狂気⑤

「うおおぉぉ――!」


 ロジャーの咆哮が轟く。

 俺が相手だ、かかってこい。そう言わんばかりの空気をも揺らす気迫が、死人達の視線を一斉に集めた。


 戦闘時のロジャーは本当に頼もしい。

 普段呑気で適当な性格から元聖都の騎士という肩書は感じられないが、剣を握ると人が変わったように、まるで違う人物が乗り移ったかのような顔つきや行動をする。


 その強靭な身体から放たれる一撃は、一言で言えば「獣」が相応しいだろう。

 サーベルタイガーや極道獅子が獲物を一撃で仕留め離さないように、彼の一振りには長年戦場狩りで培った技術を感じられる。


 力任せな強引の攻撃ではない。あんな大きな大剣を振り回しているのに、どこか繊細さすら感じさせる。

 

 私はあのような野蛮な武器を扱う事は出来ないが、似たような武器であるエルクには学ぶ所があるかもしれない。

 今までは魔法ばかりの訓練だったが、次はロジャーにお願いしよう。私もそろそろ溜まってきた本をゆっくり読みたいからな。


 そう思いながらも、私は魔法の力で身体を浮かせ、屋根の上に着地する。

 下ではロジャーが孤軍奮闘で戦っている。私は私で、彼の邪魔をする屋根にいる死人を倒すだけだ。


 私に気付いたのか、先程のアステリア上級魔導士の死人がこちらに顔を向ける。

 無言で持っていた杖を構え、私に向かって魔法を唱えようとしているのがわかる。


 私は死人魔導士より速く、『獄炎の大矢フレアボルド』で相手に攻撃を仕掛けるのだが。


「――っ!」


 弾かれた。

 ビンッ、という魔法が弾かれた時に聞こえる独特な音が響く。


 防魔障壁。魔導士が対魔導士用に展開する、魔法を弾く鉄壁の青いドーム。

 死人魔導士は私が魔法を使うと認識していたのか、既に防魔障壁を展開していたのだった。


 死人魔導士から放たれた青い大きい針のような魔法が私に襲い掛かる。

 もちろん私は相手が魔導士と知っていたため、展開していた防魔障壁が魔法を弾いた。


 恐らくアイサイトの肩に怪我を負わせたのはこの魔法だろう。

 出も非常に速く、貫通能力もあり、殺傷能力の高い魔法。


 死人のくせに随分と上位の魔法を。

 元の器が優秀なのか。術者の魔力が高いのか。


 どちらが正解と問われたら、答えはどちらも正解なのだろう。非常に対応が面倒な相手である。

 魔法の打ち合いでも構わないが、それでは足場ももたないし、時間を掛けすぎてはロジャーも危ない。


 私は対魔導士用、対近接用として用意していた戦闘スタイルに切り替える事とした。

 杖に魔力を集中させ、先端を変形させる。少し前にドルマと戦った時に使った近接用の槍モードである。


 私は死人魔導士に槍を向けると、真っすぐ一直線に懐付近まで走り、潜り込む。


「――すまないっ!」


 私の槍が死人魔導士の腹部を貫いた。

 すると死人魔導士は悲鳴を上げることなく、赤黒い血を流しながらその場に倒れ込む。


 あっけない。これが魔導士という者だ。

 死人として操られているとはいえ、近接戦闘には全く対応出来ていなかった。


 普段前衛には出ない職業なので仕方ないのも分かるが、こうもあっけないとは。

 そう思って私は近接もある程度熟せるようにしている。覚えておいて本当に良かった、とこの場を見て再度思う。


 余韻に浸っている場合ではない。まだ屋根には敵がいるのだ。

 ふたりのクロスボウを持った死人が上からロジャーを狙っている。


 私は急いでふたりに『獄炎の大矢フレアボルド』を撃ち込んだ。

 全弾もろに受けた死人達はプスプスと焼けた音を立て、屋根から地面に転がり落ちていく。


 これで上から狙われる心配はない。

 私は視線を下で戦っているロジャーの方に切り替えた。


 死人の数が全く減っていない。思ったより苦戦しているのか?

