狂気⑦

「なんだ……ありゃ⁉」


 リッチロードが杖を天にかざすと、渦巻く黒炎が現れ、五人の死人騎士に蛇のように纏わり付いた。

 そして苦しむ間も与えずに、黒炎は死人騎士の鎧に大きな焼印を施したのだった。


「……『黒炎の呪印ブラックカース』」


 リッチロードが使った『黒炎の呪印』は魔導士の中では『禁呪』に分類されている魔法である。

 

 その魔法を受けた者は、一時的に己の持つ潜在能力を引き出し、さらにそれ以上の力を与えられる。

 だが、そんな便利な夢のような魔法には代償がある。


 命だ。身体に刻まれた呪印は力を与える代わりに、媒体の生命エネルギーを絞り尽くす。

 そして全てを絞りつくされた媒体は、最後に砂となって消える……とされている。


 禁呪を受けた死人騎士の目の色が変わる。

 命の鼓動を感じられなかった瞳は真っ赤に染まり、腹を空かせた猛獣のような威圧感を放つ。


 そして持っていた剣や盾を力強く握り直すと、全速力でこちらに向かって来るのだった。


「グオオォォ――!」


 人が出していい声ではない。

 耳に残る低音。喉に唾液が溜まった時に発するネットリとした絡みつくような、そんな雄叫び。不快で、恐ろしい雄叫び。


 連携などない無茶苦茶の攻撃に、私もロジャーでさえも防戦一方になる。


「――っ! この力は――っ⁉」


 あの筋肉自慢のロジャーと互角、いや寧ろ押されている。大剣に対して普通の剣を振り下ろしただけなのに、大剣を持っているロジャーが後ずさりを始める。

 歯を食いしばりながら無理やり攻撃を弾こうと試みるが、それでも一歩二歩と後退する。


「オオォォ――、グゴォォ――!」

「コ、コイツ……押し戻せねー……。何て馬鹿力してやがるんだ!」


 これが禁呪『黒炎の呪印ブラックカース』だ。術を受けた者の命と引き替えに、一時的であるが魔人が如き力を与える。

 だが、その力の代償は早くも媒体に結果として現れ始めていた。


 着ている鎧、握る剣と盾にヒビが入り始める。

 それでも黒い蛇型の呪印は絞め付けるのをやめない。それどころか生命エネルギーを吸収して巨大化している。


 ならもう少し時間を稼げば、術に耐えられなくなり自滅するのではないか。確かにその考えは正しい。

 しかし、この禁呪の恐ろしい力はここからなのだ。


「●▲■★――――!」


 もはや人の言葉ではない。

 機械の奏でる音のような、複数の音が交わらない不協和音と表現するのが正しいのか、人一人が発する事を許されない、そんな声だ。


 人から発する肉声。鎧などの金属が奏でる砕音。そして蛇のように、媒体の身体を締め付ける這いずり音。

 様々の音が入り混じり、戦っている私達の心を逆撫でする。


 かくいう私もロジャー同様苦戦していた。

 五体のうち三体を引き受ける。いや、襲い掛かって来たので魔法で応戦中なのだ。


 せめて男であるロジャーの元に三人行ってくれれば良かったのだが、そんな文句を垂れている暇などここにはない。

 向かってくる奴に魔法を撃ち込み、懲りずに近づいてくる奴には魔法剣で追撃する。


 身体が焼けても、魔法剣で傷口が凍っても、禁呪の力で立ち上がりこちらに向かって来る死人騎士。

 そんなこんな相手している間に、私とロジャーは背中をくっ付けてしまった。


「あっ」

「あっ」


 お互い逃げ場が失った。

 魔法を撃ち込む事に集中していた私と、攻撃を防ぎながら後退していたロジャー。お互い後ろなど見ている暇などなかったのだ。


 私達は遂に囲まれてしまう。

 ボロボロになった、呪印の力を最大限受けた死人騎士達に。逃げ場など……無い。


 五体の死人騎士は同時に飛び掛かる。

 息の合った敬礼のように、一寸の狂いもなく、こんな土壇場でチームプレイを見せた。


 だが、その息の合った行動は私にとって非常に好都合だった。


「ロジャー、耳を塞いでくれ」


 私はロジャーにそう呟くと、腕をバツ字に組み詠唱を始める。


