第3話 俺に突きつけられた一枚の用紙⁉

 佐藤将人さとう/まさとは午前の授業中に、隣の席の高嶺六花たかね/りっかの事ばかり考え込んでいた。


 二時限目が始まっても、三時限目が始まっても、彼女の事が気になってしまうのだ。


 好きとか、そういうわけではないけど。


 今まで色々な女の子の恋愛指数を見てきたが、80を遥かに上回る子を目撃したのは今日が初めだ。


 自分の想定通り、恋愛指数のカンスト値が100だとしたら、91という指数は途轍もなく高い。


 今後の事を考えると、これ以上、指数の高い子を見つけられるかわからない。


 指数の高さが、自分に対する想いの強さなのだとしたら、これはチャンスなのだろう。


 でも……高嶺さんは、俺のことが好きなのかな……?


 ふと気になり、パッと右隣の席に座る六花の横顔を見やる。


 授業中ゆえ、教室内は静かであり、休み時間のような騒がしさはない。


 チラッと様子を見るだけだったが、気づけば、彼女の事をまじまじと見つめてしまっていた。


 い、いや、授業中は集中しないと。


 不埒な自身の心に訴えかける。


 ……でも、可愛いよな……。


 こんな美少女の恋愛指数が高いとなると、実のところどう思っているのかなおさら聞いてみたくなる。


 六花は休み時間中、クラスの陽キャ寄りの人と関わることが多く、隣の席なのに将人は積極的に話しかけられずにいた。


 こんな自分が彼女と距離を詰めようとすれば、クラスメイトの、特に同性からの当たりは強くなるだろう。


 やっぱ、諦めた方がいいか……。

 けどな、そうそう恋愛指数の高い子なんていないからな……。


 将人は席に座ったまま、頭を抱え悩み込んでしまう。




「どうした佐藤! 具合でも悪いのか?」

「え? い、いいえ」


 刹那、体調でも悪いのかと、壇上前に佇む眼鏡をかけた男性教師から親切に問いかけられていた。


 皆の視線が、将人の方へ集まる。


「い、いいえ、えっと……大丈夫なので。き、気にしないで貰って大丈夫ですから」

「そうか。ならいいが、授業には集中するようにな。ここのところは、次の試験に出ると思うからな。しっかりとな」

「は、はい……」


 変に悪目立ちをし、余計に気まずくなった。


 それから三〇分後、午前中の授業が終わった。






「ねえ。今日さ、将人のクラスに転校生が来たって聞いたんだけど」


 昼休みの屋上。

 周りには数人の人らが食事をしたりしている。

 将人は、幼馴染の羽生沙織はにゅう/さおりと同じベンチに腰掛け、昼食を共にしていた。


「あ、ああ。まあ、普通の子」


 適当に話す。


「普通? 物凄く可愛い子って聞いていたけど。そこはどうなの?」

「まあ、普通に可愛いと思うけど」

「そうなんだ。将人は、その子と話したの?」

「まだだけど。隣の席なんだけどさ」

「え?」

「な、なに?」

「べ、別になんでもないけど」


 沙織は一瞬だけ不機嫌になっていたが、まあ、問題ないかな的な表情を見せた後。彼女は自身の膝の上に置いてある弁当箱の蓋を開けていた。


「今日ね、お弁当を作ってきたんだけど。私、ちょっと食べきれないと思うから。ちょっとだけ食べてくれない?」

「いいけど。そんなに作ってこなくてもよかったんじゃないか?」

「だって、今日は水泳部の練習があると思って。ちょっと多めに作って来たの。でもね、朝、水泳部の部室に行ったらね。先輩が今日は休みだって言って来たんだもん」

「急に休みになったのか?」

「そうなの」


 スケジュールの変更という突拍子のない出来事は学校生活においてよくある事だ。


「今日の一押しは、この卵焼きなの。自信作なんだからね」

「へえ」

「あまり嬉しそうじゃないね」

「いや、そうじゃないけど」

「だったら、食べてみてよ」


 沙織は、お世辞にも料理が上手いとは言えない。


 小学生の頃や中学の頃も、調理実習でダークマターのような失敗作を生み出していたくらいなのだ。


 彼女と同じ班として調理していた人らの顔は今でも忘れられない。




「ね、口を開けて」

「う、うん……」


 口を開けようかどうか迷ったが、ここは自然な感じに対応しようと思い、ゆっくりと口を開ける。

 そして、軽く目を閉じた。


 その料理を目にしなければ、ギリ我慢できると思い、必死だった。


 その料理が自身の口内に入り込んでいる感覚があった。

 後は咀嚼をして、喉に通すだけなのだが、この咀嚼している時間が物凄く長く感じたのだ。


 ……んッ…………⁉


 喉の奥へと卵焼きを通過させる。


 ……あれ?

 普通に美味しいような……。




「どうだった?」

「よ、よかったよ。普通に食べられたよ」

「なんか、私の料理が下手みたいな感じじゃない。でもね、昔よりちゃんとできるようになったんだからね!」

「へ、へえ~」


 料理で、ダークマターのような概念を生み出していた人とは思えなかった。


 完璧というわけではないが、普通に喉を癒せるほどの美味しさはある。

 成長したのだと思った。


「他にもあるんだけど」

「あまり食べると、沙織の分がなくなるだろ」

「でも、食べてほしいの」

「じゃあ、あと一つだけ」

「二つ目の自信作はね、ハンバーグなんだけど。それでいいかな?」

「なんでもいいよ」


 沙織は、弁当箱にあるハンバーグを箸で摘まもうとした。


 その時だった、屋上の扉が開かれたのは――


 数人しかいなかった屋上という空間に、新しい風が入って来たかのように、扉のところに一人の彼女が佇んでいる。

 その彼女は辺りを見渡し、確認した後、駆け足で将人の元へやってくるのだ。




「こんなところにいたんだね」

「なんで、ここに? 他の人と一緒に昼食をとるって」

「少し早めに切り上げてきちゃった。将人に伝えたいことがあって」


 親し気な呼び方に、将人の左隣に座っていた沙織は、ムスッとした顔を見せる。


「それで、どんな事かな?」

「あのね、これを渡したくて」


 六花が将人の目の前に見せつけてきたのは、一枚の用紙。


 何かと思い、よくよく見てみると――


「婚姻届けなんだけど。ここにサインしてくれない?」


 頭上に91という指数を表している六花は、迷いのない笑みを見せてきていた。


 こ、これ、婚姻届じゃないか。だとすると、やっぱり、俺のことが好きなのか⁉


 将人が困惑する中、隣からは邪悪なオーラが生み出され始めていたのだった。

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