辿異解放⑥

 仲間が倒された怒りと、急激に不利になった焦りからか、カシラ個体は威嚇を繰り返しながらエルクの周りをゆっくりと歩く。

 

 遠目では分からないが、カシラ個体が徐々に距離を詰めてくるのが感覚で分かる。

 辿異解放の力は身体能力の向上だけでなく、微細な神経系まで働きかけているようだ。


 なら先手必勝、攻撃するタイミングなんて与えてやらない。

 と、エルクはカシラ個体に突撃する。


 カウンターの鋭爪えいそうを横目で見切ると、エンチャントされた大斧を顎目掛けて振り上げる。

 大きい図体の割りに動きは滑らかで、サーカスの獣のようにバク転でヒラリと躱された。


 次に動いたのはカシラ個体。

 地面をかいて砂煙を発生させると、高速にグルグル回りだし、自分の姿を消してみせた。


 いつ飛び出してくるのか分からない状況に、エルクは今まで以上に神経を尖らせる。


 一瞬、砂煙から赤い光がふたつギラリと光ると、エルクは身体を真横にずらす。

 ヒラヒラとしている肩掛けの一部が半分に裂けると、エルクの真後ろにカシラ個体が移動していた。


 なんてスピードと切れ味だ。まともに受け止めていたら危なかった。

 と、エルクは再度構え直す。


 しかし、どうしたものか。

 先程同様、砂煙で姿を消されると魔法が当てにくいため、無暗に放てない。仮に外してしまったら、その隙をつかれ、あの鋭利な爪で切り裂かれてしまうだろう。


 かといって受け身にまわっても状況は変わらない。いずれはあの爪でズタズタにされてしまう。

 カシラ個体が姿を見せた時、その一瞬だけ攻撃を耐え、こちらの一撃を与えられれば。

 

