辿異解放④

「あーうん、空いてるよ。キミ達は?」

「ごめんごめん、挨拶がまだだったね。あたしの名前はピノ。そしてこいつは――」


「バルフェルド。ヨロシク頼ム」


 ピノと名乗った金髪の女の子と、バルフェルドという漆黒の装甲をした機械兵。どうやら同じシーランクの冒険者のようだ。

 彼女らも手っ取り早くランクを上げたかったようで、丁度花紙を持っていたエルクに声を掛けたというわけだ。


「……ギアヘイヴンの機械兵。私の記憶にない旧式のタイプですね」


 ハルが小声で呟くと、反応したバルフェルドは目を光らせ身体を向けた。


「型式番号ジーエックス三六四八九。先ノ大戦、私ハ特攻用ニ作ラレタ間ニ合ワセ品ダ。ソノタメ量産ハサレテイナイ」


 機械のような籠った声だが、聞き取りやすい口調でスラスラと話す。

 ハルとは違い外見が人間ではないが、二足歩行でいかにも強そうなフォルムが男心をくすぐる。


「姉ちゃん詳しいね。何者?」


 一目でバルフェルドを旧式と見破ったハルに、ピノは興味を持ったようだ。その問いにバルフェルドが答える。

 

「ピノ、彼女ハ機人レプリエントトイウ種族ダ。型式はエイチティー〇九一一二、タイプハ――」

「その名前……嫌いです」


 ハルの情報を話そうとした時、いつもとは違う低い声でバルフェルドを睨む。

 いつも明るく、楽しそうで、太陽な笑顔を見せるハルがここまで暗い表情をするとは。隣にいたエルクもビクッとしてしまう。


「何だかモノ扱いされてるみたいで嫌なんです。……ごめんなさい」

「…………」


 空気が一瞬で凍り付いてしまう。

 が、すぐさまエルクはハルの両肩を掴み、自分の方を向かせる。


「ハルはモノなんかじゃないよ! どこにでもいる、笑顔が素敵な優しい女の子だよ!」

「エルクさん……。ありがとうございます」


 ハルは顔を少しだけ赤くしながら、そう答えた。


 それを見たピノがバルフェルドの脚を蹴る。少女の蹴りではビクともしないが、「謝れ」の合図だろう。

 それを理解したバルフェルドは「スマナカッタ」とハルに頭を下げた。


 エルク達は受付に依頼を提出すると、既に依頼主が町の入り口で待っているいう。

 ルフラン達にすぐ出発する事を伝えると、エルク達は入り口にいた依頼主の馬車に乗りパトロラを後にした。


 ――――――――――


「チッ。使えそうなのは黒い機械兵だけか……、俺もツイてねぇ……」


 馬車の中で肩を落とすのは依頼主の男だ。参加メンバーを見てガッカリしたのか、ついつい舌打ちを漏らしてしまう。


 お金を奮発すればゴリゴリの冒険者が来ると思っていたのか。特に一番幼く見えるピノを睨んでいた。


 依頼主の気持ちも分かる。

 集会所に依頼を出す場合、報酬金や依頼内容などの手続きをしないといけないが、特別な依頼ではない限り人は選べない。筋肉質で見た目強そうな戦士が来る場合もあれば、ガリガリの今にも死んでしまいそうな奴だって来る。


 ハズレ冒険者が足を引っ張れば依頼も失敗するし、最悪同行する依頼人だって危険な目に合う可能性だってある。


 そのため依頼主はハズレを引きたくないため報酬金を大幅に吊り上げる事がある。ベテラン冒険者だって楽して大金を稼ぎたい、そういうやつらこそこのような依頼に食いつくのだが……。


「よりによってシーランク側に貼り出されるとは……。ハァ……あーツイてねぇ……」


 シーランクの掲示板は冒険者の駆け出しが集まる所のため、ベテラン冒険者などはまず見にもこない。そのためエルクがこの依頼を拾えたというわけだ。


「んだよ、オッサン。あたしのどこが気に入らないってんだ? 答えによっちゃ、オッサンの顔ジャガイモみたいにすっぞ」


 ピノは依頼主を横目で睨みつけると、グローブ型の武器をガチンッと響かせた。

 拳には厚い鉄板が付いており、あんなのに殴られたら骨が粉々に砕けそうだ。


 それを感じ取ったのか依頼人は怖気づいてしまう。

 ピノは幼く見えるが、とても気が強い女の子のようだ。


「安心シロ。ピノハ子供ダガ腕ハ確カダ」

「……子供は余計なんだよ、このデカブツ!」


 装備したグローブでバルフェルドの脇腹を思いっきり殴るピノ。相手が機械兵だから快音だけで済んだものの、生身の人間なら完全にアウトである。


 悪かったよ、と依頼人はエルク達の前に一枚の紙を広げる。そこには地図を拡大したようなものが描かれていた。


 依頼主は指を指して現在地を説明する。目的は隣町に積荷を届ける事なのだが、最近厄介事が起きているらしい。


「バンデットウルフの群れ?」


 エルクが聞き返すと、依頼主は困った顔で首を縦に振った。

 

