第25話 今日、ここで泊まってく?
カフェ『tuki』に入るとこの前来た時に彼氏と聞いてきた杏奈さんという女性の方は、俺と結衣を見るなり、慌てて駆け寄ってきた。
「ちょっと、どうしたの!?」
「ちょっと濡れちゃって……」
そう、俺と結衣は、あの後、予定通り、カフェに向かったのだが、途中で雨が降ってきて全力でここまで走ってきた。
走ってきたはいいが、着ている制服は、びしょ濡れだ。
「ちょっとじゃないけど!?」
結衣の言葉に突っ込まずには入られなかったのか杏奈さんは口を開く。
「風邪引いちゃうから早く中に入りなさい」
「わかりました。隼人くん、行こっ。タオル貸すから」
「あっ、うん……ありがと」
結衣に手を引かれて、彼女の部屋へ行くと受け取ったタオルで濡れたところを拭く。
「あーもう貸して。私がワシャワシャしてあげるからじっとしてて」
俺は彼女のベッドに座らされて、頭をワシャワシャとタオルでやられてからドライヤーで乾かしてもらった。
(何だか眠くなってきた……)
彼女に髪を乾かしてもらっていると睡魔が襲ってきて、やってもらっているのにさすがに寝てはいけないと思い、頬をつねった。
「隼人くんの髪、さらさらだね」
「そ、そうかな。初めて言われたかも……」
髪を乾かしてもらうなんて小さい頃にお母さんにやってもらった以来ない。人にやってもらうと不思議な気持ちになる。
「……さっきのこと聞かないんだね」
ボソッと小さな声だったが、ドライヤーの音がする中で俺はちゃんと彼女の声を聞き取った。
「聞いてほしいの?」
そう尋ねると彼女は、首を縦に振って、髪を乾かし終わった後、話してくれた。
さっきあった大和というのは1週間付き合っていた元カレらしく、別れたのだが、相手はしつこく結衣に付きまとってくるそうだ。
ブロックしているが、相手はメールを何度か送ってきて、どうやらもう一度付き合えないかと何度も聞いてくるそう。
「振ったのはあっちなんだよ! なのに何なの!?」
結衣は、お怒りモードのようでチーズケーキ味のジュースを片手に持ち、それを物凄い勢いで飲む。
「お、落ち着いて……」
そう言って、優しく彼女の背中を触ると結衣は、俺の肩にもたれ掛かってきた。
「何度言われても私は寄り戻す気ないし、諦めてほしい……。あっ、私、シャワー浴びてくるね」
結衣は、部屋を出ていき、部屋には俺1人となってしまった。
1人でいるのは非常に落ち着かないのだが、この雨が降る中、帰るのもあれなので、雨が止むまでお邪魔させてもらおう。
シーンと静まり返る中、何もすることがないので、カバンに入っていた単語帳を開いて勉強することにした。
(うん、勉強してると落ち着く……)
女子の部屋で何もせずいるということがあまりにも落ち着けることじゃない。
30分後、結衣は、私服に着替えて帰ってきた。髪を洗ったのか濡れている。
「ただいま。服びしょ濡れで気持ち悪かったから髪も洗っちゃった」
「お帰り。さっきのお礼に俺が髪の毛乾かそうか?」
昔、よく妹の髪の毛を乾かしていたので女子の髪を乾かすのは慣れている。
「おっ、ありがと。お願いします」
結衣もベッドに座り、髪の毛が乾かせるよう背を向けた。
(やっぱり結衣の髪の毛って綺麗だな……)
ドライヤーの電源を入れて彼女の髪を乾かしていると結衣が妹と重なった。
最近、乾かそうかと妹に言ったら「1人でできるからいい」と断られていたので、人の髪の毛を乾かすのは久しぶりだ。
(まぁ、こんな話を友達にしたら髪の毛を乾かす機会なんてないのが普通と言われるだろう)
髪の毛を乾かし終えると電源を切り、元の場所に戻した。
「ありがと、隼人くん。やり慣れてたね」
「慣れとかあるのかな?」
「さぁ、あるんじゃない?」
疑問に疑問で返され、先程座っていたところの位置のベッドに座ると結衣がこちらへ寄ってきた。
「今日、ここで泊まってく?」
「えっ、俺も?」
結衣がここに泊まるのはわかるけど、俺まで泊まるのはどうかなと思う。
「うん。ここの家、杏奈さんの家なんだけど、隼人くんも泊まってもいいってさ」
結衣のその言葉を聞いて、話が早すぎやしないかと思った。
「泊まってくというか泊まろうよ」
友達と一緒にお泊まり。同姓ならまだいいが、女子とはどうなんだと考える。
「泊まるのは……」
目の前に寂しそうな表情でいる彼女のことを見ると断りにくくなる。けど、女子と2人でお泊まりはマズイ気がして俺は─────
「断れなかった……」
あの後、結衣に泊まろうよと何回か誘われて、俺は雨がまだ降ってるしなと適当な理由を付けて頷いてしまった。
お婆ちゃんと妹の美雨には友達とお泊まりすることを伝え、許可はもらっている。
お風呂を借りて、出ると結衣にこれを着てと言われて渡された服を着る。
(これ誰の服だろう……)
黒のだぼっとしたティーシャツ。普通に着れたので男性用の服かなと思い、結衣がいる部屋に行くと彼女は俺を見るなり、何かに納得したのか頷いていた。
「私の服だけど、びったりだね」
「えっ?」
(これ、結衣の服なのか?)
まぁ、よく見たら女子でも着れるティーシャツだなと思いながらドアの近くで突っ立っていると結衣に手招きされた。
「ほれほれ、座りな。温かい紅茶淹れたから飲もうよ」
「あ、ありがとう……」
お風呂上がりなので冷たい方が良かったが、今日は雨で体を冷やしたので温かいのでいいだろうと思い、結衣の隣に座り、淹れてもらった紅茶を飲んだ。
「そだ、咲愛から聞いたけど、口説き落としたらしいじゃん」
「んんっ!?」
ちょうど紅茶を飲んでいたところで結衣からそんな話を聞いて吹き出しそうになった。
「あっ、違うの?」
「うん、違う。俺は、口説いてない」
(いや、また無自覚に口説いた可能性はあるかもしれないけど……)
「ふ~ん、隼人くんは、無自覚系男子だからなぁ」
そう言いながら紅茶を飲む結衣。あっ、これは信じてもらえてないな……。
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