狂気⑥
「――い!」
「…………」
「――おい、ルフラン!」
「――っ!」
私の身体が揺れる。
声が聞こえる方に顔を向けると、そこには私の肩に手を置き、揺らしながら名前を呼ぶロジャーがいた。
「お前大丈夫か⁉」
「……何が?」
「何が……って、アイツのことジッと見てるから声掛けたんじゃねーか! 変な術にでも掛かってるのかと思ったぜ」
変な術……か。
確かにその通りなのかもしれない。
魂だけが宿った鎧騎士、宝箱に擬態したミミック、そして前回戦ったサンドゴーレム。
無機物でありながらも意思を持つ魔物達と、私は今まで何回も戦ってきた。今回のリッチロードも経験は少ないが戦った事のある相手だ、その点だけなら戸惑いもしない。
ただ、今回動揺しているのは別の所。
目の前にいる魔物が有機物とか無機物とかそういうのではない。
本来意思を持つ魔物から意思を感じられない。しかし、その目から放たれる眼力だけは健在なのだ。
矛盾だらけの考察に頭が痛くなる。だが、私の脳や身体はそう判断している。
なのでロジャーの言う「変な術に掛かっている」というのも間違っていないのかもしれない。
「なぁ、ロジャー。こんな時に聞くのはなんだが、キミはアイツをどう見る?」
「なんだよ、いきなり……」
まるで生徒に質問するように、私はロジャーに不気味なリッチロードに対しての見解を問う事にした。
こういう時は他人の意見を聞いた方が良い。自分だけだとどうしても視野が狭くなってしまう。
「どうって……、ただの冠付けた元貴族の萎びたオッサンゾンビにしか見えねーよ」
私の問いにロジャーはそう答えた。
まるで見たまんま、その眼に映った映像をそのまま口にしているようで可笑しくなる。
「アハハハ! そうかそうか!」
「…………?」
アステリアの学生ならもっとまともな回答が返ってきただろう。
でもこれで良い。私の求めていた答えではないが、これもこれでひとつの答えなのだろう。おかげで気持ちが楽になった。
悪魔がどうとか過去の事を掘り起こして悩んでいたのが、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。
過去は過去。
この村で起きている現象も過去の悪魔達が残していった置き土産、残党だ。
なら私達がやるべきことはひとつ。
この村を早く魔物から解放してあげる事だけだ。
「ハァーハァー……、いやぁ久しぶりにこんなに笑ったよ。ありがとう」
「嬉しくねーな、なんか……」
「フフフ、私は礼を言っているつもりだぞ。おかげで楽になった」
こんな事もある。こういう事例もある。それで良いじゃないか。
本ばかり読んでいると、どうも頭が固くなっていけない。私の悪い癖だ。
私は緩んだ顔を元に戻すと、再度リッチロードに視線を合わせる。
相変わらず不気味な奴。魂が抜けた、人形のような眼をしている。
しかし、悩み疑うのはもうやめだ。
お前はそういう奴なのだ、そういう個体なのだと脳内で処理をする。
ただ変わらないのは、目の前にいるリッチロードは排除すべき敵だということ。
それだけは絶対に変わる事のない真実である。
私は杖をリッチロードに向ける。
無詠唱によって集まった魔力を杖先に集めると、私は相手が構えていない事をいい事に、卑怯にも集めた魔力をリッチロードに向けて放つのだった。
――――――――――
戦闘開始の銅鑼など鳴らない。お互い武器を構えての挨拶なども無い。
私は杖先に溜めた魔力の砲弾をリッチロードに放つ。
一発、二発、三発。
放物線を描きながら、まるで大砲から放つ砲弾のように、杖から魔力の塊を放出する。
リッチロードは防魔障壁で防ぐ……事なく、素早い身のこなしで砲弾を次々に回避する。まるで防魔障壁を使うまでもないと言わんばかりに。
だけど、その判断は正しい。
放物線を描きながら放つ砲弾の魔法『
この魔法他と比べて威力は高いのだが、放つまで溜めを生じるため分かりやすいのだ。
さらに、着弾時の爆撃が周囲を吹き飛ばすため、味方が対象に近い時には使えない。
この魔法使いにくくないか?
と、予備校講師時代に疑問を抱きながら教えていたのだが、いざ実戦で使ってみるとその不便さが露呈する。
相手の防魔障壁を破壊する事より、どちらかというと奇襲向きな魔法だな、これは。
と、私はこの魔法に対しての考えを改める。
爆撃時に発生した煙を利用したのか、ロジャーは既にリッチロードの背後に回り込んでいた。
そして、その大きな大剣を一文字に振り下ろす。
……惜しい。
ロジャーの一撃は虚しくも空を切る。
背後にいるのはわかっていました、と思わせるようにリッチロードは振り向きもせずロジャーの斬撃を躱したのだ。
あの一瞬で背後に回り込んだロジャーも流石だが、リッチロードの動きにも驚かされる。
こんなに素早い魔物だったっけ?
「ッチ! 後ろに目ん玉でも付いてんのかよ!」
と、悔しがるロジャー。まさにその通りだ。
厄介なリッチ、その上位の存在とはいえ、ここまでの能力は異常だ。明らかに何かがおかしい。
リッチロードは少し距離を取ると、持っていた杖を地面に突き刺した。
と同時に、巨大な黒い魔法陣が展開され、地面からゆっくりと五体の鎧を着た人間が姿を現した。
「――っ!」
純白で
血なのか、土なのかはもう分からない黒い汚れを染み込ませ、右手には剣、左手には盾を持っている男達。体格もガッシリとしており、そこらの町の護衛兵とはわけが違う。戦闘慣れした、そんな風格すら感じさせる。
「――、なんて事を……」
歯を噛みながら、顔を歪めながら、ロジャーはそう呟いた。
黒い魔法陣から現れた騎士と思われる五人には、他にも共通点がある。
胸に付いた紋章。剣と盾と太陽が描かれた、とあるの国の騎士だと証明する誇り高きシンボル。五人の鎧にはそれが刻まれていた。
イプトスの三大都市のひとつ、聖都エルゴエハール。ロジャーの故郷であり、ロジャーの誇り。
黒い魔法陣から現れた五人の胸には、奇しくもロジャーが所属していたエルゴエハール聖騎士団の紋章が刻まれていたのだ。
「……通りで見当たらなかったわけだ。なるほど、テメーが隠し持っていやがったのかよ」
「ロジャー……」
死人の潜在能力は器に依存する。
エルゴエハールの騎士としての身体はさぞ優れていたのだろう。こうやって隠し持つぐらいに。
彼らは恐らく、最初に調査へ向かったエルゴエハールの調査団の兵士達だ。
現に彼らが着ている鎧は動きやすくするように軽装へ改良されている。あれは調査団専用の鎧だったはずだ。
「でも、思ったより悲しくねーのな。コイツ等の顔なんて知らねーし、見た事もねぇ。ホント他人って怖いぜ」
「……そうか」
……嘘だ。剣を持つロジャーの腕は震えている。
恐怖から出る震えではない。故郷の仲間を
顔を知らないのは本当かもしれない。
三大都市の中でも一番の人口を有する都市だ、兵士の数だって計り知れない。
ロジャーは多分気を使っているのだ。
俺の事は気にするな、全然戦えるぜ。と。
これだけの強靭な精神、流石は元エルゴエハールの騎士の者だ。
いや、ただの騎士ではない。もしかして噂でしか聞いた事のない、騎士の中でも最上位に位置するナイトオブナイツ……なのかもしれない。
などと思っていると、リッチロードは新たな動きを見せる。
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