第28話 側にいるほど近づきたい

 ついに2日間の文化祭が始まった。1日目は、当番に当たっており、写真係としての仕事がある。午後からはフリーなので結衣と回ることに。


 2日目は、咲愛さんが文化祭に来るとのことで一緒に回る約束をこの前会った時にした。


 咲愛さんから文化祭デートに誘われたときは驚いたが、彼女がもし来るなら一緒に回りたいと思っていたので、迷うことなく彼女の誘いには頷いた。


 係の仕事があるといえ、そこまですることはないので、お客さんが来ない間は、基本、暇で特にすることもないので、文化祭のパンフレットでも見ようかと思っていると同じ時間帯の当番である結衣が目の前を通った。


「あれ、三つ編みしてる」


 いつもは髪をくくったりしないのだが、今日は、両サイドの三つ編みをしていて雰囲気が違った。

 

 彼女は俺の声に気付き、嬉しそうな表情をして駆け寄ってきた。


「私と理沙と穂香の3人お揃いで編み込みしようってなって穂香にやってもらった。似合う?」


 彼女は、よく見えるように後ろを向いて三つ編みを見せてくれた。


「うん、似合う。せっかくクラスティーシャツ着てるし写真撮ろうよ」


 先ほど、穂香と拓海の3人と、理沙と一緒に写真を撮り、結衣とはまだ撮っていなかった。


「うん、いいよ。スマホ出してるから隼人くんので撮ろっか」


 人の邪魔にならない教室の端に寄り、俺は手を伸ばして2人がカメラに入れるようにする。


「結衣、もう少し寄れる?」


「うん……あっ、こうする?」

 

 そう言って結衣は、俺の体に手を回し自分の方へ引き寄せた。


 ぐっと彼女と距離が近くなり、心臓がドキドキしてうるさい。


 このままじゃ、絶体に変な顔をして写ってしまうだろう。


「隼人くん、どうしたの?」


「えっ、あっ、いや……」


「……あっ、や、やっぱ普通に撮ろう。ねっ?」


 遅れて結衣も俺との距離の近さに気付き、顔を真っ赤にして俺から少し距離を取った。


 最終的に近くを通りかかったクラメイトに撮ってもらい、撮った写真は2人ともぎこちない表情をしているのだった。





***





「よしっ、どこから行こっか?」


 ついこの前まで学校の行事なんて面白くないと言っていたが、結衣は、テンションが高かった。


 当番の時間が終わり、お昼を済ませてから俺と結衣は、文化祭を回ることにした。


「結衣は、どこに行きたい?」


「私? 私は、このカフェに行きたいかも」


 そう言ってパンフレットに指差した場所は2年生が出しているカフェだった。


 そのカフェにはお菓子やアイスが売っているそうで、昼食の後のデザートを食べるのにはちょうどいいところだ。


「じゃ、そこに行こっか」


 2年のカフェへと向かうとやはり飲食系なので長い列ができていた。


 やめとこうかと話になったが、シューアイス限定100個というのを知ってしまい、並ぶことにした。


「この後、軽音あるらしいから見に行ってもいい?」


 パンフレットで時間を確認し、結衣に聞くと彼女は、俺の隣に並び、パンフレットを見た。


(ち、近い……)


「いいよ。知り合いが誰か出てるの?」


 彼女がパンフレットから目を離し、俺の方を見ると近い距離で目が合い、不思議な空気になった。


 こんなに近くで彼女のことを見たことはなかった。吸い込まれそうな瞳に目が離せない。


 暫く見つめ合っていると結衣は、口元を手で隠して背を向けた。


「(今日の隼人くん、何!? それに私、ここ最近、ずっとおかしい……側にいるほど近づきたいって思ってしまう)」


 背を向けたまま結衣は、心の中でどうしたらいいかわからない気持ちに悩んでいた。


「結衣?」  


 後ろからトントンと彼女の肩を優しく叩くと結衣は、慌てて振り返った。


「えっ、あっ、軽音だね? いこいこ、私も聞きに行きたいし」


「う、うん……じゃあ、この後は軽音で」


 並んでいる間、結衣と話しているとあっという間に列の先頭に来て、中に案内された。


「チョコ、イチゴ……悩むなぁ~」


 メニュー表を見て、結衣は、どの味のシューアイスにしようか悩んでいた。


「じゃあ、2つ頼んで分けるのはどう?」


「わっ、ナイスアイデア! そうしよっ」

 

 結衣は、片手を上げて店員さんを呼び、チョコとイチゴを1つずつ頼んだ。


 頼んだものはすぐに届き、プラスチックで包装されたシューアイスがテーブルに置かれた。


 手拭きをもらったので手を拭いてからイチゴのシューアイスから開けて結衣は、半分に分けてくれた。


「はい、シェア」


「ありがと」


 イチゴのシューアイスをパクっと1口食べると甘い香りが口の中に広がった。


(美味しい……)


 美味しさの共感をしようと思い、目の前に座る結衣を見ると彼女は、幸せそうに食べていた。


「美味しかったぁ〜」


「口元にアイス付いてるよ」


「えっ、どこ?」


「ここ」


 彼女が手鏡をポケットから取り出す前に俺は彼女の口元についているアイスを人差し指で取った。手についたのをもらった手拭きで拭いていると結衣の顔が真っ赤になっているのに気付いた。


「結衣? 顔赤いけど熱でもある?」


 心配で熱があるか知るために額に手を当てようとすると結衣は、座ったまま椅子を後ろに引いた。


「だっ、大丈夫! ちょーっと暑いね、ここ」


 手をパタパタと顔に向けて仰いでいるが、今いるこの場所は涼しい。


「そうかな? 冷房ついてるけど」


「へ、へぇ~、あっ、チョコも食べよっか」


 落ち着いたのか結衣は、元の場所に戻ってきて、チョコのシューアイスの袋を開け半分に分ける。


「は、はい……どうぞ」


「ありがと」


 


 

***


 


 カフェから出た後、私は、1人になりたくて隼人くんにお手洗いに行くと言って、彼から離れた。


「駄目だって……」


 気付きたくなかった。私は、隼人くんのことがいつの間にか好きになっていたことを。


 私より幸せになるべきなのは咲愛だ。私じゃない。だから幸せの邪魔は絶体にしたらダメだ。


 変に期待するのは禁止。隼人くんとはいつも通り話すだけ。


 頬を両手で叩き、決意し、私は、隼人くんのいるところへ戻った。


「ごめん、お待たせ。軽音見に行こっか」


(ん~無理だなこれ……一緒にいればいるほど好きになりそう。杏奈さんがあんなこと言うから意識してしまう……)





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