 そう思った時、突如頭の中に知識が湧き出てくるのがわかった。

 これも辿異解放の力なのだろうか。エルクは斧を地面に突き刺し、詠唱を始める。


「我に纏いし大地の力よ 万物の一撃すら耐える堅鎧けんかいを与えたまえ『堅牢の盾プロテクション』」


 詠唱を終えると、身体の周りを水色の光が一瞬だけ纏う。

 初めて使えた地属性の蒼魔法(補助魔法)に感動を覚えるが、そう長く余韻には浸れない。


 目の前で魔法を使ったのが気に入らなかったのか、カシラ個体の殺気が今までとは比べ物にならない。

 次で殺す、と言わんばかりにエルクを睨みつける。


 再び動く。

 先ほど同様地面をかき、砂煙を発生させ、自身の姿を消した。


 エルクも身構える。

 先ほどとは違い、大斧を低く構え振りかぶる姿勢に変える。防御なんて必要ない、攻撃に特化した獣のような構えだ。


 次の一撃で勝負が決まる。

 エルクはまばたきをせず、ジッと砂煙から現れる赤い光に集中した。


 ――――。

 ――――――。


 砂煙から放たれる赤いふたつの光。同時にエルクの身体へ鋭爪が襲い掛かる。

 エルクも低く構えた大斧をカシラ個体の身体に振りかざした。


 すれ違った状態で、硬直するエルクとカシラ個体。

 ふたりの放った一撃は、音すら置き去りにする、沈黙の空間を創り出した。


「グァ――!」


 カシラ個体の鋭爪がエルクの右腕を捉えた。『堅牢の盾プロテクション』のおかげで深手にはならなかったが、二の腕から鮮血が飛ぶ。

 大斧を握った手も、痛みからか武器を放してしまう。


 一方、カシラ個体はというと――。


 ゆっくりとその場に倒れ込んでいく。

 エルクの一振りは魔物の身体を捉えており、ボッコリと斬撃の跡が残っていた。


 死んではいないが白目を向き、ビクビクと痙攣をしながら伸びてしまっている。


 この勝負、エルクの勝ちである。

 勝って落ち着いたのか。それとも力を使い果たしたのか。辿異解放の力はエルクから消え去り、いつもの青年の姿に戻っていた。


 ――――――――――


「エルクさ――ん!」


 勝負を見届けたハルが大声を上げながらエルクの元に走り寄る。


「やりましたね! 凄かったです!」

「へへ……、ギリギリだったけどね」


「凄い血……! 少しチクッってしますけど、我慢してくださいね」


 そう言うと、ハルはエルクの腕に人差し指を当てる。

 一瞬だが、チクッっとした痛みを感じる。


「……っ! ……何したの⁉」

「治癒用ナノマシンを打ったんです。しばらくしたら痛みも消えて、傷も塞がりますよ」


「ナ、ナノ……マシン?」


 よく分かっていないエルクにハルはザックリとナノマシンについて説明してくれた。

 機人の持つ特殊能力のひとつで、どうやら生物の傷の回復速度を大幅に上げる薬のような物らしい。その効果は一定時間継続するみたいだ。


 あくまで傷を治す細胞を活性化させるものであるため、傷が多かったり深かったりすると体力をゴッソリ持っていかれるとか。


「……あっ、治ってきた!」


 血が止まり、皮膚が再形成されていくのが分かる。

 よく見ると、ハルも負っていた傷は既に完治していた。


「――そうだ! あのふたりは⁉」


 思い出したのは、ピノとバルフェルドの事だ。

 エルクは心配になり、ふたりが戦っていた所に視線を向ける。


 が、心配なかったようだ。

 倒したカシラ個体に腰掛け、こちらにピースサインを送るピノ。怪我もほとんどなく、余裕の表情をしている。


 バルフェルドも無事のようだ。

 ただ、バンデットウルフを意味深に持ち上げている。目の部分がチカチカ光り、何かを調べているようにも見える。


「兄ちゃん、スゲーじゃん! もしかして亜人族か⁉」


 目を輝かせながらエルクにそう問いかけるピノ。

 亜人族とは人間に近いがそれとは別の種族の事だ。獣人、鬼人、エルフなどがそれにあたる。


 辿異解放の姿を見てそう思ったのだろう。

 パッと見ただけでは明らかに姿が変わっているため、そう思ってしまうのは無理もない。


「い、いや、これは最近覚えた魔法みたいなもんで――」

「魔法⁉ 魔法なのか⁉ あたし魔法使えないから羨ましいよ! いいなぁー魔法!」


 ピノはどうやら魔法に憧れているらしい。

 エルクに送る憧れの眼差しには、どこかまだ幼さを感じさせる。


「なぁなぁ、あたしも練習したら魔法使えるかなぁ⁉ ふれあぼるど! あいすまっしゅ!――ってさ⁉」

「うんうん、練習すれば出来るかもね!」


「マジ⁉ よーし、今度兄貴と一緒に練習しよっと!」


 ピノは本気で魔法を習得したいようだ。

 適性のない人間が魔法を覚えるには苦労する。それはエルクが一番よくわかっている。


 しかし、仮に魔法が使えたとして、それを差し引いてもピノは強い。

 どこで鍛えたのか分からない、野性味溢れる武術。そこらのチンピラが使う格闘術とはわけが違う。


 実力だけならシーランクにいて良い強さではない。バルフェルドも同じだ。

 

 彼女達はいったい何者なのだろう。

 と、考えていると、バルフェルドが戻ってくる。


「ピノ、調査完了ダ。コイツ等ハ間違イナク『狂気』ニ当テラレタ個体ノヨウダ」

「……狂気?」


 狂気についてわからないエルクに、ハルが丁寧に説明をしてくれた。


 狂気とは生物の戦闘本能を刺激して狂わせる病気の一種。

 狂気に長時間当たると生物は凶暴性が増し、その衝動を抑えるために他の生物に攻撃を仕掛ける。


 簡単に言えば狂気とは麻薬の一種なのだ。狂った生物はその禁断症状が出ている状態と言ってもいい。

 悪魔族の中でも特に狂気の使い方に優れているのが夢魔族サキュバス。こちらは別の意味で依存性が強いらしい。


「またぁ? 最近魔物がやたら活発になってる気がするけど、それが関係してんのかなぁ」

「ワカラン。ダガ用心ニ越シタコトハナイダロウ。狂気ハ人間ニモ感染スルカラナ」


 どうやらバルフェルドはバンデットウルフが狂気に感染していた事を調べていたらしい。

 感染源はカシラ個体のようで、それが周りのバンデットウルフに広がったみたいだ。


「うわー! 何しやがる⁉ やめろ、このクソ犬がー!」

 

 叫び声が聞こえるのは馬車の方からだ。

 エルク達は急いで戻ると、中では依頼人の男とバンデットウルフが争っていた。

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