第37話 出会いの話
桜さんが帰った後、冷蔵庫に冷やしてもらっていたロールケーキを咲愛さんと一緒に食べることにした。
紅茶は、彼女が淹れたいと言ったのでお任せした。
作ったケーキは思ったより美味しくて、目の前で食べる咲愛さんも幸せそうに食べていた。
咲愛さんが淹れてくれた紅茶はとても美味しくて、彼女からオススメの紅茶を教えてもらった。
食べ終えて、美味しかったなと余韻に浸っていると咲愛さんが、口を開いた。
「あの、隼人さん。前にお願いしたことなのですが、下の名前で呼んでほしいです」
そうだ、文化祭の時、お願いされて呼ぼうとしたけど、色々あって呼んでいなかった。
「さ……咲愛」
「……ふふっ、何だか照れますね」
名前を呼んだ方も名前を呼ばれた方も照れて不思議な空気になった。
「これからはたくさん呼んでくださいね」
「う、うん……」
名前を呼ぶだけなのに照れくさくなる。ずっとさん付けだったからかな。
「そう言えば、今から結衣お姉ちゃんのところへ行くそうですね。私がいるというのに隼人さんは他の女のところへ行くのですね」
ムスッとした表情で咲愛にそう言われて俺は、どう反応をすれば良いのか困った。
「えっと、なら咲愛さん……じゃなくて、咲愛も行く?」
「いえ、大丈夫です。結衣お姉ちゃんと二人で過ごしてください。私は今、隼人さんを一人占めしちゃいますから」
また咲愛は、俺にぎゅーと抱きつき、小さく笑った。
「隼人さんには私のこと、妹みたいに思っているかもしれません。ですが、私はそれでも構いません……」
まるで自分はこれからもずっと俺から異性として見られることはないような言い方をする咲愛。
話す彼女の声はいつもより小さく声が震えていた。
暫くすると咲愛は、俺から離れて立ち上がった。
「隼人さん、寒いですが、少しだけ外を歩きません? 私のある出会いの話がしたいです」
「……わかった」
俺も立ち上がり、外に出るため着てきた上着を着た。
外は思っていたより寒く咲愛からもらったマフラーを巻き、持ってきていた手袋を着けた。
行き先は特にないらしく俺は咲愛と歩くことにした。
「咲愛、寒くない?」
「す、少し寒いです……手袋を持って来たら良かったです……」
「……手繋ぐ? その方が温かいと思うけど」
手袋を貸そうとしたが、サイズが合わないと思い、手を彼女の前に差し出す。
「では、繋ぎます」
差し出した手を咲愛は、ぎゅっと握る。彼女の手はとても小さく折れないかと心配だ。
「ふふっ、人の温もりは、やはりいいですね。温かいです」
「そうだね。それで、出会いの話だっけ?」
「はい、これは3年前のある方との話です」
咲愛は、3年前、小学生5年生の時の話をしてくれた。
***
小学生5年生のあの夏。私は、お婆様と2人で海を見に行きました。
海に行くことになった理由は、私のわがままです。私が海を見に行ったことがないから見に行きたいと言ってお婆様に連れていってもらいました。
テレビや写真で見たことがあった海はやはり綺麗でした。ずっと見ていられるほどのものです。
見ることに集中していた私はお婆様の「少し飲み物を買ってくる」という声が聞こえていませんでした。
「お婆様?」
お婆様がいないことに気づいた私は、辺りを見回しました。ですが、お婆様はいません。そこで、私は、迷子になったんだと思いました。
海を見ることに集中していたせいでお婆様と離れてしまった。不安になった私は、お婆様を探すことにしました。
「お婆様、どこにいるんでしょうか……」
キョロキョロと探していると前を見ていなかった私は、誰かにぶつかってしまいました。
「ご、ごめんなさい!」
「だっ、大丈夫?」
ぶつかった相手は、私が悪いはずなのに怒るのではなく心配してくれました。
「だ、大丈夫です……」
「そっか、それなら良かった。何か探してるみたいだけど、大丈夫?」
その方は、ぶつかった心配もしてくれた上に探していることも心配してくれました。
他の人に迷惑はかけられないと思い、言わないつもりでしたが、不安が勝ってしまい、私は話しました。
「じゃあ、一緒に探すよ」
「えっ、そ、そんな! 悪いです!」
友達と海に遊びに来たり、家族で来ているならその時間を探す時間にさせたくない。
「1人より2人の方がいいと思う」
「……ありがとうございます。よろしくお願いします」
中学生ぐらいの方でしょうか。その方にお婆様の特徴を伝えて一緒に探してもらいました。
「お婆様!」
「咲愛! もうどこに行っていたの? 待っててって言いましたよね?」
「ごっ、ごめんなさい」
お婆様が私のことをぎゅっと優しく抱きしめてくれました。
「あっ、お礼を!」
さっき一緒に探してくれた人にお礼を言おうと後ろを振り向いたがそのには誰もいなかった。
***
「私のある出会いの話はこれで終わりです。その方に私はずっと会いたかったんです。会ってお礼が言いたかった……」
話終えた彼女は、俺の方を真っ直ぐと見つめる。
「俺……だよな?」
咲愛の話を聞いていると自分もそんなことがあったような気がしてきて、最後にはその探すのを手伝った人が自分であることに気付いた。
「はい、私も最近気付きました。あの日の夜、私は、隼人さんとは初めて会ったような気がしなかったんです」
あの日の夜というのは俺が部活のことで悩んでいて、咲愛が声をかけてくれた日だろう。
「隼人さん、遅くなりましたが、あの時は、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「お礼にこれあげます」
そう言って咲愛が俺に手渡したのは、この前見た猫耳カチューシャだった。
「……なんで?」
「隼人さん、今度は妹につけてもらってそれを見るのに使うかなと」
「使わないよ!」
「ふふっ、冗談ですよ。素早いツッコミありがとうございます」
猫耳カチューシャは咲愛に返却し、彼女は、返しってもらったそれを見つめてから顔を上げた。
「もう一度つけてるところ見たいですか?」
「えっと……いいかな……」
***
咲愛と別れた後、結衣がいるカフェ『tuki』へ向かい、中に入った。
「あっ、結衣ちゃんなら部屋にいるよ」
杏奈さんから教えてもらい、お礼を言ってからカフェの奥にある部屋に向かう。
コンコンとドアを叩くとガチャッと扉が開き、結衣が俺に抱きついてきた。
「隼人くん! 私……どうしたらいいんだろう……」
「結衣?」
抱きついてきた結衣は、泣いていて声が震えていた。
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