第5話 別に、あなたのこと好きじゃないんだけど…

 校舎の三階に位置している生徒会室。

 普通なら、殆どの人が立ち入る事のないエリア。


 よほどの校則違反をする人じゃない限り、この空間に招待される事はないだろう。


 佐藤将人さとう/まさとも、普段から副生徒会長である東雲葵しののめ/あおいに注意される事はあっても、この場所に足を踏み入れるのは意外と今日が初めてだったりする。


「それで、あなたは、あのことを知ってるのよね?」

「まあ……そうだね」


 今、二人っきりの生徒会室で、ソファに座って向き合っている際、話題に上がっているのは両親同士による婚約の事である。


 気が進まない内容であり、早くやり取りを終わらせ、帰宅したいとさえ思う。


 問題なく話に決着がつけばいいんだけど……。




「だったら、話が早いわ。今後、私と手始めに付き合う事を宣言しなさい」

「え? 付き合う、宣言?」

「別に。私からしたら付き合いたいとかじゃないけど。両親が婚約するとか、そういう話を持ち出している以上、付き合う流れが普通でしょ」

「そうかもしれないけど……東雲さんは、俺でいいの?」

「いい訳ないじゃない。好きじゃないし」


 黒髪のロングヘアを靡かせる葵から即答された。


「ですよね。だったら、その婚約を断った方がいいような気がするんですが?」

「……それも考えたわ。何時間も、何日も考えたわ。でも、私、親の想いには応えたいから。ここで断ったら、親に申し訳ないと思って」


 意外と、両親想いなのか?


 普段は真面目過ぎて口調がキツく、嫌な印象しかなかったが、その言葉で彼女に対するイメージが少しだけ変わった。




「一応、聞いておくけど。あんたは私の事、どう思ってるの? 婚約者として」


 いきなり、返答しづらい質問をされたんだが。


「俺はまあ、その……」

「ただ、一言話すだけじゃない。男らしく、ハッキリとしなさい」

「は、はい」


 葵のような感じの子が、正式に結婚相手になったら、毎日のように罵声を浴びせられそうだ。

 鬼嫁のようなタイプになるのだろうか。


 想像するだけで、寒気がする。


「できれば……」

「なに?」

「えっと、その……こ、断ろうと思って」

「え? 断る?」


 葵の口調が変わった。


「なんで」

「なんでって……お、俺とは釣り合わないと思うし。もっといい人もいるだろうし」


 本音で言えば、関わりたくないから付き合いたくないだけだ。

 そんな事、葵を前にして、口が裂けても言い出せなかった。


 なんて返事が返ってくるか、おどおどしていると――




「釣り合わないって、どういうこと?」

「だって、東雲さんは美人だし。しっかりとしているし。先生からの評価もあるから……その……俺みたいな人とは。だから、断ろうと思って」


 将人は頑張って、葵を傷つけないように、瞬間的に脳内で言葉を整理しながら、心思っていない事を口から連打する。


「美人って、別に、そんなんじゃないし」


 少しだけ、口元が緩んだように見えた。


「なに?」


 葵の方を伺っていたら睨まれた。


「な、なんでもないです」

「まあ、一応わかったわ。あなたが考えている事は」


 葵は腕組をしながら少々考え込んだ後。


 ジロッと将人の方を見つめてきた。


「釣り合うかどうかは、実際に関わってみないとわからないものよ。あなたは、両親に何か恩を返した事はあるの?」

「それは、今のところはないかも」

「だったら、一回くらいは、私と付き合ってみればいいわ。その方が親に貢献で来ると思うし。それで、あなたは趣味って何かある?」


 突然、一般的な雑談をしかけられた。


「漫画を読む事ですかね」

「漫画?」

「知らないとかですか?」

「知ってるから。それくらい。バカにしてるの?」

「で、ですよね」


 将人は苦笑いを浮かべ、その場を切り抜けた。


 さすがに、どんなに堅苦しい子であっても、現代の娯楽の一つである漫画を見たことがない人はいないだろう。


「まあ、詳しい話は後でするとして。あなた、スマホを持ってるでしょ。貸して」


 将人はしょうがないかと思いつつ、制服のポケットからスマホを取りだす。

 彼女はパッと将人の手からスマホを奪う。


「今から連絡先を交換するの。すぐ終わるから」


 それから一分ほどで返してもらえた。


「今日は忙しいから。気が向いたら、私の方から連絡すると思うから。時間を空けておいて」

「はい……」

「じゃあ、もういいわ。私、忙しいの」


 将人はソファから立ち上がると、同学年な子に対して頭を下げ、生徒会室を立ち去る。


 廊下に出るなり、気まずかった空気感から解放された気がした。


 やっぱ、俺、東雲さんとは無理だな……。






「あの子はね、まだ帰ってきていないわ」

「そうですか」


 将人は下校し、自宅近くの羽生家の玄関先にいる。

 今、前にしているのはエプロン姿の沙織の母親だった。昔からの交流があり、淡々とした口調でやり取りをしていたのだ。


「でも、夜の七時……三〇分くらいかしらね。それまでには帰ってくると思うから。沙織の方から連絡するようにしておく?」

「い、いいえ。いないのでしたら。大丈夫なので」

「そう? でも、一応、沙織には伝えておくわね。今日、将人君が家に来たって」

「それもいいです。来なかったことにしておいてください」


 将人はお辞儀をする。

 背を向け、立ち去ろうとした。


「それで、あの子とはどうなの? 元気にやれてる感じ?」

「まあ、そうですね。元気にはやってると思いますね」

「そう。この頃、家ではあまり会話してくれなくなったから、悩みでもあるんじゃないかって気にしてたんだけど。元気なら、いいわ。でも、困っている時があったら相談とかに乗ってあげてね」

「は、はい」


 将人は気まずげに会釈した後、駆け足で二分ほど先の自宅へ向かって行く。






 羽生沙織はにゅう/さおりには、自分の口から謝罪をしたかった。

 彼女の方からではなく、あくまで自分から謝罪したいのだ。


 今日は難しそうだと思いながら、自宅前で自身のスマホ画面を眺めていた。


 まあ、一旦、家に入るか。


 明日は絶対にと意気込んで自宅玄関の扉を開けた。

 玄関で靴を脱いでいると、気配を感じたのだ。


「お兄ちゃん、帰ってきてたんだね」

「うん。今日は特に何もなかったからな」

「そうなんだ」

「……」

「……」


 俺の妹は非常にあっさりとしている。


 将人に対して何かを話しかけてくることもなく。妹は何となく将人の顔をまじまじと見やった後、それ以上話す事なく、リビングの方に立ち去って行った。


 妹はクールというか、他人に対して無関心というか。ミステリアスなのかもしれない。

 昔からそうだが、何を考えているのかよくわからない子だった。




「あ、そうだ……東雲の恋愛指数を確認するの忘れてた」

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