辿異解放⑤

 デカイ。通常のバンデットウルフより数倍は大きい個体だ。

 毛並も興奮からか逆立ち、歩く姿には重量感がある。


「うぉぉ……デッカ! 何だよコイツ……」

「バンデットウルフノ……。人里近クマデ降リテクルトハ珍シイ」


 カシラ個体とは、そのグループのリーダーの事だ。

 群れないバンデットウルフもカシラ個体には絶対に服従をするのだとか。


 よく見ると、カシラ個体の周りには新たなバンデットウルフが横一線に並んでいる。数にすると、先ほどの倍はあるだろう。


「アハッ、丁度いいぜー! 全然暴れ足りなかったんだ!」


 真っ先にカシラ個体へ突っ込むピノ。

 周りのバンデットウルフがそれを許さないと襲い掛かるが、自慢の鉄拳で次々と蹴散らしていく。

 

 後ろからはバルフェルドも続いた。

 左腕を銃に変形させ、ピノに群がるバンデットウルフを攻撃する。


 ふたりのコンビネーションは完璧だ。

 後方支援も出来るバルフェルドが、ピノの能力を最大限に引き出しているようにも見える。


「ハルは俺から離れないで! 後ろに来たやつだけお願い!」

「わ、わかりました!」


 もう片方のバンデットウルフ達がエルクとハルに襲い掛かる。

 基本的には前衛でエルクが戦い、ハルが後ろを補助する作戦だ。


 即席だがそれらの作戦は上手くいき、次々とバンデットウルフを倒していく。


 ――――――――――

 

 バンデットウルフ達と戦闘になって数分後。

 

 確実に倒しているのにも関わらず、何故かエルク達は段々と追い込まれていく。


「ハァハァ……、全然数が減らない⁉」


 エルクは肩で息をしながら、冷静になり周りを見渡す。

 ジリジリと威嚇をしながら前進するバンデットウルフと、その場でグッタリしている攻撃を受けた同族の魔物。本来は倒すたび徐々に減っていくのだが……。


 ゆっくりと立ち上がる負傷したバンデットウルフ達。

 中には致命傷を受けた個体もいるが、関係なしに起き上がり、再びエルク達に立ち向かおうとする。


 困惑しているのはエルクだけではない。

 流石にピノやバルフェルドも異変には気づいており、ゆっくりと馬車の方に後退する。


「チッ、コイツ等不死身かよ……。おい、どういう事⁉」

「ワカラン。タダ今言エルノハ、明ラカニシーランクノ依頼デハナイトイウコトダ」


「へっ! じゃあ帰ったら集会所の姉ちゃん達に文句言わないとだね! ついでに報酬金――もっ!」


 こんな依頼シーランクの仕事ではないと文句を言いつつ、ピノはバンデットウルフに鉄拳を振りかざす。


 いくら殴っても起き上がるのであれば、それ以上のダメージを与えて二度と立ち上がれない状態にしてしまえばいい。

 ピノは左手のグローブを地面に叩き付けた。


 地面が割れると共に、グローブに付いていた部品の一部が外れる。

 指先から現れたのは、巨大で鋭利な鉄爪。

 

