第4話 幼馴染の私に隠し事をしてたなんて…

「これ、受け取ってくれるよね?」

「え……いや、その……」


 昼休み。

 校舎の屋上のベンチに座っている佐藤将人さとう/まさとはたじたじだった。

 左隣から伝わってくる黒いオーラ。

 それから目の前には、婚姻届を突き出してくる転校生――高嶺六花たかね/りっかがいるからだ。


 いつも訪れる平穏な昼食の時間は消失してしまったらしい。


 光と闇が、今ここで展開されている。


「これ分かるでしょ?」

「そ、それはわかるよ。でも、なぜ、このタイミングで?」

「だって、早く渡したかったからだよ」


 グッと彼女は距離を詰めてくる。


「けど、俺と高嶺さんは今日会ったばかりで、そんなに親しい関係じゃないと思うんだけど」

「そんなことないよ」


 六花は迷いのない笑みを浮かべ言う。


 ど、どういうこと……⁉




「ねえ、どういう事なの? 将人、この子と知り合いだったの?」


 突如として、隣に座っている幼馴染が、手にしている箸を箸箱にしまった後、ムスッとした顔で問い詰めてくる。


「お、俺、全然知らない。そもそも、今日初めて出会ったばかりで」


 将人は言い訳を口にするが――

 今思い返せば、朝のHRの時、六花の方は俺の事を知っているような口ぶりだった。


 けど、本当に知らない。


 自分だけが彼女の事を忘れているだけかもしれないが、過去に六花と接点を持ったことなんて本当にないのだ。


 けど、彼女の顔色を見ても、嘘をついているような感じはしなかった。


 実は出会っていたとか?

 ま、まさかな……。




「私、将人とは昔ね、一緒にデートもしたくらいの仲だから。ね!」


 突拍子のない六花からのセリフ。

 空気感がさらに変わる。


「え?」

「な、何それ……」


 驚きつつも、唇を噛みしめているような口調になる幼馴染の羽生沙織はにゅう/さおり


「ご、誤解だ。デートも何も」


 沙織には説明しようとするが、幼馴染による疑いの眼差しはさらに濃くなっていく。


「幼馴染の私に隠し事してたなんて。最低」

「ごめん……」


 将人は絶望した顔で、ただただ、沙織には謝罪する事しかできなかった。




「まあ、一先ずね。将人はこれにサインをしてくれればいいよ」

「え、え、本当に書かないといけないのか?」

「うん。私は本気だから」

「えっと、逆に聞くけど、俺のどこが好きだったのかな?」

「それはね。なんだろうね、好きとか、そういう感じじゃなくて。本当的な? 私の体が、将人を求めているの♡」


 六花は頬を真っ赤にするも、堂々とした態度で話していた。


 これ、どう考えても、幼馴染がいる前で、聞かせられる内容じゃない。


 将人の心臓は、はち切れそうだった。


 左側から伝わってくる真っ黒なオーラ。

 恐る恐る、その闇へと視線を向ける。


 案の定、沙織の形相は、この世のものではなくなっていた。

 般若みたいに、ショートヘアな髪が外の風で軽く揺れていて、余計に、地獄からの使者のように将人の瞳には映っていた。


 将人は幼馴染の恋愛指数を確認してみる。

 ついさっきまでは指数が0だった。

 だが、その数字に少しずつ変化が生じてきていることに気づく。


 0という数字が、5になる。

 上がっているのではない。

 5という数字の前に、マイナスがついているのだ。


 これは初めての経験だ。


 0を下回るなんて、完璧に嫌われ始めてる証拠じゃないか。


 幼馴染とは昔からの仲であり、一緒に楽しく会話できる友達である。

 そんな彼女に完璧に嫌われるなんて嫌だ。


 沙織は女の子であり、普段から一緒にいる異性が、転校してきた女の子と仲良くしているところ見て、良い気分になる事はないだろう。


 このままでは確実にまずい。




「はい、これに書いて」


 六花は婚姻届を押し付けてくる。


「えっと……」

「あ、ごめんね。気が利かなくて。ボールペンがないと書けないよね」

「そうじゃなくて。俺、今のところ、そういうのは遠慮しているというか」

「え? なんで?」

「俺、本当の事を言うと、一応、婚約者がいて。それで、その婚姻届にはサインできないんだ」

「そうなの?」

「そ、そうなんだ」


 強引なやり方だったかもしれないが、一旦、この場を落ち着かせるのには、これしかないと思った。


「誰なの?」

「え?」

「その婚約者って」

「副生徒会長だけど」

「そう。私は、その子の事は知らないけど、あとで調べておくわ」


 六花は難しそうな顔を見せた直後。


「その人。本当に、将人のこと好きなの?」

「それは……」

「どうなの?」

「多分、好きかも」


 自信はなかったが、この環境を変えるために言い切った。


「ふ~ん、でも、納得がいかないわね。まあ、今日は別にいいけど。後で、もう一度話しましょ」

「あとで?」

「そうよ。私、諦めたわけじゃないからね! じゃあ、そういう事で」


 六花は手を引いてくれたものの、すべてが解決に至れたわけじゃない。

 気休めにしか過ぎないだろう。


 六花は婚姻届を丁寧に折りたたんで制服の中にしまうと、クルッと背を向け、チラッと振り向き、軽く手を振り、屋上から駆け足で立ち去って行く。


 嵐は過ぎ去った。


 ホッと胸を撫で下ろす。


 これで、再び平穏な昼食の時間を過ごせると思っていた。




「私……もう行くから」


 ベンチに座っていた沙織は、弁当箱を包み袋に隠した後、その場に立ち上がる。


「え?」

「将人と食事する気がしなくなっただけ」

「ごめん。俺のせいで」

「……」


 沙織からの返答はなかった。

 その上、恋愛指数も、さらに下がり、マイナス11になっていたのだ。






 あとで謝罪しておかないとな。


 そう思い、放課後になった今、沙織が在籍している教室へと向かうのだが、すでに彼女の姿がなくなっていた。


 今日、彼女は部活がないと言っていた。


 この様子じゃ、多分、帰ってるよな……。


 どうしようと思いながらも、その場に佇む将人は、スマホを確認しながら廊下を移動し始める。


 連絡して、何が何でも、恋愛指数を0に戻さないと。




「ねえ、あなた、廊下を歩いて、スマホを見るなんて校則違反だから」

「え⁉」


 ビクッと背中を震わせた。


 振り返ると、その場には凛々しい顔立ちをする副生徒会長、東雲葵しののめ/あおいが佇んでいた。

 黒髪のロングヘアは綺麗に手入れされていて、いつ見ても美少女然としている。

 勉強も運動もでき、他人への指導力も高い。

 来年には生徒会長になるであろうと噂されるほどの実力者なのだ。


 普通の男子生徒なら、誰もが付き合いたいと思うに違いない。

 だが、将人からしたら、学校生活において天敵なのだ。


 できれば関わりたくない部類。

 しかも、運命の悪戯なのか、そんな彼女と、両親の意向によって婚約させられようとしているのだ。

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