第8話肉とヴェーアヴォルフと

 北の森に入って1時間経つが、いまだにヴェーアヴォルフの痕跡を見つけることができていない。

 北の森まで1時間、計2時間経っているのに。労働って辛い。これがこの依頼が嫌厭されている理由だろうか。

「なんか腹減ってきたな」

 普段あまり運動をしないので2時間も歩けば空腹にもなる。

 持ってきたかばんから今朝買った簡易コンロとパン、肉とチーズ、あと簡単な調理器具を取り出す。初依頼ということで肉は少し奮発していいものを買っている。鮮度を保つために魔法で冷やしているが、どうだろうか。

「よし、肉は大丈夫そうだな。初めての試みだったけど、うん。変な匂いもしないし、色合いも今朝買った時と変わっていない。大成功と言ってもいいね」

 コンロにマナを流して火をつける。スキレットが温まるのを待つ間に肉に塩と胡椒を振る。

 よくある異世界ものだと胡椒は高級品扱いさがちだが、この世界、少なくともこの町では普通に手に入る代物だ。前世と比較できるほどの買い物の経験を積んでいないのでできない。技術的に劣っている分この世界の方が若干高いかも知れないが、意識するようなものでもないと俺は思っている。

 十分に熱したスキレットを中火にし、肉を乗せ1分ほど焼く。

 ひっくり返し、そのままの火力で裏面を少しだけ焼き、チーズを乗せ、火力をとろ火まで落とす。蓋をしてチーズが溶けるのを待つ。

 チーズが溶けたのを確認し、肉を取り出す。肉をパンに挟み調理終了。最強の男料理の完成だ。料理名はなんだったかな。どこかの大統領の名前がつけられていた気がするけど覚えていない。

「いただきます。ん?」

 視線を感じたので後ろを振り返る。人が近づいてくる気配はしていたのだがここまで露骨に視線を送るとは思っていなかった。最初、一瞬だけ山賊かと思ったけど。

 視線の先には人ではなくヴェーアヴォルフだった。あれ?おかしいな。この気配はどう考えても人のものなのに目の前にいるのはどこをどう見てもヴェーアヴォルフ。

 それに、魔物っぽさも感じない。荒々しさもないし、こちらを襲おうとする意志を感じられない。

 一般的な魔物は個体差はあれど人を襲おうとするし、そうでなくても荒々しさは隠しきれない。

 しかもこいつ。

 手に持っている肉パンを左右に動かす。

 すると目の前のヴェーアヴォルフはそれに釣られるように視線を動かす。

 腹が減っているのか。それなら普通は俺を見るはずだし、すぐにでも襲いかかってくるはずだが。

 やっぱりおかしい。絶対に何かある。

 くぅ〜。

 思考の海に浸っていると静かな森の中に可愛らしい音が何響いた。

 音の発生源に視線を送ると毛皮すら貫通するほど赤く染まった顔を隠すように両手を動かしている。その仕草も人のそれに見える。まあ、少しあざといと思うけど。

「このパン食べる?」

 これは賭けだ。俺の勘がコイツはヴェーアヴォルフではないと告げている。ろくに当たった感ではないけど。

 俺の言葉に目の前の生き物は驚いた表情を見せ、ゆっくりと近づいてくる。

「ほら」

 目の前まで来たそれに差し出すように手を伸ばす。

 ゆっくりとパンを手に取ったそれは泣きながら頬張る。

 すべてのパンを食べ終えたそれはみるみるうちに姿を変えていき、12歳ほどのケモ耳少女になった。

「マジか」

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