辿異解放⑦

 積荷は荒らされ、周りに食料品が散乱している。果物は踏まれ、床もベトベトだ。

 だが、エルク達は何故バンデットウルフが積荷を襲ったのか理解する。


 男の手に持っていたのは、綺麗に輝くネックレス。それを奪おうと、バンデットウルフが噛みついて離さないのだ。

 他にも荒らされた積荷の中には、食料品に混じって様々な武器や宝石が紛れ込んでいるのが見てとれる。


 この依頼人の正体は密売人だったのだ。

 普段は商人の格好をしているが、不正に武器や宝石などを持ち出しては売りさばいている悪人である。


 いつも食料品などの積荷に紛れ込ませては、冒険者を雇い運ばせていたのだろう。

 通りで依頼料が高いわけだ。


「おい、オッサン。これどういう事よ? 場合によっちゃあ――」

「わかった! わかったから、とりあえずこの魔物をどうにかしてくれ!」


 舌打ちをし、ピノはネックレスに噛みついているバンデットウルフを引き剥がす。

 観念したのか、引き剝がされたバンデットウルフは遠くに逃げてしまった。


「で、何だよこれ。積荷は全部食料品って言ってたよな、オッサン?」

「ピノさんの言う通りです。密輸もそうですが、これは明らかな契約違反ですよ。それにバンデットウルフのカシラ個体はエーランク級の魔物ですよね。ふたつも上の魔物と戦わせたなんて知れたら……」


「ひ、ひぃ!」


 女性陣が依頼人へ一気に詰め寄る。

 ピノは分かるが、普段優しいハルも流石に黙っていない。治ってるとはいえ、怪我だってしたのだ。怒って当たり前である。


「魔物は偶然とはいえ、命に係わる違反行為は緩くて禁固刑、……最悪死刑ですよ?」

「あばばばば――!」


 ハルの脅しに、歯をガタガタいわせる依頼人。

 顔は真っ青になり、もはやどっちが魔物なのかわからない。


「バルフェルド。冒険者にとってはアクシデントはつきものだと思うんだけど、そんなに罪が重いもんなの?」


 バルフェルドは知っている情報をエルクに話した。


 確かに冒険者である以上、予想外の出来事は起きる。

 仮に命を落とすことがあっても、その責任は依頼主にとがめられることはない。


 ただし、それは正当な依頼の場合のみに適用される。

 今回の場合、密輸も違反だが、運んでいた物資のせいで魔物を引き寄せたのであれば、それはアクシデントではなく故意とみなされる。


 その結果、冒険者の命に係わるものであればあるほど罪は重い。ハルが言うように、最悪死刑も珍しくはないそうだ。


「ドコノ国モ冒険者ノ扱イハ軽イガ、ソノ辺リノ人権ハ守ッテクレヨウ」

「へー、全然知らなかった。多分授業で教えてくれてたんだろうけど、俺居眠りばっかりしてたから全然憶えてない」


「…………」


 それは憶えてないでなく、聞いていないでは。

 と、思ったバルフェルドだったが、今回の件はそれだけでは片付けられないと言う。


「ソモソモドコデ狂気ヲ貰ッタノカ、ソレガ一番気掛カリダ」

「感染源だったカシラ個体も、どこかで狂気を貰ったって事だよね」


「ソウダ。通常種ナラ中級悪魔程度ノ狂気デ狂ウカモシレナイガ、アレダケノ強個体ヲ狂ワセルトナルト相当濃イ狂気ニナル」

「中級以上の悪魔って……、それってまさか――⁉」


 約十年前、この世界を我が物にしようと突如襲い掛かった魔王の軍勢。

 その過半数は悪魔族であり、その中でも中級悪魔より上の実力を持つのが、上級悪魔と『魔将』と呼ばれている悪魔達である。


 魔将とは魔王に認められた数人で構成され、その実力は上級悪魔の比にならないらしい。


「案ズルナ。アクマデ可能性ニ過ギナイ。決メツケルノハ時期早々ダロウ」

「……だよなー。十年前に魔将達は全員勇者達が倒したって聞いてるし、魔王だってもう存在しないんだから心配する必要もないよな!」


 そうに決まっている。

 十年前と同様の出来事が再び起こるわけない。


 そうエルクは自己完結すると、ハル達の怒りが収まるのを待つのだった。


 ――――――――――


 エルク達が集会所の依頼を終えた数日後――。

 

