3章 姉妹はそれぞれのやり方でアピールする
第24話 安心させるため彼女をそっと抱きしめる
長い夏休みが終わり、2学期が始まった。文化祭までの期間は、午前は授業、午後からは文化祭準備となっている。
文化祭の準備に参加すると言っていたが、午後から結衣がリュックを背負って帰ろうとしていたので引き止めていた。
「結衣、準備あるよ」
「私、やることないし帰る」
その後に今日はバイトないから早く帰ってゲームしたいなとボソッと彼女は、呟いていた。
やることならフォトスポットを何ヵ所か作るという準備があるんだけどなぁ。
準備に参加するのは自由だし無理に参加されるのは悪いけど、どうしようかと悩んでいると拓海がチョークを持ってこちらに来た。
「緋村さん、黒板アートしようと思ってるんだけど、穂香1人だと大変だから手伝ってほしいな」
「黒板アート……いいよ。穂乃果、手伝うよ」
結衣はリュックを自分の席に置いて、穂香のところへ駆け寄っていった。
「ありがとう、結衣ちゃん! 私が、考えたやつなんだけど、こんなのどうかな?」
穂香は、黒板に書く予定の紙に描いた絵を結衣に見せた。
「えっ、可愛くていいじゃん。私、絵描くの得意だから任せて」
「絵描くの得意なんだ! よし、2人で頑張ろっ!」
穂香は、結衣の両手をぎゅっと優しく握った後、手を離してチョークを白、青、黄、といくつかの色を渡した。
一方、俺は拓海と職員室にいる先生に段ボールの追加を頼みに行っていた。
「あっ、そのぐらいの大きさで。ありがとうございます」
2つほど段ボールをもらい、それを俺と拓海は1つずつ持ち教室へ運ぶ。
「そういやさ、いつから緋村さんを下の名前で呼ぶようになったんだ?」
先程、教室で彼女のことを結衣と呼んだのを偶然聞いた拓海は、急な名前呼びに何かあったのかと気になっていた。
「プールの時から。誕生日プレゼントあげるって言われたからこれからは下の名前で読んで欲しいって頼んだんだ」
俺が先頭を歩き、後ろから拓海が付いてくるのだが、質問に答えたのに中々返事が返ってこない。
「拓海?」
「あ、あぁ、ごめんごめん。無視してたわけじゃないよ。ただ……まぁ、いいや。緋村さん、隼人といると楽しそうだし、良き関係だと思うよ」
ただの後が気になるが、ここで拓海に聞いても答えてはくれないだろう。
また俺はもしかしたら誰かの気持ちに気付けなくて傷つけようとしているのなら気を付けなくては。
「ところで、隼人は文化祭、緋村さんと回るの?」
(緋村さん……と?)
俺はてっきりいつもいるメンバーで文化祭を回ると思っており、良く考えたら拓海は穂香と2人で回りたいだろうし、理沙は、中学の仲いい友達と回りそうな感じするし。
となると後は、結衣だが、誘ったら一緒に回ってくれるだろうか。
「まっ、誰もいないなら俺と穂香と隼人で回ろうぜ」
「うん、ありがと」
文化祭で1人だと楽しくないだろうし、気分的に寂しいはずだ。
***
夕方になる頃、今日の文化祭の準備が終わり、俺は結衣に誘われて一緒に帰ることになった。
「疲れた~、久しぶりの学校で5時までいるとは思わなかったよ」
隣でうんと背伸びをする結衣。穂香と一緒に黒板アートをやっているところは時々見ていたが、彼女はかなり頑張っていたと思う。
嫌でやっているわけではなく楽しそうにやっていたので今日、準備に誘って良かったと思う。
「準備、楽しかった?」
「……うん、楽しかったよ。隼人くんも頑張ってたね。段ボールで舟を作ってたらしいじゃん」
「よく知ってるね」
「見てたからね、隼人くんの頑張りは」
(集中して、舟を作っているところを見られていたとは……)
「あっ、そうだ。結衣は、文化祭は、誰と回るの?」
誰かともう約束しているのなら諦める。もし、誰もいないなら誘おうと思い聞いてみることにした。
「誰もいないけど……あっ、もしかして、私と回ってくれるの?」
「えっ、あっ、うん……俺も回る人いないから結衣はどうかなって……」
今まで、誰かを誘うのってこんなに緊張したっけ。結衣だとなぜかいつもより緊張してしまう。
「いいよっ、隼人が文化祭の楽しさとやらを教えてけれるんでしょ?」
ニコニコしながらそう言われてもそんなこと教えるって言った覚えないんだけどなぁ。
「まぁ、気が向いたら?」
「え~、そこは教えてくれる流れじゃないの?」
結衣がだんだん気が許せる相手になっている気がする。話していて楽しいと思えるし、一緒にいて落ち着く。
前に結衣が言っていた『君が隣だと落ち着く』という言葉に今更だが俺も共感する。
「そうだ、文化祭なんだけど、咲愛に話したら私も行きたいって行ってたから2日目は時間あったら一緒に回ってあげてね。咲愛、隼人くんと回りたいと思うからさ」
(咲愛さん、来るんだ……ちょっと楽しみかも)
「うん、わかった」
結衣は、バイト先にあるあの部屋に寄って帰るそうでバイトもないので俺も付いていくことになった。
「チーズケーキ味のジュースあるから一緒に飲もうよ」
「え、遠慮するよ……」
部屋で飲もうと誘われるが、怪しげなジュースを飲みたいとは思わないので断った。
「そっか、美味しいのになぁ。じゃあ、苦い系にする? 確か────」
「あれ、結衣じゃん」
さっきまで楽しそうに話していた結衣だが、前から歩いてきて彼女の名前を呼んだ人を見ると表情が暗くなった。
相手は、男で俺と同じぐらいの身長なのでおそらく高校生だ。
「もしかして彼氏?」
「……違う、ただの友達」
結衣からは相手とあまり話したくなさそうな雰囲気を感じた。
どういう関係かはわからないが、名前を知っているようだし、ナンパではない。だから俺は隣で聞いているだけだった。
(結衣は、この人と話すのが嫌なのかな……)
2人の会話を聞いていてだんだんとそう思い、俺はどうするべきかと思い悩んだ。
「そうだ、この前、メールしたのに何で返事無視したんだ?」
「無視って……だって、大和とはもう何でもないし、ブロックしてるから。隼人くん、行こっ」
結衣が俺の手を取り、この場を立ち去ろうとしたとき、大和という男は、彼女の腕を掴もうとしていたので、俺はその男の腕を掴んだ。
「急ぎの用があるんで」
用なんてないが、結衣がこの大和という男と話したくなさそうなので適当な嘘を付いた。すると、大和は、舌打ちして、立ち去っていった。
ほっと胸を撫で下ろしていると結衣が、俺に体を寄せてきた。
「結衣?」
「ありがと、隼人くん……」
友達である俺が抱きしめるのはダメだと思った。けれど、体が震えているに気付き、彼女をそっと優しく抱きしめた。
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