第29話 小さな天使様は呼び捨てされたい

 文化祭2日目。今日は、咲愛さんと一緒に回る日で校門前で彼女を待っていた。


 待っている間、校門からは、保護者や他校の生徒、中学生などさまざまな人が通る。


 そういや、俺も母さんが行けそうだったら行くわねと言っていたが、来るのだろうか。まぁ、朝まで連絡はなかったし来ない気がするが。


 スマホで時間を確認していると名前を呼ばれて顔を上げた。


「おはようございます、隼人さん」


 まだ呼び慣れていないせいか少し緊張しながら下の名前で呼んでくれたのは咲愛さんだ。


 呼ばれなれていない俺は、少し照れくさいが、嬉しかった。


「おはよう、咲愛さん。文化祭パンフレットは受け付けでもらった?」


「いえ、まだです」


「じゃあ、もらいに行こっか」


「はい」

 

 彼女が元気よく返事をし、受け付けに向かって歩こうとしたその時、咲愛さんが俺の腕にぎゅっと抱きついた。


(えっ、これ、どういう状況?)


 急すぎて状況が読み込めずにいると咲愛さんがこちらを見てニコニコしていた。


「文化祭デートなので普通に並んで歩くのも違うなと思いまして。手を繋ぐ方が良かったですか?」


 彼女にそう聞かれて俺はこれがデートであることをすっかり忘れていた。


 文化祭デートってただ一緒に回るだけかと思ってたけど違うんだな。


「うん、手を繋ぐ方がいいかな。そっちの方がデートっぽいし」


 腕に抱きつかれていると少し気恥ずかしくなるので手を繋ぐ方がまだ……と思っていたが、いざ、彼女と手を繋ぐと恥ずかしすぎた。


 柔らかくて小さな手だったので、折れないかと心配しながら手を繋いだ。


 男子と違って女子の手は何かが違う。ずっとこうしていたいと思ってしまう。


「さて、どこから行きましょうか? 隼人さん」


「咲愛さんは、行きたいところある?」


 そう尋ねると彼女は、受け付けでもらったパンフレットを広げてどこに何があるのかを見た。


 昨日、結衣と回っていないところもまだいくつかある。今日は、体育館でのステージが多いそうだ。


「お化け屋敷とかどうですか?」


「お化け屋敷……咲愛さん、怖いの得意なの?」


 俺はお化け屋敷とか怖いものは苦手じゃないから全然構わないが、咲愛さんはてっきり怖いものが苦手かと思っていた。


「ちょっと怖いですけど、行ってみたい気持ちの方が強いです」


 怖いより行ってみたい好奇心が勝ってしまったということか。


 咲愛さんが行きたいのなら反対する理由はない。


「じゃあ、お化け屋敷に行こっか」


「はいっ」


 2年のお化け屋敷に向かい、カフェほど混んでいないが、何人か並んでおり数分待ってから入れることになった。


 手を繋いだまま中に入ると中は思ったより真っ暗で大丈夫か心配になり、咲愛さんの方を見た。


 暗くて彼女の表情は見えないが、怖くて動けないとかはなさそうだ。


「このお札を置くべき場所に置いたらクリアだそうですね。頑張りましょうね、隼人さん」


 落ち着いた声からは俺より怖がっていないことがわかった。


「うん、頑張ろう」


 このお化け屋敷は病院をモチーフにしているらしく、霊に取りつかれた患者を助けるためにその人のところにお札を持っていくというミッションがある。


 場所は教室なのだが、怖くてあまり前が見えないため狭い教室が広く感じた。


 暗い場所を進んでいくとロッカーから人が出てきた。


「わっ、驚きました」


 彼女は、楽しそうにそう言うので、怖いのは得意なんだろう。


 あまり怖がらないのはこのお化け屋敷で驚かせる人にとってはあまりいいことではないのだが。


「咲愛さん、お化け屋敷平気なんだね」


「そうみたいですね。結衣お姉ちゃんが入ったら入り口から動けないと思います」


 咲愛さんは、姉の結衣が入り口から動けない姿を想像したのか小さく笑っていた。


「へぇ~、結衣は、怖いの苦手なんだ」

 

「むふ~、お姉ちゃんは羨ましいです。私も隼人さんに呼び捨てされたいです」


「呼び捨てしてもいいの?」


「もちろんですっ! 名前の呼び方で距離はぐっと縮まるとある本で見ました!」


 どんな本だろう……。すっごい気になるし、それは本当なのか気になる。


「じゃあ、さっ────」

「誰だぁ~!!!」


「!!!」


 横から急に現れた白衣を着た人が現れて驚いた咲愛さんは、俺にぎゅっと抱きついた。


「だっ、大丈夫?」


 こちらもさっきの人には驚いたが、それにプラス咲愛さんに抱きつかれ驚いた。


「だ、だいじょふです……」


「は、早くゴールしよっか」


「ですね」


 咲愛さんは、俺から離れて再び手を繋ぎ、お札を置くべき場所に置いた。


「ダッシュです、隼人さん。こういうのは絶体に何か来て驚かせてきます!」


「俺もそう思う!」


 お札を置いて出口と書かれたところまで走り、ドアを開けると明るい廊下に出た。


「クリアです!」


 咲愛さんはニコニコと笑顔で両手を出すので俺は彼女の手のひらに合わせてハイタッチした。


「結構楽しかったね」


「ですねですね。次は、隼人さんが行きたいところに行きましょう」


「行きたいところ……じゃあ、こことかどうかな?」


 そう言ってパンフレットのある場所を指差した場所へ向かうことになり、お化け屋敷の他いろいろなところを回った。


 途中、クラスメイトに会い、同じ間違いを何度かされた。


「えっ、間宮くんの妹!?」

「可愛い~」


 クラスメイトの女子に囲まれる咲愛さんは、ニコニコと笑い、彼女達と別れると表情がすんっとなった。


「さっきの人達、隼人さんのことが好きみたいですね」


「えっ、そうなの?」


「わかりません? 私のこと可愛いと言いながら目線は隼人さんにいってたんですよ? わかりやすいです」


 へぇ~気付かなかった。あっ、こういうところがダメなのか。鈍感で人の気持ちにすぐ気付けないところが。


「隼人さんは、お付き合いするなら同い年がいいですか?」


「……好きなら年は関係ないかな」


 この前まで同い年がいいなと思っていたが、今は、好きになった人の年が上でも下でもいいと思った。


「そうなんですね。あっ、もうすぐ劇が始まるみたいですよ。行ってみません?」


「うん、いいね、行こうか」


 出し物はだいたい回ったので俺と咲愛さんは、体育館の出し物へ向かった。







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