第8話 よしよしされとく?

「間宮くん、お腹空いたぁ~」


 昼休みになると緋村さんは、机にへにゃ~と突っ伏した。


 それを俺に言われてもなぁと思いながら苦笑し、椅子から立ち上がり、彼女の前の席を借りて座った。


「今日は雨だし教室で食べよっか」


 教室で食べようと誘うと彼女は、パッと顔を上げて、辺りを見回す。


「あれ、穂香と室伏くんは?」


「2人は、一緒に食堂で食べるって」


「ほ~なるほど。二人っきりにするために教室にしようって言ったわけか」


 雨だからと言ってもいつも食べる場所は食堂だ。それなのに俺は教室を選んだ。その理由を緋村さんは、すぐに理解した。


「あっ、緋村さん、理沙を誘ってもいいかな?」

 

「理沙? もしかして、間宮くんの彼女?」


 そうだった。緋村さん、クラスメイトの名前をそこまで覚えていなかったんだ。


「高校からの友達で、いつもお昼一緒に食べてる子なんだけど……」


「ふ~ん、その割に最近、その理沙って子に避けられてない?」


「うぐっ」


 緋村さん、意外と観察力が高いよな。いろんなことに気付くし。


 彼女の言う通り、緋村さんと食べるようになってから理沙は他の子と食べるようになった。


(理沙は、緋村さんのこと嫌いなのかな……)


 とにかく今は前のように理沙と話したい。このままモヤッとしているのはよくない。


「私が原因だろうね。急に仲いいグループに入ってきて一緒に食べるとか嫌な子は嫌だよ。だから私は1人でいい。間宮くんは、彼女と食べて」


 緋村さんは、お弁当だけを持って教室を出ていく。


 追いかけるべきだと思った。けど、先に理沙と話すことの方が先だ。


(よしっ、いつも通りに話せば大丈夫)


 家で作ってきたお弁当を持って1人でいる理沙のところへ行く。


「理沙」


 久しぶりに名前を呼んだ気がする。ここのところ全く話してなかったからだろう。


「はやっち、緋村さんと食べるんじゃないの?」


 いつもの明るさがないのが声の小ささからわかる。


「ううん、今日は理沙と食べようかと思って」


「そう……前空いてるから座ったら?」


 断られるかと思ったが、彼女は、机に乗っていたものを片付けはじめてお弁当をカバンから取り出した。


 お弁当を開けて食べる前に俺は彼女に確認することにした。


「理沙、最近、避けてるよね」


「別に。たまには他の子食べたいって思っただけだよ」


「……そっか。そう言えばやっぱりそのリボン、理沙に似合ってるよ」


 そう言うと面白いことは言ったつもりはないが、理沙は、クスッと笑い、笑顔になった。


「話、急に変えすぎ。私ね、みんなが緋村さんと仲良くなって、何かが変わるんじゃないかって思ったの。いつもいたメンバーでいることに変化なんていらないと思ってたから」


 理沙の話を聞いていると緋村さんが「急に仲いいグループに入ってきて一緒に食べるとか嫌な子は嫌だよ」という言葉を思い出した。


 そっか……理沙は変化を求めてなくて、緋村さんがみんなと仲良くなっていくところを見て怖かったんだ。


「緋村さんは、優しい人だよ。理沙も仲良くなれると思う」


 理沙が緋村さんを苦手としているのは何となくわかる。だからこそ理沙には仲良くなれとは言わないが、緋村さんの良さを知ってほしい。


「うん……。ごめんね、怖くてみんなと話すの避けてて。はやっち、緋村さん誘って3人で食べよう」


 何かが変わるのが怖い。けど、変わらないなんてことはない。


 変わらないことを求める、それはただ安心したいだけ。


「わかった」


「早く行こっ、昼休み終わっちゃう。緋村さんがどこに行ったか心当たりある?」


 緋村さんが行きそうなところと聞かれても俺も彼女のことをまだ知らないので行きそうな場所も当然知らない。


「雨だし、あんまり使わなさそうな階段とか?」


「階段? いやいや、それは─────」




「ん? 間宮くんじゃん。どうしたの?」


 教室を出て、食堂で買った牛丼を階段に座って食べているのを偶然見つけた俺と理沙は、お互い顔を見合わせて当たったことに驚いていた。


(適当に階段とか言ったけど、本当にいるとは)


「3人で食べようって理沙が」


「ふ~ん、初めまして、緋村結衣です」


 4月に一度自己紹介をして名前はわかっているが、緋村さんは、一旦、牛丼を食べるのをやめて自己紹介する。


「初めましてっていっても入学からもう2カ月経ってるから名前は知ってるよ。堅苦しいの好きじゃないし、結衣って呼んでもいい?」


「うん、いいよ。私も花園さんのこと理沙って呼ぶから」


 緋村さん、理沙のことはフルネームで覚えてたんだ。数分前に、理沙って言ったら誰?みたいな反応してたからてっきり知らないと思ってた。


「よし、私達も今日は階段で食べよ。ほらほら、はやっちも食べよ」


 理沙は緋村さんの隣に座り、お弁当を食べ始めた。


 さすがに3人横並びだとあれだし、何段か下に座ろう。


「理沙、はやっちって間宮くんのこと? あだ名あるんだ」


 牛丼を食べることを再開した緋村さんは、理沙の俺の呼び方が気になり、尋ねてきた。

  

「隼人だからはやっち。結衣もゆいっちって呼んだ方がいい?」


「いや、あだ名で呼ばれるのは嫌かな。あだ名で連呼されて鳥肌立ったことあるから」


 一体、何があったんたんだと俺も理沙も思ったが、とてもじゃないが聞ける感じがしなかった。


「そういや、前から思ってたんだけど、結衣の髪ってさらさらだよね。はやっちもそう思わない?」


 理沙にそう言われて緋村さんの髪の毛を見ると確かにサラサラしていてとても綺麗な髪だった。


 じっと見ていると緋村さんは、俺が座っている段に降りてきて座った。


「触りたいならどーぞ」


 触りたいとは一言も言っていないのだが、触りたい気持ちはある。


 手を伸ばして触るってどう触るんだよと疑問が湧き、なぜか頭を撫でた。


「なぜよしよし……まぁ、嫌じゃないからいいけど。間宮くんも私からのよしよしされとく?」


「俺は別に……」


「そう言っちゃって、照れ屋さんだなぁ~」


「て、照れてないから」


 彼女に優しく頭を撫でられ、何だか不思議な気持ちになり、思ったよりいいと思ってしまった。


「何か目の前でイチャイチャしてる……。まさか付き合ってる!?」


 理沙は、俺と緋村さんがあまりにも仲が良さそうに見えて、付き合ってるんじゃないかと疑う。


「付き合ってないよ。ね、間宮くん?」


「うん、緋村さんは、隣人兼友達かな」


「へぇ~、友達って思ってくれてるんだ。嬉しいよ」


 彼女が笑う横顔を見て、緋村さんのたまに見せてくるクールな笑顔が好きだと気付いた。



 




         

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