 捕まったら最後、獲物を絶対に逃がさない。

 まるで竜の鉤爪かぎづめである。


「ちょっとだけ本気で相手してあげるよ!」


 鉄爪を解放したピノの動きは、より一層鋭くなる。

 相手が狼なら、ピノは虎……と言った所だろうか。獲物を見つけた猛獣みたいに、群れの中に飛び込んでいく。


「ホラ! 捕まえたっ!」


 鉄爪の分リーチの長くなったグローブがバンデットウルフの身体ごと捕らえる。

 身動きの取れなくなった獲物を笑いながら一方的に痛めつけるその姿は、地面の蟻を踏みつける無邪気な子供ようにも見えた。


「――バルフェルド! アンタもさっさと加勢しな!」

「了解シタ」


 バルフェルドもピノの動きに合わせるため、脚部にローラーブレードのような物を展開する。

 機械兵の苦手だった機動力を克服すると、素早い動きで次々とバンデットウルフを蹴散らしていった。


 ――――――――――


 一方エルクは、戦いながら『ある事』をイメージしていた。

 それは辿異解放。新しく手に入れた力をここで引き出したいと思っていた。


 あの力さえ自由に使えれば、周りは自分をもっと認めてくれる。

 初めて解放した時の自分の姿をイメージしながら大斧を振るう。


 しかし、一向に解放される気配は無い。

 それどころか注意が散漫し、バンデットウルフのカシラ個体がいなくなった事に気付かなかった。


「エルクさん! 上です、大きい方が!」


 ハルの声で我に返ると、頭上から回転した巨大な何かがエルクに向かって落ちてきた。

 カシラ個体だ。両手に生えた大きな爪を立て、エルクに飛び掛かる。


「グゥ……!」


 何とか攻撃を受け止めたが、状況は最悪だ。

 カシラ個体に馬乗りをされたエルクは、逃げ出そうにも逃げ出せない状況に悪戦苦闘を強いられる。


「コイツッ! さっさと離れろ!」


 魔法を放とうにも両腕が塞がれている。


 力いっぱい押し戻そうとするが、態勢が下のエルクには分が悪い。

 逆にカシラ個体も力を入れ、更に鋭利な牙で喉元を噛みつこうとする。


「エルクさ――、キャー!」

「――っ!」


 エルクを助けようとハルが近寄るが、バンデットウルフ達の猛攻を受けてしまう。

 今まではエルクが前衛にいたので良かったが、今は全方位から攻撃を受けている。プレート状の翼で手数を増やしても捌き切れない。


 ハルの手から警棒が落ちる。

 先ほどの攻撃で右腕を負傷したようだ。服が破れ、血が滴り落ちている。


「くぅ……。い、痛ぁ……」

「――――っ!」


 それを見たエルクは自分の行いを後悔する。

 自分が目の前の敵に集中していれば、このような最悪な事態は回避出来たかもしれない。


 覚えたての新しい力に拘らず、出来る事をやっていれば、少なくともハルが危険な目に合う事はなかったかもしれない。

 後悔と傲りがまた人を傷つけ、離れていく。

 

 ――そんな事はもういやなんだ!

 と、心で叫んだ時、エルクの髪が真っ白に染め上がった――。


「エ、エルク……さん?」


 ハルが見たのは、ゆっくりと立ち上がる白髪の男性。

 さっきまでエルクを押さえつけていたカシラ個体は、異変に驚いたのか拘束を放して後退している。


 突然の出来事にハルも驚くが、着ていた服がエルクの物だったため、白髪の男性は彼であると認識する。


「――ごめん、すぐ終わらせるから」


 エルクは地面に大斧を叩き付ける。

 無数の『土型の鋭針アーススパイク』が次々とバンデットウルフを宙に打ち上げ、ハルを囲んでいた魔物を宙に打ち上げた。


 地属性の朱魔法。エルクが唯一まともに使える魔法だが、威力はルフラン並みと強力になっていた。


 それだけではない。

 叩き付けた大斧を持ち上げると、斧を覆うようにビッシリと岩が貼り付いている。


岩石剣ガイアセイバー

 自分の所有している武器に地属性の効果を付与するエンチャント魔法だ。属性付与だけでなく、物理性能を大幅に上げる効果がある。


「す、凄い……。それに詠唱無しで――!」


 いつの間にこんな魔力を手に入れたのか。

 と、不思議に思うハルだったが、エルク自身も内心は驚いている。


 力が湧き上がってくる。

 まるで身体がひとつのエンジンになったかのように、魔力が身体中を高速に循環する。


 興奮状態の時に身体が沸騰しそうと言うが、それに近いのかもしれない。

 さっさと魔力を放出してあげないと身体がオーバーヒートしそうなのだ。


「だああぁぁ――!」


 咆哮と共にエンチャントされた大斧を振るう。

 魔力で強化されたエルクの斬撃は、次々と周りのバンデットウルフ達を蹴散らしていく。


 三匹、二匹、ラスト一匹。

 カシラ個体を残し、エルクは全てのバンデットウルフを一掃する。


 だが、コイツ等のしぶといのはここからだ。何度倒しても起き上がる、異常な個体なのだ。


 …………。


 ……起き上がらない。

 

 生きているようだが、バンデットウルフ達はぐったりして立ち上がる事が出来ない。

 先ほどまであったおびただしい殺気がすっかり無くなっているのだ。


 何故こうなったのか不明だが、今が好機である。

 エルクは『岩石剣ガイアセイバー』で強化された大斧をカシラ個体に向ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る