第27話 名前呼び

 文化祭の準備期間である1週間が過ぎ、いよいよ前日となった今日。クラスでは最終チェックが行われていた。


「えっ、夏休みも学校来て準備してたの?」


 クラスメイトのある女子が、必要なものを準備するために夏休み前から動いていることを知った結衣は、驚いていた。


 夏休み前のホームルームで夏休み、一部の担当の人は学校に来て準備をすると決まった。


 驚いているので、結衣は、その話を聞いてなかったということだろう。


「うん、準備係の担当だったからね」


「そうなんだ、ありがと浜崎さん」


「いえいえ」


 こここ最近、結衣は、俺がいるグループ以外の人達とも普通に話すことが多くなった。


 声をかける前と比べると変わったし、結衣がクラスに馴染めているのを見て安心した。


 結衣から目を離すと教室に入ってきた拓海がこちらへ来た。


「文化委員と生徒会以外はもう帰っていいってさ。さっき、文化委員の福山から言われた。一緒に帰ろうぜ」


「穂香は?」


「緋村さんと帰るってさ」


「そっか」


 伝言係を頼まれた拓海が、教室にいるみんなに俺に伝えたことと同じことを伝えた後、教室を出た。


 すると、絵の具を洗いに行っていた理沙が前から歩いてきた。


「あっ、はやっちと拓海。今から帰るの?」


 駆け寄ってきた理沙に拓海は、俺を見てからコクりと頷いた。


「うん、理沙も一緒に帰る?」


「うん、帰る。ちょっと待ってて」


 理沙は急いで教室に入り自分のカバンを持つと出てきた。


 理沙を先頭にその後ろを俺と拓海が歩き、学校を出た。


「今日は早く終わったし、久しぶりにどっかファミレスでも寄って帰る?」


「おっ、賛成!」

「うん、いいね」  


 これなら結衣と穂香も誘えばいいんじゃないかと思ったその時、理沙が口を開いた。


「そういや、穂香と結衣は?」


「2人でショッピングモールだってさ。だからこっちも放課後を謳歌しよ」


 色んな店が並ぶ駅前にあるファミレスへ着き、中に入ると店員さんに席を案内された。


 案内された席に拓海、理沙と座り、俺は拓海の横に座った。


 各自頼みたいものを注文した後、文化祭の話をして待っていた。


「で、はやっちは、結衣と文化祭回るの約束したの?」


「うん、まぁ……」


「おぉ、やったね。はやっちは、結衣のことどう思ってるの? 仲良さそうだけど好きとかないの?」 


 理沙は、興味津々に聞いてくるが、俺はその手の話をするのは苦手だ。答えたらいつも言わなくていいことまで言っていると相手から言われる。


 気を付けないとまた要らないことまで相手に言ってしまう。


「結衣は、最初、怖いイメージがあったんだけど、話してみたら凄いいい子で。後は自由で俺にはないものをもっていて結衣は、俺にとって憧れの人かな」


「憧れ……好きとかはないんだ」


「ん~恋愛したことないから好きとかはあんまりわからないかも。嫌いではないけど」


 話し終えると拓海と理沙は、何とも言えない表情をしていた。


(あれ、おかしなことまた口走ったかな?)


 不思議な空気になっていると頼んだものが運ばれ、ポテトを摘まむ。


「咲愛さんとはどうなんだ?」


「咲愛さん?」


 拓海から咲愛という言葉が出てきて会ったことがない理沙は首をかしげた。


「咲愛さんは、隼人の友達。ちなみに中学生だよ」


「中学生! 写真ある? みたい!」


 理沙は、キラキラした目で俺に写真を見せてほしそうにしていた。


 咲愛さんの写真と言えば海で3人で撮った写真があったな。それにしよう。


 スマホを理沙に見せると彼女は、「ん?」と写真をじっと見ていた。


「もしかして、咲愛さんって結衣の妹だったりして?」


「うん、そうだよ」


「だと思ったよ。似てるし」


 その後に気付かない方がおかしいよと付け加えられたような気がして俺は苦笑いする。


(今思えば確かに似てる……気付かなかった俺が言ってもあれだけど)


「咲愛さんも結衣と似て美人さんだね。で、はやっちが好きなのは妹さんかな?」


「さ、咲愛さんは……」

 

 まただ。咲愛さんのことを聞かれるといつも慣れない感情に振り回されている。言葉が上手く出てこない。


「友達だよ」


「ほぉ~、友達ですか」


「うん、友達」


 この後も恋愛トークが続き、ファミレスでの解散となった。


(ちょっと疲れた……)


 1人で家に向かって歩いていると公園で1人ポツンとベンチに座っている咲愛さんを見つけた。


 ノートに何か書いているようで気になったので声をかけた。


「咲愛さん、こんばんは」


 彼女は、俺の声に気付きノートから顔を上げた。


「あっ、間宮さん。間宮さんとはよく会いますね。これは運命ですね」


 嬉しそうに笑う彼女の言葉を聞いて確かに咲愛さんとは会う約束をしていなくてもよく会うなと思った。


 彼女の隣に座り、描いていた絵に見ていると咲愛さんは、笑顔でノートを見せてくれた。


「風景画です。どうです?」


 描かれた絵は、どうやらこの公園らしくとても上手かった。俺には描けそうにない。


「凄いいい絵だよ、咲愛さん。部活はもしかして美術部に入ってたりするの?」


「はい、美術部に入ってます。絵が上手いから一緒に入ろうと友達に誘われまして」


 俺と少し似ているかも。俺も友達に誘われてバスケを始めた。そこから中学生まで続けるなんて始める前は思わなかった。


「今では絵を描くことは趣味の1つですね。間宮さんの趣味は、バスケですか?」


「うん、そうだね。どのスポーツも好きなんだけどバスケは特に」


「そうなんですね」


 多分、あの時、友達に誘われていなかったら始めてなかったし、好きになっていなかっただろう。


(拓海には感謝しないとだな……)


「あの、間宮さん。1つお願いいいですか?」


 彼女は体をこちらに向けて真っ直ぐと見つめてきた。


「ん? 何かな?」


「これからはその……は、隼人さんと呼んでもいいでしょうか?」


 緊張して声が震えていたので勇気を出して言ったんだとすぐにわかった。


「もちろん、いいよ。名前で呼んでくれるのは嬉しい」


「で、では、隼人さん。私とデートしませんか?」


「うん、わか────ん?」


 名前と同じ流れで頷いてしまったが、彼女が今さっき言ったことをもう一度脳内でリピートしてみた。


(で……デート!?)








     

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