狂気②

 魔法を施された本は宙に浮き、その中身を開く。


 三人はどのように翻訳されるのか期待しながら待機をする。

 そして肝心の私は耳を塞ぎながら蹲るのだった。これから始まる辱しめのために――。


【リーベラ歴 十年 火ノ月 一二日。

 今日は久しぶりに同級生のナナシーと、川へ魚取りに行ったニャ。大量、大量ニャ!

 トロトロサーモンは後で適当に捌いて、みんなに分けてやるニャ。喜んでくれると嬉しいニャー!】


【リーベラ歴 十年 火ノ月 一五日。

 外に干しておいたお気に入りの下着がなくなったニャ! まだ買ったばかりなのに……、ふニャけるな!

 どんなに洗っても一度マーキングした匂いは簡単には取れないニャ。盗んだ奴待ってろニャ……、見つけたら問答無用で活け造りの刑だニャ!】


【リーベラ歴 十年――――――】


 本は術者である私、ルフラン・ハイゼルの声で音読を始めた。それも皆がわかる人間語でだ。


 これが『アステリアの解読リーディング』の効果である。

 読めない文字や書物を術者の声で一言一句、感情を込めて音読してくれる便利な魔法。


 と、言いたいところだが、書いてある文を端折ることなく正確に読むため、亜人族の中でも獣人のような語尾に特定の言葉が入っているとこのようになる。

 まるで私がニャーニャーと獣人の言葉で喋っているように聞こえるのだ。

 

 だから使いたくなかった。

 私の元教師としてのアイデンティティは、今ボロボロに崩れかけようとしている。


「あ――――! だから使いたくなかったんだ――!」


 本は読み終えるまで音読を止めない。

 耳を塞いでも聞こえる自身の声に、私は苦痛でしかなかった。


「こりゃ良いもの聞かせてもらったぜぇ。帰ったらエルク達に話してやらねーとな」


 土産話としては十分すぎるネタかもしれないが、口に出したの失敗だ。

 残念だが、後でロジャーは口封じをしなければならない。


 そうしている間に、日記は今日の日付に近づいて来る。

 ガモウに諭され、私は真っ青になりながらも閉じてる耳を開けるのだった。


【リーベラ歴 十年 風ノ月 四十五日。

 久しぶりに元パーティ仲間メンバーから連絡が来たニャ。ニャんでも最近北側で聖都騎士団の行方不明者が出たらしく、その捜索のために私の鼻を借りたいようだニャ。

 たまたま近くにいるみたいだから、とりあえず会うだけ会ってやるニャ。引き受けるかどうかはそれからニャ】


【リーベラ歴 十年 風ノ月 四十九日。

 結局仕事を受ける事にニャったけど、何だかこの依頼ヤバイ気がするニャ……。

 ここまでの行方不明者が三十人超えてるって……明らかにヤバニャい? アイツは穏便にって言ってたけど、正直不安でしかないニャ】


「…………」


 ロジャーは言葉に詰まる。

 元同僚がそんなにいなくなっては、いつもの楽観的な性格が表に出ることはない。


 そうすると騎士団と冒険者を含めた行方不明者は約四十人。

 本格的にヤバイ匂いがしてきた。


「なるほどね。これは聖都も隠したがる訳だ。それにしても、みんな何処に消えたんだろうね?」

「……わかりません。とりあえず続きがあるみたいなので聞いてみましょう。私は早く終わらせたい……」


 アイサイトの問いに私はそう答えると、日記から再び声が聞こえる。


【リーベラ歴十年 風ノ月 五十一日。

 噂の村に着いたニャ……。

 ハッキリここに書く。ここはヤバイニャ!

 狂気の匂いが残ってるってのもあるけど、冒険者としての……、私の生存本能が危険だと教えてくれるニャ!

 霧も凄いし、早く帰りたいニャ……】


【リーベラ歴十年 風ノ月 五十二日。

 仲間のひとりがいなくなったニャ……。

 匂いも感じないし、アイツには帰ろうと伝えたけど、「仲間を見捨てて帰れない!」の一点張り。

 コイツは昔っからこうニャ……。カッコつけてるのかもしれないけど、周りの事も少しは考えて欲しいニャ……。だから私はコイツの隊から抜けたのに……】


【リーベラ歴十年 風ノ月 五十二日 追記。

 今後この日記の更新はないかもしれないニャ。

 何故って……、またひとり消えたニャ。

 流石のアイツも参ったらしく凄く落ち込んでるニャ。それにブツブツと独り言まで言い始めて。私も気が狂いそうニャ……】


【リーベラ歴十年 風ノ月 五十三日。

 ようやくわかったニャ!

 やられた! これ結界ニャ! しかも村だけを覆った、魔導士も感知できない高度なやつ!

 さっきアイツが白いフードを被った奴と外に行くのを見かけて追いかけたけど消えてしまったニャ!

 通りで消えた仲間の匂いがしなかった訳ニャ……。

 こんな高度な結界、いったい誰がどうやって――●●●●●●】


 音読はここで途切れてしまう。

 役目を終えたのか、本は床にポトリと落ち、最後のページが私達の目に留まる。


 血だ。

 最後のページには赤い血がベットリと付いている。ペンを握ったままだったのか、黒い線が一筆書きで枠からはみ出ている。


「うげぇ――! 気持ち悪りぃ――!」

「書いてる最中に襲われたのか……。怖かっただろう、ゆっくりとお休み……」


 アイサイトは日記を拾い上げると、周りに付いた汚れを払い私に手渡す。


「キミが持っていた方がいいね。僕たちじゃ解読出来ないから」

「……わかりました」


 日記を受け取ると、私達は調査を再開する事にした。


 ――――――――――


 結界の解除を任された私とガモウは、村の入り口付近まで戻ってみることにする。

 結界といっても色々の種類が存在する訳で、まずはどの様なものなのか調べる必要があった。


 だが、今回に至ってはそこはある程度省く事が出来る。獣人の日記がそれを教えてくれていたからだ。

 

 まぁだからといって鵜呑みは出来ない。自分の目でどのような結界なのか確認する必要があった。

 仮に間違った解除を行った場合、最悪結界から出られなくなったという事例も珍しくない。

 

 それ位、結界をいうものは繊細な魔法なのだ。


 いつまでも続く同じ風景。一向に晴れない不気味な濃霧。

 違和感だらけの雰囲気に、私達は足を止める。


「……これ以上は無理ですね」

「……なるほど。結界の端に幻影魔法を二重に展開する事で方向感覚をずらし、結界内をグルグルとさせていた訳か」


「どうしましょう。先にふたりを呼びに行きますか?」

「……いや、ここで結界を解除しよう。どちらにせよ、このままでは調査にもならん。それに無事合流出来る保証もないのでな」


「わかりました。護衛の方は任せてください!」

「……うむ。では頼んだぞ」


 ガモウは足元に青い魔法陣を展開する。

 これは術師の魔力を底上げしてくれるもので、魔法陣内にいるだけで効果があるものだ。


 結界や呪いの類に関しては得意分野のガモウ。杖を構え、結界の解読に集中している。

 その間無防備になるため、私が周りを警戒し、何かあったらガモウを守るのだ。


(それにしても、さっきの日記に出て来た白いフード。何だか嫌な予感がする……)


 村に残された狂気。


 消えた人間。


 ほとんど感知出来ない高度な結界。

 

 そして白いフード。


 私はこれら全て身に覚えがあった。

 それは私がまだ子供だった頃の話である――。

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