「蛮竜ガングレイグ、聞こえているか。お前の力を、咆哮を、私に貸せ――!」


 ロジャーが「何をする気だっ⁉」と言ったように聞こえたが、答える暇は無い。

 私は詠唱によって溜まった魔力を解放する。


「『蛮竜の咆哮バインドボイス』!」


 桜色の鱗を持ち、片目を失った巨大な竜が頭部だけを解放し、私の背後から幻影として現れる。


「ヴオォォォ――――‼」


 逆方向に吹き飛ぶ死人騎士達。

 彼らに意識があるとは思えないが、あるのなら前に飛んだはずが、今は後ろに吹き飛んでいるのが理解出来ないだろう。


 ドラゴンの叫喚きょうかんが空気を揺らし、掻き乱し、こだまする。

 そして私の周囲にあるすべての物質を、まるで巨大な鈍器で殴ったかのように吹き飛ばすのだった。


「ア……ハァハァ……、制御……出来たか。やってみる……もんだな」


 喉が若干締まるが呼吸が出来ないほどではない。大罪の首輪エビルリングの効果が少しだけ発動する、ギリギリもいいところ。

 他にも策はあったのかもしれない。しかし、あの場面で私が考えられる最善策はこの魔法しか浮かばなかった。


 周りには吹き飛んだ死人騎士。そして、背中には耳を塞ぎ片膝を地面に付けたロジャーがいる。

 私は後ろを振り向き、ロジャーの肩を叩いた。


「大丈夫……か?」

「……バカ野郎。全然……大丈夫じゃ……ねーよ」


 私が今使った魔法『蛮竜の咆哮バインドボイス』は衝撃波で周りの敵を吹き飛ばす魔法なのだが、それと同時に相手の聴覚器官に大きなダメージを与える。並な奴なら立っていられない。


 それを耳を塞いでいたとはいえゼロ距離から受けたのだ。力をかなり抑えたとはいえ、ロジャーへのダメージは多少あるだろう。


 と思いつつも、ゆっくりと立ち上がるロジャー。

 流石は元聖騎士様。身体の造りがそこらの剣士達とは根本的に違うようだ。だから躊躇なくこの魔法を選択したとも言える。


「お前が頑丈で助かったよ!」

「褒められてるはずなのに、あんま嬉しくねーな……」


 危機は乗り切った……、と思っていた。私の魔法で全てを吹き飛ばしていた気になっていた。

 が、それほど甘くなかった。


 立ち上がる死人騎士達。

 鎧や盾が砕け、彼らが立ち上がる理由を露にする。


 呪印が肉体にまで進行し、媒体の身体に鞭を打つ。

 戦って、戦って、そして散れ。と、強制的に媒体を立ち上がらせる。


「っ! しつけーな!」


 ロジャーは再び剣を取る。

 が、私は手を伸ばし、ロジャーの動きを制止した。


「おい、何の真似だ⁉ アイツ等まだ動くぞ!」

「……大丈夫。勝負は既についている」


 私の言葉がトリガーになったかのように、呪印は勢いを増し、媒体の身体をすり抜け空に昇って行った。

 

 そこに残ったのは五人分の兜と剣、そして……大量の砂。

 呪印の代償の成れの果て。黒炎の蛇に吸いつくされた搾りカス。これが『黒炎の呪印ブラックカース』、禁呪の力を借りた者の末路である。


「…………」


 ロジャーは砂となった元同僚に近づき、そっと砂を掴み、祈るように瞳を閉じる。

 見事な戦死、とは言えない。だが、最後に戦士として散って行った彼らへ最後の別れを告げるように、ロジャーは祈り続けた。


「さて、最後だ」


 私はリッチロードに目を向ける。

 頭を押さえ、よろめきながら苦しんでいる村の主を睨みつける。


 距離があったとはいえ『蛮竜の咆哮バインドボイス』を何もせず、もろに食らったのだ。頭がグラグラし、立っているのもやっとだろう。

 口からは体液を垂らし、目の焦点は合っていない。それでも杖だけは握りしめ、戦う意思は残っている。


 リッチを束ねる王でありながら他とは違う異質な雰囲気を醸し出す個体の最後の攻撃である。

 杖を突きだし、何かの詠唱を行おうとした、その時だった。

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