第30話 たまには深呼吸して外の空気吸いなよ
楽しかった2日間の文化祭が、終わり翌日からは、普段通りの授業が再開した。
「もう1日くらい文化祭ないかなぁ~」
放課後、結衣は、机に突っ伏してそんなことを言っていた。
彼女が言いたいことはよくわかる。楽しいことはずっと続いてほしいものだ。
「俺もう帰るけど結衣は、どうする?」
今日はバイトを入れている日なので、放課後そのままカフェに行く予定だ。
「私は用があるから先に帰ってて。また明日、隼人くん」
彼女が手を振り、手を振り返してから教室を出てバイト先のカフェへ向かった。
気付けば1人、教室にいた結衣は、遅れて教室を出た。
(やだなぁ……)
このまま家に帰りたい。けど、話すことがあるからダメだ。
校門を出ると黒の車が止まっており、コンコンと窓をやさしめに叩いた。
すると、自動でドアが開き、結衣は、その車に乗り込んだ。
「久しぶりね、結衣。2人とも元気?」
2人というのはおそらく自分と咲愛。元気かどうかと聞かれて結衣は、スマホをカバンから出してネットを見ながら答える。
「元気かどうかなんて気になっていないくせに聞かないで」
運転席の隣に座る母に向かって結衣は、嘘1つない言葉を言う。
運転してくれているお手伝いさんの香帆さんは、不安そうにその話を聞いていた。
「あら、嫌われてるのね。それで、今日は、何の用かしら? この後、仕事があるから手短にね」
やっぱり仕事が1番なんだ。久しぶりに会ったというのに子供と話す時間なんてどうでもいいと思っている。
仕事より家族を優先しろと私が今ここで言っても意味ないだろう。家を出る前に何度言っても無視されたのだから。
私は、両親のことが好きじゃない。子供のことなんて考えず自分のことばかりだから。
「咲愛が、寂しがってる。たまには家に帰ってきてよ」
中学生で親と暮らせないのは心寂しいということをこの親はわかっていない。
家に来てもゆっくりせずにすぐに帰ってしまうことがとんなに寂しいことか。
「そうなの? 私は忙しいから大輝さんに頼んでくれないかしら?」
大輝というのは父親の名前。おそらく父に同じことを言っても次はお母さんに頼んでと言うだろう。
「お母さんは、咲愛に会いたくないの?」
「会いたいけど、仕事が────」
「もういいよ。香帆さん、ここで降ろして」
また仕事。私の母親は、どうみても優先順位を間違っている。
「えっ、はい。ですが、結衣様、ここは家から反対方向で離れていますよ」
急に降りるといって近くに車を止めた香帆さんは、私を心配する。
「大丈夫です。電車ありますしそれで帰ります」
車で戻ってもらい、その戻るまでの時間、お母さんと同じ空間にいるのが嫌だ。今すぐこの車から降りたい。
「そうですが。お気を付けて」
香帆さんはそう言ってくれたが、お母さんは何も言わなかった。
車から降りると何か思い空気から解放された感じがして外の空気が気持ちが良かった。
***
「あれ、結衣?」
バイト帰り。駅前を通ると改札から出てくる結衣を見かけて声をかけた。
「おぉ、隼人くんじゃん。もしかしてバイト帰り?」
「うん、さっき終わったところ」
何だかいつも通りに接してくれている気がするが、結衣の元気がないように見える。気のせいだろうか。
「そっか。お疲れさん」
「結衣は、どこか行ってたの?」
バイト先はここら辺だし、改札を出てきたということはどこか遠くに行っていたのだろう。
「うん、ちょっとね」
どこに行っていたかは言いたくないのか彼女は、苦笑いして話を変えてほしそうな顔をしていた。
「そうだ。この近くに新しいクレープ屋さんができたみたいでさ、行ってみない?」
暗い顔をしていたので甘いものかなと思った俺は、彼女を誘う。
「いいね。けど、夜ご飯前だけど大丈夫?」
私は大丈夫だけど、真面目くんは?と後ろに付け足されたような気がした。
確かに夕食前は食べれなくなったらいけないので何かを食べるのは控えているが……。
「大丈夫、今日は特別ってことで」
「うん、そう来なくっちゃ」
駅前から少し歩き、新しいクレープ屋に着くと俺と結衣は、1人1ずつ頼んだ。
俺がチョコバナナクレープで結衣は、キャラメルプリンクレープだ。
持ち帰りにして近くの公園のベンチで食べることにした。
「ん~!! 美味しい!」
1口食べて幸せそうな表情をする結衣。クレープを食べようと誘って良かった。
「チョコバナナも美味しいよ」
「ほんと? 1口食べたいかも……」
「いいよ」
「やった! なら、交換ね。隼人くんも私の食べていいよ」
「ありがとう」
結衣とクレープを交換し、食べようとしたその時、俺は、気付いた。
(女子の食べかけ……俺が食べていいのかな?)
チラッと横目で結衣の方を見ると彼女は気にせずチョコバナナクレープを食べていた。
(気にしすぎか……)
俺も結衣のキャラメルプリンクレープを1口食べることにする。
口にチョコより甘い味が広がり、とても美味しかった。
結衣にキャラメルプリンクレープを渡そうとしたその時、彼女は、ニヤニヤしながら俺に向かってこう言った。
「ふふっ、やってること何だか付き合ってるカレカノみたい」
「……そ、そうかな?」
「そういや、隼人くんは彼女欲しくないの?」
クレープを交換し、食べていると彼女は、興味津々に聞いてきた。
「彼女か……家のこととかで忙しいしできたとしても上手く付き合っていける気がしないんだよね」
家事にバイト、お婆ちゃんのこともある。恋人を作って……なんてことをしている暇はない。
「相手が家事で忙しいしことわかってて、『相手しなくてもいいよ、付き合えるだけで私はそれでいい』って言ったらどうするの? 付き合う?」
「ん~、それでも付き合わないかな。誰かと付き合うなら自分に余裕があるときがいいって思ってるからさ」
「隼人くんは、今、余裕ないんだ?」
「うん……」
家事やお婆ちゃんだけじゃない。美雨のことよろしくねと親に頼まれた以上、妹のことはちゃんと見てあげないといけないし、兄としてやるべきことはたくさんある。
「隼人くんは、いいお兄さんだね。けど、頑張りすぎはよくないよ。たまには深呼吸して外の空気吸いなよ」
「……そうだね」
堅苦しいところで生きるのではなくたまには解放されたところでいるべきだとそう彼女に言われた気がして俺の肩の力が抜けた気がした。
「自分の限界は自分が1番知ってるから無理しないようにね」
「結衣もね」
そう言うと彼女は、一瞬驚いたような表情をして、ふっと笑った。
「へぇ~、ついに隼人くんも私の思考が読めるようになったか」
「別に読んでないよ? 言ってみただけ」
「何それ」
俺と結衣は、お互い顔を見合わせ笑った。
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