第6話 俺が本当に好きなのは――

 佐藤将人さとう/まさとが朝起きた頃には両親の姿はなかった。

 すでに、仕事のために家を後にしていたのだ。


 両親は会社の経営者であり、普段から忙しく、普通にプライベートを満喫しているところを見た事はなかった。


 たまには休んでほしいと思っている。


 今は仕事のために休めない状況なのだろう。


 両親の仕事内容は、何かの機械の製造と販売のようだ。

 そこまで深くは知らないが、自分が小学生の頃、母親からそう聞いたことがあった。


「……でも、親の後を継がないといけないのか……そういう仕事できるのか、俺……」


 実際に仕事をやることになっても経営者としての責任を持てるかはわからない。


 自信がないんだけど……。






「おはよう、お兄ちゃん」

「ん、おはよう」


 自室を後に階段を下り、リビングの扉を開けた時、丁度、パジャマ姿の妹――架凛かりんと視線が合い、話しかけられた。


 架凛は普段通りに食事用の長テーブルに座り、朝食を取っている。


 今日の朝はベーコンエッグと、ご飯。それと、ねぎの味噌汁のようだ。


 ねぎの味噌汁は昨日の余りものであるが、ベーコンエッグに関しては朝作ったと思われる。


「早く食べたら? ベーコンエッグはキッチンの方にあるから。フライパンの中ね」

「ああ、分かった。架凛が作ったのか?」

「そうだけど。ダメだった? 何か別に食べたいモノがあるとか?」

「いや、それでいいよ。ありがと」


 この頃、妹が何でもやっているような気がする。

 少しくらいは兄である俺が率先して行動しないといけないのに。






「ちゃんとできてるな」


 フライパンの蓋を開けた。

 卵が半熟で、丁度いい温度調節の元、調理されている。

 見栄えが良く、以前、一人で家にいる時に作ったモノとは大違いだ。


 将人も一応、料理は出来る方だ。味の方は問題ないのだが、少々雑な仕上がりになる事がある。


 将人はフライパンから皿に移し、トレーの上に乗せる。他にはご飯と味噌汁をよそい、追加でコップに水道水を注いで、妹がいる場所へと向かう。


 将人はテーブルを挟み、架凛と対面上の椅子に座る。


 隣の席に座らないのは、仲が悪いとかじゃない。


 何となく、そうしているだけだ。




「……」

「……」


 朝食の時間帯なのに、そこまで会話がなかった。

 互いに特に話す事もなく、テレビもつけることなく淡々と食事を進める。




「……そう言えば、お兄ちゃんって学校では大丈夫なの?」

「え? ま、まあ、大丈夫と言えば大丈夫だけど」

「そう?」

「う、うん……」


 急に表情を変えずに話し出したと思えば、よくわからない質問だった。

 何か意図があるのだろうか。


 妹はミステリアスであり、普段から何をしているのか不明なところがある。


 幼少期の頃から一緒に過ごしているのだが、どこか掴みどころないのだ。


 それに、架凛は勉強している素振りもないのに、全教科八〇点以上取っていたりする。


 自頭がいいのかもしれないが、ちょっと変わっていると思う。


 以前、プライベートで何をしているのか聞いたところ、空を見る事だと言っていた。


 空を見ると言っても色々ある。

 バードウォッチングや、天体観測とか。


 本当にただ、空を見るだけかもしれないが。

 いわゆる天才思考ゆえ、平凡な俺にはわからない感性があるのだろう。




「えっとさ。架凛って今年高校受験じゃんか。大丈夫なのか?」

「大丈夫だけど」

「だ、だよな」


 何聞いてんだろ。

 普段から成績がいいのに、気にする必要性なんてないじゃないか。


 会話が続かな過ぎて、変な事を口にしてしまっていた。


 ……ん?


 食事していた手を止め、トレーに上に箸を置き、水を飲もうとした時、丁度、将人の視線は妹の頭上へ。


 妹はセミロングのヘアスタイルが特徴的で、小柄な容姿も相まって可愛らしく見える。


 そんな架凛の恋愛指数は、40だった。

 家族にしては、よくも悪くもない数字だ。


 確か、以前は25と35を行き来していたような気がする。

 やっと、40になったのかと思う。


 けど、冷静になって考えれば、40もあるのか⁉


 まさか――


 将人は食事中の架凛の方をパッと見た。

 気づけば、ジーッと見つめていたのだ。


「なに、お兄ちゃん。気まずいんだけど」

「ごめん」


 ま、まさかな。そんなわけないよな……。

 実の妹が、血の繋がった俺に対して恋愛感情を抱き始めているとか。


 そもそも、俺が妹を性的な目で見るとかもないしな。


 そういう思考回路になる事自体がキモい。


 妹の指数は見なかったことにした。




「お兄ちゃんって、ちゃんと決めてるの?」

「な、何を?」


 急に話しかけられ、体をビクつかせてしまい、丁度手にしていたコップの水を零しそうになっていた。


「この前、お父さんから、婚約の話を持ち掛けられていたじゃない」

「そうだな」

「それ、受けるの?」

「いや、そんな乗り気じゃないからな」

「その婚約者の事が嫌いだとか?」

「ま、まあ、そうだな。好きではないな」

「だとしたら、早くに断っておきなよ。じゃないと、後々だと他にも迷惑が掛かるじゃない」

「確かに、そうだな」


 架凛の言う通りである。

 変に長引かせても何の意味もない。


 副生徒会長で一応婚約者の東雲葵しののめ/あおいの顔が脳裏をよぎり、怖気づいてしまうが、ここはハッキリと今週中にでも断ろうと思う。




「お兄ちゃんってさ。沙織さんの事、好きなんだよね」

「⁉」


 突然不意を突かれ、今度は口に含んでいた水を吹き出しそうになっていた。


「さ、さああ。どうかな?」

「そんな態度を見せていても、分かるから」

「な、なんで?」

「だって、そういう風な顔してるから。それで、実際のところどうなの?」

「……まあ、そうだな、好きかもな」

「好きかもって? 具体的には?」


 妹からジト目を向けられている。


「好きだと思う」

「もう少し自信を持って言った方がいいよ。その方が上手くいくと思うから」

「なんで。わかるんだよ」

「そんな気がするから」


 妹は天才肌だからなのか。よくわからないことを口にすることが多い。




 俺は、本心では沙織さおりの事が好きなのだろう。


 昨日は散々、幼馴染に不快な思いをさせてしまったのだ。


 今日こそは、直接向き合って誠意を見せようと思った。


 そう決心を固めた頃には、妹の架凛は朝食を終えていたのだった。

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