 バンデットウルフとは光モノを好む魔物だ。金塊や高級なアクセサリーなどのお宝系には目がなく、隙をついては奪っていく厄介な奴だ。


 しかし、バンデットウルフ仲間意識を持たない。その名は伊達でなく、同族からも奪い取る習性を持っているため、基本的には群れを作らないのだ。

 それが最近群れを作っては商人たちの馬車などを襲うようになったらしい。


 これらの異常行動はここ最近他の所でも報告が上がってるようだ。

 ハルはそれらを聞いて、直近の出来事を思い出した。


「そういえば鉱山で戦ったサンドゴーレム、ルフランさんは本来ここにはいない魔物だって言ってましたよね……。今回の件もそれと何か関係あるのでしょうか?」

 

「うーん、どうだろ……。バンデットウルフだってたまには仲間と群れたいんじゃない? ホラ、発情期とか」

「あーなるほど! 確かに外もポカポカして暖かいですし、ワンちゃん達には絶好の季節かもしれませんね!」


 陽気に話すふたりを見て再び不安になる依頼主。「やっぱりツイてねぇ……」と、再びため息を漏らす。


「だけど依頼主のオッサン。この馬車の積荷って全部食料品なんだろ? 何でバンデットウルフに狙われるんだよ」

「そ、それは……」


 ピノの質問に依頼主は口篭もる。

 確かにバンデットウルフの習性は厄介だが、積荷に金などの光モノがなければ襲わないはずである。


 なんだか怪しいな、と考えるエルクだったが、突如馬車が急停止をする。


「ひぃー! で、出たー!」


 御者ぎょしゃの悲鳴が来訪者を予感させる。

 馬車の中にいた四人は一斉に中から飛び出した。


「へッ。集団って聞いてたけど、全然大した事なさそうじゃん!」


 現れたのはバンデットウルフの群れ。数は十匹を超える程度で、円状に馬車を囲みながら威嚇している。

 ジリジリとゆっくり迫って来る魔物に、エルク達は武器を取った。


 一匹のバンデットウルフが飛び掛かり、ピノの背後を襲う。

 牙が首筋を捉えようとした瞬間、悲痛な鳴き声と共に飛び掛かったバンデットウルフは逆方向に弾かれてしまう。


 ピノの拳が背後から来た魔物を捉えていた。あまりの速度に拳からは白い煙が立ちのぼっている。


「す、すげー……」


 エルクの口から咄嗟に感想が漏れる。分かりやすい言葉だが、その一言に尽きるだろう。

 未発達の幼い身体から放たれるとは思えない一撃。どこにそんな力が隠れているのだろうと、呆気に取られてしまう。


 次に二匹のバンデットウルフがバルフェルドに襲い掛かる。一匹は右腕、もう一匹は左脚を捉え、このまま嚙みちぎらんと思いっきり牙に力を込める。


 だが、バルフェルドは動じない。

 分厚い漆黒の装甲を纏った機械兵にそんな攻撃が通用する訳はなく、ただただ牙が固い物を噛んでいる音だけが静かに響いた。


 ゆっくりと動いた黒い左腕が、右腕に噛みついていたバンデットウルフの頭部を鷲掴みにする。腕から引き離し、高々に持ち上げると、そのまま地面に叩き付けた。


 左脚に頭部を下げるバルフェルド。目が一瞬だけビカッっと光ると、右手が高速回転し、ドリルのような攻撃でもう一匹の魔物を弾き飛ばした。


「……っ」


 ハルも言葉を失ってしまう。圧倒的な機械兵の力に目が奪われているようだ。


 バンデットウルフはピノとバルフェルドを恐れたのか、威嚇対象をエルクとハルに変える。

 五匹が扇状に展開し、同時にふたりへ襲い掛かった。


 大斧を地面に叩き付け、その反動で高く飛び上がるエルク。大きく振りかぶった一撃は二頭のバンデットウルフを切り裂いた。


 ハルも通電させた警棒で応戦する。背後から迫る魔物にはプレート状の片翼を展開し、弾き飛ばす。


「へぇー、ふたり共やるじゃん! あたし達も負けてらんねーな!」


 ピノとバルフェルドも攻勢に参加した事で、バンデットウルフの群れは一瞬で壊滅した。

 騒ぎが終わったためか、馬車の荷台から依頼主が顔を出す。


「……おい、もう終わったのか? 」

「ああ、もう終わったよ。もっと楽しめるかと思ったけど……、シーランクの依頼なんてこんなもんかー」


 戦闘があっさり終わった事でピノはつまらなそうな表情を見せるが、彼女の機嫌はすぐに戻ることとなる。


「……ピノ、武器ヲ構エロ。援軍ノゴ到着ダ」

 

 いち早く違和感に気付いたバルフェルドは、エルク達に警告する。

 奥から馬車を挟むように、二匹の大型のバンデットウルフが姿を現した。

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