第4章 またあの頃ように
第33話 咲愛さんのわがまま
「おはよ、隼人くん」
「あっ、おはよ、結衣」
ここ最近、変わったことがいくつかある。それは、朝や休み時間に結衣が俺のところに話しかけてきてくれることだ。
前までは誰とも話したくないからか休み時間になるといつも教室を出ていってそして授業が始まるギリギリのタイミングで戻ってきていた。
「いや~、冬って感じたね。防寒具ないと寒すぎるよ」
結衣は、そう言いながら俺の前の席の椅子を借りてそこに座った。
この前まで隣の席だったが、席替えにより結衣とは席が離れてしまった。
「手真っ赤だけど、手袋は?」
つい最近まで暑かったというのに12月になった頃から急に温度が下がり、手袋やマフラーが必要な時期になってきた。
「遅刻すると思ってダッシュできたから忘れた」
「そうなんだ。カイロあるけど使う?」
ポケットからカイロを取り出すと結衣がカイロを持った俺の手をぎゅっと握った。
「ありがと! あったか……」
カイロを渡すつもりだったのに俺の手をぎゅっと握ったまま結衣は、離さない。
結衣の冷たい手が少し触れて、温かいのならこのままでもいいが、付き合ってもいない女子と手を触れあっているのはどうかなと思う。
「暖まったし、もういいかな。ほれ、暖かいでしょ?」
「っ!」
結衣は、両手で俺の頬を触り、冷たくなくなったということを教えてくれた。
「う、うん……暖かい……」
手の次は頬。女子の手が頬に触れているせいかドキドキし、顔が赤くなっていく。
「隼人くん、顔真っ赤。女子は寄ってくるけど慣れはなさそうだね」
「あるわけないよ」
確かに女子に話しかけられることは多いけど、1対1で話したりするのは苦手だ。
「って、俺の反応見たさに頬触ってる?」
「ん~そう思うならそうでいいんじゃない。それより今日は宿題あったっけ?」
結衣は、頬から手を離し、宿題はあったかと聞いてきた。
「あるよ。もしかしてまたやってない?」
「ふふん、私、やれば出きる子なんで」
どや顔していたのでおそらくちゃんとやってきたのだろうと思った。
結衣は、席から立ち上がり、宿題だったプリントをカバンがある自分の席から持ってきた。
「やればでき……あの、結衣さん、さっきの出来る子発言はなんだったの?」
「あ、あははは……書いてたのに真っ白になっちゃった」
そんなことにはならんだろと心の中で軽く突っ込みを入れる。
結衣は、数学が苦手らしく授業までにまだ時間があったのでいつものように俺が教えることにした。
***
放課後。今日は、バイトがないが、駅前で咲愛さんと待ち合わせしている。
昨夜、彼女から久しぶりに父親と会うから一緒にいてほしいと頼まれた。1人だと話したいことがあっても話せる自信がないからだそうだ。
俺よりも家族である結衣を連れていった方がいいのではと思ったが、結衣は、父親と会いたくないそう。ということで咲愛さんは、俺に頼んだそうだ。
駅前に行くと咲愛さんは、先に来ていてベンチに座っていた。
「咲愛さん、お待たせ」
「あっ、隼人さん。お父様は、まだ来ていないので大丈夫です」
咲愛さんの父親は、今日、俺が来ることを知っている。友達と説明したらしいけど、まさか高校生の男とは思っていないだろう。
彼女の父親が来るまで少し話していると咲愛さんは、「あっ」と声を漏らした。
「私が最後だったみたいだね。待たせてしまってすまない」
声がしたので後ろを振り向くとそこにはスーツ姿をした1人の男の人が立っていた。
「いえ、大丈夫です。あの、お父様、こちらがご友人の間宮隼人さんです」
咲愛さんに紹介され、俺は、目の前にいる人が彼女の父親であることを知り、慌てて頭を下げた。
「は、初めまして、咲愛さんと仲良くさせてもらってる間宮です」
ガチガチな挨拶をするとクスッと小さく笑われた。
「そんなに固くなる必要はないよ、間宮くん。娘と仲良くしてくれてありがとう。父の間宮大輝です」
思っていたイメージと違って少し驚いた。仕事優先と言っていたから怖い人かと思っていたが、そんな感じは全くしない。
「2人は、付き合ってるのかな?」
大輝さんは、俺と咲愛さんを交互に見てからそんな質問をする。
すると、咲愛さんは、顔を赤くして頭を横に振った。
「い、いえ……私が一方的に好きなだけで付き合ってはいません」
まさかの告白みたいな言葉を聞いて俺は、顔を赤くした。
「そうなのか、いい人に出会えたのなら良かったよ。ここで、立ち話は寒いだろう、そこの店にでも入ろうか」
そう言って大揮さんが指差した場所は、まさかのバイト先だった。
カフェに入るとバイトの先輩が、何か勘違いをしたのかウインクしていた。
咲愛さんと彼女の父親がいればそりゃ誤解されるだろう。
席に案内されると飲み物を頼んだ。咲愛さんから両親の話を聞いて今日のこの話し合いは沈黙になると思っていたが、咲愛さんは、お父さんと普通に話していた。
「これ、お口に合うかどうかわからないけど、どうぞ」
大輝さんから咲愛さんは、お菓子が入った紙袋を受け取った。
「ありがとうございます。結衣お姉ちゃんと食べますね」
笑顔でそう言うと大輝さんは、下を向いて恐る恐る尋ねる。
「結衣は、元気にしてる?」
「元気ですよ。結衣お姉ちゃんと隼人さんは、同じクラスなんです」
「へぇ~、結衣とも仲良くしてくれてありがとう、間宮くん」
「い、いえ……これからも結衣とは仲良くやっていけたらいいと思ってます」
本当に俺、ここにいていいのだろうか。邪魔になってないといいけど。
「お父様、早速なんですけど、私のお願いを聞いて欲しいです」
「何かな?」
咲愛さんは、真剣な表情をして言いたいことを伝えようとしていた。けれど、緊張していて手が震えていた。
(咲愛さん……)
俺がここにいる理由を思い出し、手をテーブルの下で彼女の手の甲に重ねた。
すると、彼女は、少し驚いた表情でチラッとこちらを見て、微笑んだ。
「仕事が大事なことは知っています。ですが、わがままを言わせてください」
もう何度も何度もお願いしたこと。けど、それはこの何年か言っても無駄だと思い、思ってても言わなかった。
「私は、また家族みんなで過ごしたいです」
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