第18話 頑張りましたねの御褒美
(これはどういう状況なんだ……)
お昼を食べて、海付近の場所でゆっくりした後、帰ることになった。電車が来るまでの間、結衣は、俺の腕をぎゅっと抱きしめてきた。
それを隣で羨ましそうに見ていた咲愛さんは、小さく笑う。
「ズルいです、お姉ちゃん。私も間宮さんに抱きついちゃいます。えいっ」
ぎゅっと結衣とは反対側の腕に抱きつき、俺は、緋村姉妹に挟まれるような感じになってしまった。
駅のホームでこれは目立つ。せめてしっかり者の咲愛さん、一緒になって抱きつくんじゃなくて姉を止めてくださいよ。
「ふ、ふたりとも、お、落ち着こうか……」
「落ち着いてるけど?」
「落ち着いてますよ?」
(どうしたらいいんだ……)
「間宮くんの隣ってやっぱり落ち着くよ。夏休みの課題、明日とかでもいいから一緒にやろうよ」
「ダメですよ、お姉ちゃん。間宮さん、明日は、私といるって約束したじゃないですか?」
咲愛さん、そんな約束した覚えないですけどと心の中で突っ込みをいれる。
どうしたらのいいか困っていると乗る電車が来て、姉妹は、まだこうしていたかったなと思いながらも離れた。
(助かった……ありがとう、電車)
電車に乗ると結衣は、1日中はしゃいで疲れたのか座って寝始めた。咲愛さんはというと窓から外の景色を眺めていた。
向かい合わせになった4人座れる場所に3人で座り俺の目の前には咲愛さんが座っている。その隣には寝ている結衣。
目の前にいるからこそ咲愛さんが、何か考えている顔をしていることに気付いた。
「咲愛さん、何か悩んでる?」
声をかけると彼女は、小さく笑い、外の景色から目を離して、前にいる俺の方を見た。
「そう見えますか?」
「うん。話ぐらいなら聞くよ」
「……悩んでいるわけではないのです。ですが、少しだけ私の話を聞いてもらえますか?」
その問いに俺は、コクりと首を縦に振り、彼女の話を聞くことにした。
***
両親と離れて暮らすことになってからもう5年経ちました。離れて暮らすというより両親は、家を出ていきました。ですので、もうこの家に帰ってくることはないでしょう。
その時のお婆様は、もうカンカンに怒っていましたね。そりゃそうです、お母様もお父様も子供といることより仕事を選んだのですから。
私が8歳の時、私とお姉ちゃんは、お婆様と暮らし始めました。3人での生活は楽しくて嫌いじゃありません。1人ではないので寂しくないです。
お父様とは今日まで全く会ってません。お母様は、たまに家に来ます。
家を出たといえ、お母様は、親としてするべきことはします。学校から配られた書類などを書くことだけのために来ます。
お母様もお父様も私とお姉ちゃんのことを家族だなんて思ってません。仕事の方が大事だから、子供に構ってる暇はない。両親は、そんな感じの人達です。
家事をお婆様だけにやらせるわけにはいきません。そこで、お姉ちゃんは、料理をするようになりました。私ももちろん、お手伝いしてます。掃除は、私でもできるので、当番制でやってます。
高校に入ってからお姉ちゃんが、『tuki』というカフェのバイトを始めました。両親からは必要なお金はもらっていますが、お姉ちゃんは、両親のことが嫌いだそうで、自分が働いたお金で将来はどうにかやっていきたいそうです。
本当にお姉ちゃんは、凄いです。私も高校生になったらお姉ちゃんのようにバイトを始めようかなと思ってます。
私は両親のことが好きかどうかと聞かれたら返答に困ります。少しの間だけど、育ててきてくれたのですから嫌いにはなれません。ですが、あまり好きではないですね。
たまに楽しそうに家族で歩く姿を見て羨ましいと思います。私達、緋村家もあんな風に楽しい家族での時間が過ごしたいです。
「今の生活に満足していますが、やっぱり家族でいたい気持ちがあります」
彼女は、最後にそう言って、また電車から外の景色を見る。
「咲愛さんは、まだ中学生なのに家のこととか手伝って凄いよ。頑張り屋だね」
彼女に俺は、こう言うと、咲愛さんは、こちらを見て嬉しそうな顔をした。
「ふふっ、それは間宮さんもですよ? ほらほら、頭、撫でて差し上げますので」
「えっ、頭?」
「はい。私が間宮さんに頑張りましたねの御褒美をあげます。ほらほら」
手招きした彼女の方へ頭を少し下げると頭を優しく撫でられた。
「間宮さんは、偉いお兄さんです。今日までよく頑張りました。そしてこれからも頑張ってください。困った時は、いつでも私に相談してくださいね」
やっぱり咲愛さんは、俺にとっては小さな天使様だ。頭を撫でられただけなのに不思議と心が和らぐ。
両親がいない分、料理や掃除と家事をやりつつバイトもやってきた。けど、全てを上手くやることなんてできなかった。
(俺は、兄として頑張れてたのかな……)
顔を上げると咲愛さんの目が合い、彼女は、微笑んでいた。
「咲愛さんも」
俺がそう言うと彼女は、下を向いて待っていた。
「では、お願いします」
「咲愛さんもよく頑張りました。偉いよ。咲愛さんも何かあったら俺が相談乗るから」
彼女の頭を撫でながらそう言うと、咲愛さんは、下を向いたままクスッと笑い、そして頭を上げた。
「私の言葉をパクってます?」
「パクってないよ」
「本当ですか?」
「本当だよ。咲愛さんの頑張り、さっきの話を聞いてよくわかったから」
「……間宮さん」
降りる駅まで俺と咲愛さんは、いろんな話をした。咲愛さんは、海には特別な思い出がある場所であること。俺は、学校での話や妹のことを話した。
「咲愛さん、もし、俺に出来ることがあれば言ってほしい。友達として」
両親との関係を聞いて思った。もし、困っていることがあれば俺は、彼女を助けてあげたいと。
「ありがとうございます。間宮さんもですよ?」
そう言って、俺と咲愛さんは、約束と指切りした。
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