「あっ、レブナンド様! お疲れさまです!」

「ああ、お疲れ。気を付けて帰るんだよ」


 場所は変わってアステリア魔法学院。

 すれ違う生徒達とあいさつを交わすのは、ルフランやエルクの先輩であるレブナンドだ。


 彼は前回の任務についての報告書に不備があったため、学院の上層部から呼び出しを食らっていたのだ。


「まったく。彼女に報告書を書かせるんじゃなかったなぁ……」


 彼女とは相棒のレインの事だ。

 レインは魔導士としては非常に優秀だが、報告書の作成など事務的な細かい作業は苦手なため、そのほとんどは基本レブナンドが担当していた。

 

 それなのに今回の任務についての報告書は自分で書きたいと自ら申し出てきた。

 珍しい事もあるもんだ、とレブナンドは彼女に報告書の作成を任せた。


 しかし、結果はこれである。

 内容が簡略的。誤字脱字多数。報告書に付いた謎のシミ。など、上に提出する書類としては恥ずかしい物だったのだ。


 頭を抱えながら廊下を早歩きで進む。

 報告書の訂正と相棒レインの説教。今日もレブナンドは忙しい。


 そんな時だ。裏庭の方から大声が聞こえる。


「ん? この声は……ハイゼル卿?」


 また誰かをいびり散らかしているのか、困ったお方だ。

 と、思ったレブナンドは声のする裏庭に向かう。


 するとそこにいたのはハイゼルひとり。他は誰もいない。

 誰と話しているのか、そう思ったレブナンドは木に隠れて様子を見ることにした。


「……め、余計な事を。やはりあいつを……したのは失敗だった……。――ええい! 全く、これでは……水の泡ではないか!」


 途切れ途切れではあるが、確かに誰かと会話している様子だ。

 遠くの相手と会話ができる魔法でも完成したのだろうか。レブナンドは木を移動しながらもう少しだけ近づいてみる。


「ああ、そうだ。だからお前をわざわざそちらに送ったのだ。奴の目的は分からんが、これからは細かい事まで逐一報告しろ。――っち、忌々しい人形風情が。主が誰なのか、もう一度しっかり調教してやらんと駄目のようだ」


 そちらに送った? 人形?

 会話が終わったのか、立ち去ろうとするハイゼルに声を掛ける。


「これはこれはハイゼル様、お疲れ様です」

「――っわ⁉ レブナンド⁉ 貴様いつからそこに⁉」


「今ちょうどです。裏庭でハイゼル様の声が聞こえましたので挨拶にと……」


 一瞬驚いた顔をしたが、今は安心しきった表情をしている。先程の会話はあまり聞かれたくなかった会話のようだ。


「ふん。聞いたぞ、報告書が酷すぎて呼び出されたようだな」

「ええ。今回はレインにお願いしたのですが、いやはやとんでもない物を提出したようで」


「私も見たが、何だあの報告書は! 貴様等、特魔の仕事をなめているのか⁉」


 始まった。人の粗を見つけてはチクチクとお説教だ。

 だが今回は言われてしょうがない。このツケはレインに払ってもらおう。


「おい、聞いているのか⁉」

「はい、申し訳ありません。それはそうと、ハイゼル様。先程はどなたと会話をなさっていたのですか?」


 ハイゼルは再び気まずい表情を見せる。

 話したくないのか、後ろを振り向いてしまった。


「き、貴様には関係ない! 私は忙しいのだ。ここで失礼する!」


 そう言い捨てると、ハイゼルは早歩きでその場を去った。


 いったい誰と会話をしていたのだろう。

 そう思いながら、レブナンドはレインが待っているいつものバーへと向かった。

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