狂気③

 約十年以上前の事だ。

 

 幼いながらも魔術に長けていた私は、とある冒険者達の前線で戦いに参加していた。

 今ほどの知識は無いものの魔力だけは一人前だった私は、隊のアタッカー兼サポート役として日々奮闘していたのだ。


 魔力の出力だけなら今より圧倒的に上。

 それだけ今の自分の魔力を抑え込んでいる大罪の首輪エビルリングの効力は凄まじい。


 ある日、私達は戦いの中でひとりの白いフードを着た少女と相対する事となった。

 見た目は今でも鮮明に憶えている。

 

 前髪をバッサリと切った真っ黒い髪の毛。

 涙袋がぷっくりした目は気怠そうな雰囲気を演出し、口元はいつも黒いマスクで隠していた。外している所は見た事が無い。

 

 鎌をモチーフとした独特な魔法を操り、それでいて無数の敵を生み出す面倒な奴。

 そんな不気味な雰囲気を漂わせる彼女だったが、その正体は魔王軍・六魔将のひとり。


 そしてもうひとつ。

 彼女は私に、自身は遼界りょうかい戦争の生き残りと言ったのだ。


 ここでは一度、遼界戦争とは何なのか話しておこう。


 ――遼界戦争。

 魔王と黒髪の勇者カインの伝説の戦いよりずっと前、魔王率いる悪魔達と人間との間に起きた最初の戦い。

 

 遥か昔、遠方の地に住んでいると言われていた悪魔が人間界『イプトス』に目を付け、突如襲いかかったのだ。

 悪魔達の圧倒的な力と数に人間だけでは力及ばず、イプトスは瞬く間に闇へ支配されていった。


 そこに現れたのが『大天使メイズ』率いる天使の軍勢だった。

 悪魔とは犬猿の仲であった天使達は人間側に加勢すると、次々と支配された土地を解放していった。


 闇には光を。

 陰には容を。


 魔王軍と天使連合軍の力はほぼ互角。

 勢力伯仲せいりょくはくちゅう、それは時間にして数百年が経過してしまう長期の争いになってしまった。


 ここからは体力勝負。お互いの意地と意地の張り合いが始まった。


 先に音を上げたのは、人間を助けるために来たはずの天使達だった。

 長期の争いに仲間を大きく失った天使達は敗北を恐れ、その場から突如として姿を消してしまった。


 それを見逃す悪魔達ではない。

 天使達の抵抗で悪魔側も大きく損傷していたが、邪魔者がいなくなったイプトスは親鳥がいない巣同然でもあったのだ。


 最後の力を振り絞り、人間達を追い詰める悪魔達だったが、徐々に押し返されていく。

 人間もまたここ数百年で成長していたのだ。


 独自に開発した技術や天使から教わった戦闘術は悪魔達を追い詰め、ついには撤退にまで成功する。

 人間は自分達の力で凶敵を退けたのだ。

 

 これが第一次遼界戦争の大まかな全容である――。


 そして続く第二次遼界戦争。

 これが十年前に起きた魔王と黒髪の勇者カイン、魔王軍と人間達の再戦に繋がっていくのだ。


 ――――――――――


(アクーニャ。もしも彼女ヤツが生きていたなら、今回の事件……何となく関係しているような気がする)


 何度も戦った相手。それが魔将『不帰ふき将軍アクーニャ』。

 

 第一次遼界戦争から生きる、古参の特級悪魔。

 死人や死霊を自在に操る、まさに悪魔と呼ぶに相応しい女。

 

 生きていたら、と最悪な展開を想像した時、私は周りに複数の気配を感じ取った。


「……まったく。直感が当たりすぎるというのも考えものだ」


 私は杖を構えて戦闘態勢に入った。

 青いオーラを放った骸骨のような化け物達が私達の前に姿を現したのだ。


 自分達に有利な結界を張っておきながら姿を現すとは、余程ガモウの結界解除の魔法を警戒しているのだろう。

 

