第9話アリッサム
「あの、その話って本当ですか?」
俺の報告を聞いたサクラさんが頭を抱えている。絞り出した言葉も少し苦しそうだ。
「はい。証明しろ、と言われるとできないですけど。でも、俺がこんなに遅くに戻ってきたことは説得力がありませんか?」
「それは少しありますが、今はそういう冗談に答える余裕はありません」
冗談のつもりじゃないんだけどな。そういう返しが一番傷つく。
「確かに、レイさんの言う通りその子がヴェーアヴォルフに変身した理由が本当なら証明してもらおうとは思いません。あまりにも酷なので」
「本人的にはヴェーアヴォルフではないらしいけど。まあ、飢餓しろとは言えないよね」
本人曰く、ヴェーアヴォルフのような姿になったのはお腹が空いたからだそうだ。それも、ただお腹が空くのではなく、何日も食事を取らないような空腹が必要になるらしい。
この子、アリッサムは一週間食事を与えられなかった結果ヴェーアヴォルフのような姿になってしまった。そして、その姿に気味悪がった母親に捨てられて北の森を漂うことになった。
森の中で食事を取らなかったのは獲物を単純に獲ることができなかったことと、食べられるものがわからなかったかららしい。昔、今みたいな空腹になった時に知らずに食べたものが毒のあるもので、その結果死にかけた経験があるらしい。それ以降食べられると知っているもの以外のものを口にすることがトラウマになっているとか。
「アリッサムの話はもういいだろう。これ以上辛い思いをさせる必要はない」
本当は早く報酬の話に移りたいだけだが、こう言っておけば周りが勝手に勘違いして言い風に捉えてくれるだろう。その証拠に、二人は感心した表情を浮かべている。特にアリッサムは瞳に涙を浮かべている。これで俺への心象は鰻登りしたに違いない。
「そうですね。アリッサムちゃん、ごめんなさいね」
「大丈夫、です」
「そう、ありがとう」
「こほん、それでは今回の依頼の扱いについての話に移りましょうか」
わざとらしく喉を鳴らし、サクラさんが話を移す。ようやく本題に入った。
「今回の依頼ですが、一応は成功扱いとさせていただきます。ヴェーアヴォルフの討伐だけではなく、確認も依頼の一部ですから」
「しかし、成功扱いとは言いましたが完全に依頼をこなしているわけではありませんのでギルドの規定で報酬ポイント共に本来の半分になります」
半分か。等級が2の傭兵からすると十分な報酬と言えるが、初日に討伐した盗賊と比べてしまうのでどうしてもしょぼく見えてしまう。
少し不満ではあるが、これがギルドの規定だと言うのなら飲み込もう。実際悪くない報酬だし。
「わかりました」
「あの、アリッサムちゃんをどうする予定ですか?孤児院に入れるのならばいくつかこちらで紹介することはできますが」
孤児院に入れる?とんでもない。アリッサムは俺が俺好みの女性に育て上げる。異世界で光源氏計画を遂行する。
「アリッサムは俺が引き取るよ。少なくとも最低限自立できるようになるまでは面倒見るよ」
「そうですか。それなら安心ですね」
「任せてください。立派に育てて見せますよ。アリッサム、行こうか」
「うん、おねえちゃん」
本当はお兄ちゃん呼びが良かったのだが、これはこれでアリだ。もうお姉ちゃんになる。俺は彼女を握る手に少し力を加えるのだった。
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