。

 けれど、その頃の彼女は学校指定のスクール水着だった。


 高校生になった今では、ビキニ姿を見せてくれたのだ。

 元からスタイルが良かった。

 それも相まって、際どい体のラインをお目にかけることができたのである。


 授業中の今も、胸の谷間が鮮明に脳裏に蘇ってくるほどだ。

 スクール水着という胸の膨らみしかわからない水着ではなく、たわわに実ったモノを見ることがビキニは、高校生になった将人にとっても刺激が強かった。


 だ、ダメだ。今は授業に集中しないと……。


 将人は首を振って、冷静さを取り戻そうとする。

 深呼吸をした。


 やっと、心臓の鼓動が落ち着いてきたと思う。




 でも、あの時間帯は絶妙に運が良かったと思う。


 朝の水泳部の女子更衣室には、沙織の言う通り誰も訪れる事はなかった。


 誰か一人でもやってきていたら終わっていただろう。


 一応、扉には鍵を閉めていたから何とかなっていたと思うが、今思い出してもヒヤヒヤする。

 授業中。席に座り、授業を受けている今でも、妙な緊張感に襲われるのだ。




 佐藤将人さとう/まさとは気分を切り替え、机のノートや教科書に目線を向けた時、足元に何かが当たった。

 何かと思って机の下へ目を向けると、一つの消しゴムが、そこにはあったのだ。




「ちょっと、拾ってくれない?」


 小声で話しかけてきたのは、隣の席の高嶺六花たかね/りっかだ。

 今日も美人さと愛らしさが際立っている。


「いいけど」


 将人は拾ってあげた。


「ありがと」


 六花からウインクされた。


 今日はなんか、ウインクされることが多い気が……気のせいか。




 右隣の席の六花は美少女だ。

 将人に対し、婚約を申し出てくるほどの勢いがある。

 だが、教室にいる時は、そこまで将人に対して話しかけてくる事はなかった。


 話しかけられないのではなく。六花は転校早々クラスメイトからの人気があり、隣の席なのに話しかけるタイミングがないのだ。


 噂によれば、転校してきた日から、別のクラスの男子生徒からも告白されたと聞いたことがある。

 そこまでモテるのに、断ってるとも聞いたこともあった。


 容姿もよく愛嬌もあり、家庭はお金持ちで両親は起業家。

 その上、母親は海外の人のようで、六花もある程度の英語も話せる。

 プライベートで、海外にも旅行したりするらしい。


 尋常じゃないくらいのハイスペックな美少女が、なぜ、こんな俺に対し、婚約を迫ってくるのかわからない。

 理解に苦しむ。


 しかしながら、将人も一応、両親が起業家であり、社長子息ではある。


 まさか、政略的な意味もあるのか?


 昔、彼女は出会ったことがあると言っていた。

 会社関係ではなく、人として興味を抱いてくれた可能性もある。

 そこに関しては、今のところハッキリとはしていなかった。


 でも、昔、六花とどんなやり取りをしていたのだろうか。


 思い返そうにも、いつの時期なのか不明であり、まったく思い出せなかった。




「……」


 授業中。確認する程度に、将人は横目で六花の恋愛指数を見た。


 昨日は、91だったはずだ。


 み、見間違いじゃないよな……。

 95になってるんだが⁉


 昨日の屋上でのやり取りもあって、余計に興味を持たれたとか?


 でも、不思議だよな。

 昔からの付き合いがある幼馴染よりも、六花の方が高いなんて。






「これまでの話は分かったかな。今日学んだページを開いて。今から練習もかねて、隣の席同士で英語のやり取りをして貰うから。まずは、練習することが大切ですからね」


 教室の壇上に立つ気取った感じの女性教師は、英語の教科書を手にしたまま、周りの生徒らを見やっていた。


 次第に教室内は騒がしくなり、皆、英語での会話を行い始めていたのだ。






「どうしたの? 私の顔ばかり見て」

「……え? え、いや、な、なんでもないけど……」

「もしかして、私の事、好きになっちゃったとか?」

「ち、ち、違うけど……」

「そんなに強がらなくてもいいのにー」


 六花から軽く笑われてしまった。


 彼女の笑顔にも愛嬌がある。


 沙織とは少し違うが、将人の瞳には魅力的に映っていたのだ。


 さすがに、それはダメだって。


 俺は決めたんだ。

 沙織に想いを伝えるために行動するって――


 だからこそ、将人は、東雲葵との婚約。それと、六花の婚約を断ると誓っていたはずだ。




「ほっぺ、赤いけど?」

「これは、その、な、なんでもないよ」


 将人は不覚にも六花を意識してしまっているようだ。


「ほら、こことか」


 そう言って、六花は体の正面を向けたまま、将人の頬を指でツンツンしてくる。


 ⁉


 そ、そんなことされたら……。


 こんなの浮気と同じじゃないか。

 最低だ。俺は――


 一瞬でも、彼女に心を奪われそうになっていたからだ。


 けれど、こんな場所で、六花の婚約を断るとかは無謀だ。

 二人っきりになった時に、正式に断ろうと思う。


 教室という疑似的な密室空間で、こんなハイスペック美少女を振ったとなったら、六花の事が好きな人から恨みを買いかねない。


 ここは冷静に……。




「ね、大丈夫かな?」

「⁉」


 気づけば、六花の顔が、将人の顔近くまで迫っていた。

 肌白く、その上、香水のようないい匂いがする。

 優しくも、親しみのある笑みを浮かべてくれていた。


 ヤバいって――

 こんな状況で、英語会話のやり取りなんてできないから。




「私が色々と教えてあげるから♡」

「え?」

「私は英語を教えるだけよ。変に意識しちゃった?」


 六花は英語の教科書を両手で広げ、将人に優しい笑みを浮かべる。


「違うから、そんな事……」

「でも、婚約したら、色々なことができるけどね♡」


 と、六花はこっそりと耳元で囁いてくれたのだ。


「将人も早く教科書を開いて、一緒に英語のやり取りしよ。私が質問する側で、将人が説明する側ね」


 俺はこの教室で、こんな環境の中で、平常心を保ちながら学校生活を送れるのだろうか。

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