 残念だが邪魔をさせるわけにはいかない。

 私は姿を見せた三体のスケルトンに、風魔法の派生形である雷魔法を叩き込む。


「『幽爆する雷サンダーフレア』」


 巨大な球体状の稲妻がスケルトンを囲み込むと、中にいる魔物を雷で拘束する。

 全方位から降り注ぐ雷は次第に威力を増し、最後に強力な放電を放ち弾け飛んだ。


 プスプスッと音を立て、焦げ臭い匂いが辺りに広がる。スケルトンの身体は雷で灰となり、どこかに吹き飛んでしまった。

 意外と呆気なかったな、と一安心する私だったのだが……。


「――っ!」


 消えない気配。

 不気味な青いオーラが再び灯ると、灰になったはずのスケルトンが徐々に元の姿に修復されていく。


 それだけではない。スケルトンが装備していた剣や鎧など、本来再生出来ない無機物すら再構築しているのだ。


「これは……霊体。霊体のスケルトンか……」


 霊体とは、その名の通り物体を持たない一種の精神の事だ。巷では幽霊とも呼ばれているが、少しだけ意味は異なる。

 

 ここでの霊体とは術者から召喚され、精神操作されたものだ。そのため魔力切れを起こすか、術者を倒すだけでその効力は失われてしまう。

 逆に幽霊とは独立で世界を彷徨っている霊体のことだ。力はほとんど失われており、神に近しい人間だけが成仏させられたり、会話が可能だとか。


「ガモウさん! 結界の解析は後どれくらいですか⁉」

「……すまん、もう少し。もう少しだけ時間を稼いでくれ」


「――わかりました!」


 三体の霊体スケルトンが私に武器を振り下ろす。

 当たる寸前で防魔障壁が攻撃を弾いた。霊体とはいえ、元は魔力によって構築された身体だ。物理攻撃扱いではないため防魔障壁が機能する。


 攻撃を弾かれた三体は衝撃で身体をのけぞってしまう。

 その隙に、私は強大な蒼い大剣を魔力で生み出す。


 名前は……ない。

 強いて付けるのであれば『ルフランの蒼い冷剣』とでも言おう。

 

 元々は『アステリアの宝剣アステリアソード』というアステリアが開発した強大な魔法剣を振るシンプルな無属性魔法なのだが、それに氷属性を付与し、斬撃後周りに冷気の粒を拡散させるよう私が独自に開発した魔法だ。


 勿論魔法で生み出した大剣のため重さは無いに等しい。そのため、私のような細い身体でも軽々と振り回す事が出来る。

 私は冷気を纏った大剣を掴むと、三体のスケルトン目掛け横一線に、クルリとコマのように一回転する。


 斬撃と共に冷気の粒が弾け、斬られたスケルトン達は氷漬けとなり身動きが取れなくなった。

 凍っただけで霊体自体は存在している。そのため身体を再構築したくても出来ない状態になっていた。


「……待たせたの。準備完了だ」

「お願いします!」


 ガモウは魔法陣の中央を片手で触れる。


「主よ。我らを惑わす悪しき結界を振り払いたまえ。『打ち消す波動デスペルサージ』」


 魔法陣から突風が吹き荒れると、周りを囲っていた濃霧が綺麗サッパリ吹き飛んでしまった。

 濃霧は地域特有のものではなく、魔法によって生み出されていた結界の一部だったのだ。


 霊体達から苦しみの声が聞こえる。

 結界を打ち消したことにより魔力の供給網が断たれたため、身体を維持できなくなっているようだ。


 そんな声も束の間、霊体たちは氷の結晶の一部を残してスッっと消えてしまった。


「……危険な役を任せて悪かったな」

「いえ、私じゃあの結界を破る魔法を使えないので。ガモウさんがいて助かりましたよ」


「……そうか。にしてもこの魔法、リッチの仕業か?」

「多分。断定は出来ませんが」


「……ふーむ。ここ一帯が死霊の巣窟になっている話など聞いた事無いんだがなぁ」


 死霊はどこにでも現れるわけではない。それなりに条件もあるのだ。


 特に現れやすいのは戦場跡。

 つまり人が沢山死んだ場所である。


 そういう所では成仏出来なかった霊も多く、また溜まりやすい環境になりやすい。

 溜まりに溜まった霊達は恨みや憎しみ、また何かしらの外的要因で死霊となり具現化され、人々をその道に引きずり込もうと襲う。


 そんな死霊達を浄化させるのがガモウ達、聖職者である僧侶の務めなのだ。


「……結界は解いたにしろ、まだ術者が残っていることに変わりはない。恐らくは何処かに隠れているはず」

「ならあのふたりが危険です。早く合流しましょう!」


 相手がリッチと仮定するとかなり面倒だ。

 私とガモウは急いでロジャー達がいる建物の方へ向かうのだった。

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