第6話 彼の言葉を無視なんかできない

「あれ? 理沙は?」


 学食へ移動し、そこで食べようとしていた昼休み。いつもは、拓海、穂香、理沙と4人で食べているが今日は理沙がいなかった。


「他の子と食べるってさ。それより、いつの間に隼人は、緋村さんと仲良くなってるの?」


 穂香は、食券を買いに行った彼女との関係を聞いてくる。


「まぁ、色々あって」


「へぇ~。あっ、緋村さん、お帰り!」


 穂香は、緋村さんを歓迎しており、彼女を隣に座らせる。


「ありがと、白河さん」


「穂香でいいよっ」


「じゃあ、穂香。私のことも結衣でいいよ」


「わ~い、じゃあ、結衣ちゃんって呼ぶね」


 2人が話しているのを微笑ましく俺は見ていた。穂香は、今朝みたいな女子とは違って、緋村さんを嫌ってはいない。


「えっと君は……むろ……」


 緋村さんは、斜め前に座り、俺の横にいる拓海のことを見て名前を思い出そうとする。


「室伏拓海だよ」


「室伏くんね」


 緋村さんがこうしてクラスメイトと交流していると嬉しくなる。なんだか、子供を見守る親の気分だ。


「そういや、穂香と室伏くんは、付き合ってるの?」


「うん、よくわかったね。中学から付き合ってるの。ここの3人は、中学からの付き合いなんだ」


 穂香がそう答えると緋村さんは、羨ましそうに「そうなんだね」と一言。


「そう言えば、いつも午後になったら帰ってるけど理由聞いてもいい?」


 それは俺も気になっていた。緋村さんが朝は学校に来るが、午後になると帰ってしまう理由は。


「理由? 普通に学校がつまらないだけだよ。授業日数が足りるよう調節してサボってる」


 ふふんと自慢げになぜか俺に向かって言ってきたので突っ込んでおく。


「それ、堂々と言うことじゃないよ」


「そう? けどまぁ、今こうして誰かと昼食食べてたらつまらないって気持ちがなくなった気がするよ」


 彼女の言葉を聞いて俺は考えるより先に口にした。


「なら、明日からも一緒に食べようよ」


 また明日もと誘ってみると、それに穂香は乗っかった。


「賛成! 明日も結衣ちゃんと食べたい」


「緋村さんが嫌でなければ俺達は一緒に食べることを歓迎するよ」


 俺、穂香、拓海からそう言われて緋村さんは、嬉しそうに笑った。


「ありがと。間宮くん、ここは温かくていいね」


 温かいがどういう意味なのか暫く考えて気付き、優しく彼女に笑いかける。


「そう思ってくれるなら誘って良かったよ」





***





 午後からの授業、いつもなら緋村さんは、受けて帰ってしまうけれど、今日はちゃんと真面目に受けていた。


「ふ~終わったぁ~!」


 6時間目を終えると隣で緋村さんは、うんと背伸びをする。

 

「みんな、毎日この時間までやってて偉いね。間宮くん、よしよししてあげようか?」


 体を横に向けて、笑顔で彼女は、俺に手を伸ばす。


「いや、大丈夫。緋村さんは、今からバイト?」


 もし、可能であれば一緒に帰りたいなど思い、尋ねてみた。


「バイトだよ。間宮くんは……バイトしてたっけ?」


「駅前のカフェでしてるよ。俺も今日はバイト。緋村さんさえ、良ければなんだけど、途中まで一緒に帰らない?」


 女子に一緒に帰ろうと誘ったのは多分初めてだ。心臓がさっきからドキドキしていて、うるさいほどに。


「いいよ」


 彼女がそう答えてくれると、今朝、絡んできた女子が緋村さんのところに来た。


「緋村さん、ちょっといい?」


 口調からしてまた今朝みたいなやり取りが行われるだろう。これは、止めないと。

  

「ちょっとならいいけど、バイトあるから手短にね」


「緋村さん、ああいうのは行かない方が……」


 小声で彼女にそう言ったが、緋村さんは、「大丈夫って」と言い、椅子から立ち上がる。


「間宮くんは、先帰ってて」


「う、うん……」


 2人が教室を出ていき、教室に残った俺は、言われた通りバイトもあったから帰ろうとしたが、心配で緋村さんの帰りを待つことにした。


(バイトまでまだ時間はある。ギリギリまで待とう)

 





***






 教室を出た結衣は、呼び出してきた渡辺さんとそして渡辺さんといた女子達で人気のないところである階段の近くで話すことになった。


「ねぇ、間宮くんと話さないでくれる? 間宮くんは、みんなの間宮くんなんだよ」


 渡辺さんの言葉を聞いて結衣は、思わず笑ってしまいそうになるが、堪えた。


(みんなの間宮くんって何? 間宮くん、大変だなぁ。女子と話すだけで苦労しそう)


「へぇ、それは知らなかったよ。けど、誰に言われようと私は間宮くんと話すことはやめないよ」


 結衣はそう言って、壁に持たれて、ジャケットの両ポケットに手を入れる。


「やっぱり緋村さんも間宮くんのこと……」


「何度も言うけど、恋愛対象として見てない。けど、間宮くんが、私と話したいって言ってるの。それを私は無視したくない」


 今までは、見た目で声をかけてきて、初対面の癖に付き合おうとか言ってくる奴ばかりだった。


 けど、間宮くんは、違う。私のことを知ろうとしてくれて、こんなめんどうな私と関わりを持とうとしてくれる。


 そんな彼の言葉を無視なんかできない。


「間宮くんに好かれたいなら陰口とか言わない方がいいよ」


 背中を壁から離し、結衣は、教室へ帰ることにした。渡辺さん達は、何も言えず、追いかけることはなかった。


 教室へ戻ると結衣は、まだ残っていることに驚いた。


「あれ、間宮くん、帰ってなかったの?」


 帰っていたと思ったのにまだ教室にいてくれて嬉しかった。


(私のために待っててくれたのかな……)


 間宮くんのことだから多分、私のことが心配でいてくれたんだと思う。


 まだ話してから数日しか経っていないのに何となくわかった。


「バイトまでまだ時間あるし。戻ってくるまで待っていようかなって」


「そっ、待っててくれてありがと。じゃ、途中まで帰ろっか」


 この日、結衣は、初めて、誰かと一緒にいることが楽しいと思えた。




 



    

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