第38話 出会えて良かった

「落ち着いた?」


 ベッドの上に座らせて、泣いていた彼女の背中を擦っていた。


「ご、ごめん……」


「謝ることないよ。何かあった?」


 優しくそう問いかけると彼女は、小さくコクりと頷いた。


「話聞くよ。何か俺にできることがあるかもしれないし」


「……ありがと、話聞いてくれる?」


 いつもより声が小さかったが、彼女の言葉は自分の耳にしっかりと聞こえた。だから俺は、頷いた。


「午前中の話なんだけど────」


 ゆっくりと彼女は、話してくれた。何があったのかを。




─────1時間前




 私は、午前中、間宮杏子まみや杏子、お母さんに会いに行っていた。


 お母さんは、家を出てからずっと会社の近くにある家に1人で住んでいる。香帆さんというお手伝いさんがいるが、その人は夕方になると帰るそうだ。


 1人だからか部屋には必要最低限なものしかない。必要ないことはしたくないのがお母さんだからこの部屋はお母さんらしい部屋だ。


 この日は、お母さんに無理言って午前中に予定を空けてもらった。話したいことがあると言って。


「また咲愛の話?」


 家に入れてもらうとお母さんは、リビングを案内してくれた。


「違う。今度、大晦日に家族で集まりたいからお母さんにも来てほしいの」


 これはメールか電話でも聞けること。けど、お母さんは、メールに返事が必要がないと感じたら返信しないし、電話に出てくれてもどうでもいいと判断したら切ってくる。だから直接会うことを選んだ。


「大輝さんも?」


 お母さんは知らないのだろうか。お父さんとは話し合って1月頃から一緒に住むことを。


「うん。後はお母さんだけ。予定ある?」


「ないわよ。けど、大輝さんが来るなら私は、行かない」


「……いつまで嫌なことから逃げるの。親なら家族を大事にしてよ」


 何でだろう。お母さんが家に戻ってこなくても私にとってはどうでもいい。


 咲愛とお婆ちゃんの3人で過ごす日々を幸せと感じていたのに、今さらやっぱり家族みんなで過ごしたいと思うのは……。


「……してるわよ。結衣、もう帰ってくれる? 大輝さんがいるなら私は行かないから」


 ここで諦めずにお母さんと話して来てくれるよう説得することもできた。けど、今のお母さんの心を動かせる気がしなかった。


 背を向けたお母さんの背中を見てから私は、黙って家を出ることにした。


 咲愛は、お父さんの心を動かしたのに私には何もできそうにない。


 お母さんとお父さんの仲が悪いのは家事と子供の世話について揉めたのが原因。あれから一言も口を利いていないらしい。




「お母さんが、出ていく前、私と咲愛にこう言ったんだ。産まなきゃ良かったって……」


 俺と会うまでのことを全てを話終えると彼女は、下を向いた。


「思ってないことを喧嘩した後だからカッとして私達に向けて言ったのかもしれないってあの時は思ってたけど、最近は本当に思ってたことなんかじゃないかって思う……」


 親から産まなきゃ良かったと言われて悲しくならないわけがない。


 俺だって同じことを言われたら深く心に傷が付き、その言われたときのことを何度も思い出してしまうだろう。


「お母さんにとって私は、いらない子だったのかな……」


「いらない子なんて言わないで……」


「隼人くん……?」


 自分はいらない子じゃないかと言った彼女を俺は、優しく抱きしめた。


「俺は結衣と出会えて良かった。知らないことを教えてくれたし、一緒にいて楽しかった。出会ってくれてありがとう」


 最初は、怖いイメージがあった。けど、話してみたら案外話しやすくて、たまに見せてくれる笑顔が俺は好きだ。


 放課後、一緒に帰る時、お昼を食べる時、朝おはようと挨拶をしてから昨夜のテレビの話をしたりするあの時間が好きだ。


「……こちらこそありがと。隼人くんのおかげで私は家とバイト以外にも学校の居場所ができた」


「俺は別に……結衣が変わろうとしたからだよ。お母さんとのことだけど、俺に少し考えがあるんだけど聞いてくれる?」


「考え?」


「うん。結衣は、その大晦日にお母さんに来てもらいたいんだよね?」


「うん、そうだね……」


 結衣の話を聞いて俺はあることを思い付いた。家族じゃない俺がしたらお節介かもしれないけど、結衣の助けになりたい。


 思い付いたことを彼女に話すと結衣は、「いいと思う」と言ってくれた。


「隼人くん、話聞いてくれてありがと。好きだよ」


「いえいえ、どういたし……えっ?」


 ありがとうのお礼からの告白をされた気がして俺は、固まった。


「ふふっ、告白されるの慣れてるのに困ってる。私、隼人くんのこと好きだよ」


 この好きは友達ではなく異性としての好きだということはすぐにわかった。


「俺────」

「あっ、これは告白じゃないから返事とかいらないから。余裕ない隼人くんに告白したら困らせるってわかった上で私が隼人がくんを好きって知ってほしかっただけだから」


 返事はいらないと言われて俺は、コクりと頷きそしてお礼を言った。


「……ありがとう」


「ねぇ、これからはさ……呼び捨てしてもいい? 穂香も理沙もそう呼んでるから」


「いいよ。俺も結衣って呼んでるし」


「じゃ、これから隼人で」


「うん。あっ、ロールケーキ作ってきたんだけど食べる?」


「食べる!」


 すっかり持ってきたことを忘れていたのを思い出し、彼女にロールケーキが入った小さな箱を渡した。


 彼女は、箱を開けてロールケーキを取り出すと、「美味しそう」と呟いた。


「咲愛にも渡したの?」


「うん、さっきね」


「進展は?」


「進展? 何の?」


「いや、進展って隼人と咲愛のことしかないじゃん。咲愛、隼人に大好きアピールしてるみたいだし、そろそろ結婚の話をしているかと」


 仮の話をしたことはあるが、俺と咲愛の間に進展はない気がする。今日もいつも通りに話したし。


「そんな話はしてないよ」


「目が泳いでるけど……。では、さっそくいただきまーす」


 箱と一緒に入れていたプラスチックスプーンを使って彼女は、ロールケーキを1口食べた。


「どう?」


「……うん、美味しい。お菓子作り得意?」


「んー、得意なのかな?」


 妹が甘いものが好きなので頑張ったことがあった日にはよく作ってあげていた。


「ん、美味しかった。ロールケーキありがと。お礼に私からクリスマスプレゼントあげるよ」


「プレゼント?」


「うん、時計なんだけど……」


「ありがとう、俺からも結衣にクリスマスプレゼント」


「おっ、マフラーだ! ありがと」


 前に首が寒そうだったので、クリスマスはマフラーを渡そうと決めていた。喜んでもらえて良かった。


 クリスマス、咲愛と結衣と過ごして俺は、気付いた。俺は、彼女のことが好きなんだって。










     

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