 それでも彼の実力であれば造作もないように思えるのだが……。


「あ……」


 私は肝心なミスを犯していた。

 ガモウからもらった聖水をロジャーに渡すのを忘れていたのだ。


 ロジャーがどんなに攻撃しても、倒れた死人は次々と復活する。

 五体不満足になるまで術者の命令通り動く。それが死人の特性なのだ。


「ロジャー! これをっ!」


 私はロジャーに聖水の入った小瓶を投げた。


「――! お前、良い物持ってるじゃねーか!」


 片手で投げた聖水を受け取るロジャー。


 死人達を大剣で薙ぎ払い隙を作ると、私からもらった聖水を武器に振り掛けた。

 聖水はアンデット系特有の不死の力を封じる効果がある。これで死人達はもう復活する事が出来ないだろう。


 ロジャーを援護するため、屋根から魔法を死人達に撃ち込む。

 流石に聖水の効果は乗らないが、足止め程度には十分だろう。後はロジャーがやってくれる。


 復活しないのであれば、後は容易い。

 私の魔法で身動きが取れない死人達をロジャーが次々と蹴散らし、最後の一体を薙ぎ倒した。


「ふぅ――、助かったぜ! 聖水持ってたならもっと早く渡してくれよ」

「……すまない。すっかり忘れてて……。アハハ……」


「……なぁ、それよりこの聖水ってお前の聖水か?」

「? ああ、だけど……、それがどうかしたのか?」


「いや、何でもねー」


 そう言うと、ロジャーは自分の大剣の匂いを嗅ぎ始める。何故か顔はうっとりとしており、どこか満足気な表情をしている。

 この時の私は、何故ロジャーがそんな表情をしているのかわからなかった。


「それよりロジャー達はこんな所で調査をしていたのか?」


 私が質問をすると、ロジャーはヒクヒクと動かしていた鼻を止める。


「おっと、そうだった! 俺達この奥にある小さな聖堂を調べてたんだけど、そしたらここのボスに出くわしちまってな。だから全力で逃げて来た……って訳よ!」

 

 得意気に語るロジャー。

 それにしても聖堂を調べていたのか。あそこは天井が腐っていて、いつ倒れるかわからなかったからスルーしていたのに。


「何故聖堂に? あそこは遠くから見ても何もなさそうだったが……」

「霧が晴れてからかな。聖堂の奥で獣みたいな影が見えたから、弓少年と追ったわけよ。そしたら上からドロンッ! って感じだな」


「ドロンッって……。でも私たち以外の生物がこの村に存在していたのか。確かに気になるな」

「だろ? ふたりが戻り次第行ってみようぜ。主についても四人いれば多分余裕だわ」


 四人……ね。何だか引っ掛かる言い方をするロジャーだったが、私はその意味を直ぐに理解する事が出来た。

 何故なら、その元凶はあちらからやって来てくれたのだ。


 ゆっくり、ゆっくりと。

 禍々しいオーラを放ちながら歩くその姿は、この仄暗ほのぐらい村の主であると理解するには十分だった。


 元貴族と思わせるような、ボロボロだが気品溢れていたであろう服装に、手には魔法石の付いた杖。

 頭には錆びた王冠を付け、灰色の肌をした人型の魔物が姿を現した。


 ――リッチロード。


 死んでもなお生前の知識と魔力を持ち合わせたアンデット族でも上位の存在であるリッチの上位互換。リッチの中の王。

 リッチになってから長い年月が経過している事もあり、持ち合わせている知識と魔力はそこらのリッチとは比較にならない。


 また本来は使役同士にはならないリッチなのだが、リッチロードだけはその使役権、服従させる権利を持ち合わせている。

 アンデットの中の王にあたる存在。リッチが神官であるなら、リッチロードは大神官と言ったところだろうか。


 魔導士であるなら相手の魔力を感じるだけで大体の力量は分かる。

 このビリビリと肌を刺すような強大な魔力。間違いなく本物である。


「…………」


 リッチロードは一言も喋らない。

 自身は腐敗しているわけではないので、ちゃんと目だって口だって存在している。


 しかし、その目は私をジッと見つめている。一点たりとも動かさない。

 隣にはロジャーもいるのに、何故か私だけを見つめている。ジーっと双眼鏡で対象物を覗いているように。


 正直気味が悪い。

 まるで生気が感じられないのだ。


 アンデット系に生気が感じられないという表現は間違っているのかもしれないが、コイツリッチロードからは魔力だけしか感じないのだ。

 空の器がジッと立っているだけというか、無機物をただ眺めている感覚。武器屋で鎧を纏ったマネキンを見つめているような……そんな感じだ。


 最低限魔物が放つ殺気などを全く感じさせない不気味さ。

 このような初めての体験に、私は明らかに動揺していたのだ。

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