第8話 私、将人に伝えたいことがあるの
「ね、ちょっと立ち寄って行かない?」
校舎の昇降口に到達した頃合い、彼女から誘われた。
ついでに、
「少し話したいことがあって、部室に来てくれないかな?」
「何を話すの?」
「今後の事」
「別に、いいけど」
将人が頷くと、沙織から“ありがとう”という意味を含んだウインクされた。
彼女からそんなことをされると、さっきのやり取りも相まって、余計に意識してしまいそうになる。
胸の内が歩く、少々どぎまぎしていた。
今は冷静になって、思考するべきだと自身に言い聞かせる。
沙織はショートヘアを触りながら気まずそうにしていた。
頬が少々赤く染まり始めていることもあり、より一層、女の子らしさが前面に現れているような気がする。
将人は、幼馴染としての沙織ではなく、一人の女の子としての沙織として見ていたのだ。
沙織って、こんなに可愛かったか?
普通に友達として意識はしていたが、やはり、これは恋愛的に自分が感じている証拠なのだろうか。
学校の敷地内にあるプールは、本校舎から一分ほど離れたところにある。
遠くもなく、近くでもない。
丁度よい距離感だと思う。
朝の段階だと、プールには誰もいない。
現在、七月に入った頃であり、少々体感的に暑く感じ始める時期であった。
プールの近くに来ると、何となく涼しい気分になれる。
沙織は水泳部員であり、鍵の開け方を知っていて簡単に立ち入ることができた。
本校舎から程よく離れた場所だからこそ、人の声もうるさくなく、朝である事から平穏さで支配されているようだった。
「でもさ。普通に話すだけなら、ここじゃなくても、別のところでよかったんじゃないか?」
「それはそうなんだけど。でも、気分的に、そんな感じなの」
沙織は照れ臭いようで、苦笑いを浮かべ、意味深に自身の口元を指先で触っていた。
「こっちに来て」
「ちょっと待ってくれ」
将人は彼女の背を追いかける。
行きついた先は、とある部屋。
女子更衣室とだけ、扉に取り付けられたプレートに記されてあった。
「入って」
「でも、ここ、女子専用だろ」
「誰も見てないじゃん」
「そうかもしれないけど。先生とかにバレたら、問題に」
「それは私が何とかするから、ほら」
「けど……」
開けられた扉。室内がチラッと瞳に映る。そうこうしている内に、将人は彼女に背を押され、室内に押し込まれたのだ。
その後で扉が閉まり、鍵がかかる音が小さく聞こえた。
「俺がこんなところに入って――」
「そういうのは言わなくていいから。誰も見てないんだから。それに水泳部の朝の集まりもないし、誰も来ないよ」
監禁されているような状況。
本当に大丈夫か……?
将人は冷や汗をかいてしまう。
幼馴染と二人っきりで、女子しか入れない禁忌とされる空間にいる。
そう思うと、背徳感に襲われ始めていた。
女子更衣室の壁にはロッカーが何台も設置されている。ザッと見ただけで、二〇台くらいはあるだろうか。
「そこに立ってないで、リラックスすれば。一先ず、そこに座りなよ」
沙織から示された場所は、室内に設置された六人くらいが同時に利用できる長椅子だった。
長椅子に腰かけ、現状を把握できるようになると、室内から匂いを感じた。
プールの匂いもするのだが、この室内にしみ込んだ女の子らしい匂いも感じ、嫌らしい気分にもなる。
俺、なに想像してんだろ……。
これじゃ、変態みたいじゃないか。
「そ、それで、何かを話すんだろ。今後の事とか」
将人は気分を一変させるために、声を震わせながらも話題を振る。
そうだよと沙織は頷いて、将人の隣に腰かける。
そして、彼女は距離を詰めてきた。
室内は広いのに、密着した状況になると、沙織の事をさらに意識してしまう。
「今後の話もそうなんだけど、ちょっと見てほしいモノがあるの」
「み、見るって、何を?」
「水着とか」
将人は、沙織のあられもない姿を脳内再生してしまい、一瞬焦る。
「今月から本格的に水泳部の活動が始まるから、先週新しい水着を購入したんだけど。将人に見てほしいなって」
沙織は照れているためか、小声になっていた。
「み、水着を見るだけ?」
「でもね、ただ見せるだけじゃないから。私が水着を着ているところも見てほしいっていうか……」
それは刺激が強すぎるだろ。
という事は……沙織の生着替えを見つつ、水着姿も鑑賞できるという事か?
いや、さすがに、そこまで都合よくはいかないよな。
自分の中で、それはないと結論づけていたのだが。
沙織は、将人の耳元で全部見せてあげるよ、と誘惑じみた口調で話しかけてきたのだ。
え?
本気なのか?
将人は目を丸くし、右隣にいる沙織の顔を二度見してしまう。
「将人さ。私との結婚を約束してくれるなら。それ以上でもいいけどね♡」
沙織の頬は真っ赤に染まっている。
彼女からしたら勇気を持っての発言だろう。
沙織は本気な瞳をしている。
嘘とかじゃないと思う。
真剣に付き合っていきたいという意思を、その表情から感じられた。
友達とか、幼馴染とか。
そうじゃなくて。
真剣に将来を見据えた付き合いをしていきたいというニュアンスが入り混じっている。
沙織の口からストレートに告白されたわけではないが、そんな気がした。
将人は沙織の頭上を見た。
意外な事に、23になっていた。
数分前までは、ただの1だったのに、急激な変化を遂げていたのだ。
いきなり、大幅に変化する事もあるのか?
将人は恋愛指数を見る事は出来るのだが、恋愛指数の定義については詳しく知らない。
これは幼馴染と婚約する事が正しいのか?
いや、まだわからない。
わからない事ばかりだ。
今まで幼馴染の恋愛指数は0だった。
予想外な事態に、将人自身も困惑している。
「じゃ、私、着替えるね♡」
そう言って、沙織は長椅子から立ち上がる。彼女は迷うことなく、自身のロッカーへ向かって行った。
その日、将人は女子更衣室で、沙織の水着姿を目の前で見ることになったのだ。
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