辿異解放③

 赤紙とは高額の報酬金と引き替えに高難易度の仕事が書かれている依頼書の事だ。余程の自信がある者以外赤紙には手を付けない。

 ルフランが紙を剥がす時、一枚だけ孤立していたのはそのせいである。


 確認して無理そうなら返却すればいい。

 とりあえずルフランとロジャーは紙に書いてある依頼内容を確認する。


「行方不明者の捜索……か」


 内容は他の依頼で出発した冒険者の捜索だった。

 人数は合計で七名。詳しい内容は受付で話すと書かれている。エーランクの内容とは思えない楽そうな仕事だ。


 だが、その割には報酬金がやたら高い。

 ひとり辺り三十万パル、七人全て発見できれば総額二百万パルを超える。

 

 参加人数はエーランク以上であれば無制限と書かれている。


「一応エーランク以上って書いてあるが……」

「それについては安心するがいい。私はこれでも元エーランク以上の魔導士だったからな!」


 はぐれ者の冒険者情報は罪を犯す前の状態で保持されている。

 依頼の受注ほとんど出来ないものの、他人に同行する事に関してはこれといった制限は無い。


 これは抜け穴なんじゃないか、と思うが実はそうでもない。

 あくまで許されるのは同行である。他に参加する者がいる場合、依頼受注者リーダーは他の参加者にはぐれが同行する事を報告しないといけないのだ。


 ほとんどの冒険者ははぐれ者を嫌っているため、場合によっては参加がキャンセルされることもあるためリスクしかない。

 仮に依頼が成功しても報酬金は依頼受注者の中からいくら払うか決められる。場合によってはゼロもあり得るのだ。


 しかし、今回の赤紙については別だ。危険な依頼の為、集会所側も出来るだけ人を集めたい。

 そのため赤紙に限り、はぐれ者は他の冒険者と同等の報酬を受ける事が出来るのだ。


「ロジャーが嫌じゃなければなんだが……」

「別に構わねーよ。集まるかわかんねーけど、お前が悪い奴じゃないのは俺が知っているからな。安心しろ!」


「恩に着るよ」


 ロジャーはさっそく参加者の募集を始めた。ある程度集会所も落ち着きを取り戻し、十分後何とかふたりだけ集まった。


「僕の名前はアイサイト。職業は弓使いアーチャー。ンーよろしく頼むよ!」


 このナルシストみたいな男の名はアイサイト。ランクはダブルエーだ。


「……よろしく頼む」


 言葉数が少ない老人の名はガモウ。職業は僧侶。ランクはシングルエーだ。


「俺はロジャー。そしてさっきも言ったがコイツが例の――」

「ルフランです。よろしく」


 軽く挨拶を終えると、アイサイトがルフランに近づく。


「へー君が迷える子羊ちゃんかぁ。僕は全然気にしてないからね! ンー寧ろその罪を僕が被ってあげたいよ!」

「アハハ……」


 苦笑いでその場を凌ぐルフラン。

 どうやらアイサイトはルフランを気に入ったらしい。その後も気に入られようと一方的に話しかける。


 ロジャーは準備が出来た事を伝えると、受付嬢は四人に赤紙の詳しい内容を説明した。


 最近北側ノースエリアでは冒険者の失踪が後を絶たないらしい。ここパトロラでも依頼を受けた数人の冒険者が帰って来なかったようだ。

 だが、帰って来なかった冒険者には共通点があるという。


「これです」


 受付嬢は一枚の写真を取り出す。そこには「ニーゴエ村」と書かれていた。


 ニーゴエ村は先の大戦で魔王軍によって滅ぼされた廃村の名前だ。

 瘴気も晴れ、ようやく廃村の調査が行われたのだが……。


 ちなみに瘴気とは、人間や一定の生物から生命エネルギーを奪い取る病気みたいなものだ。

 瘴気が蔓延した所は草すら生えず、生物が生きるには適さない場所となってしまう。

 

 その中でも、悪魔族は瘴気を好む。

 魔王軍の一部が村に瘴気をバラ撒いたのだろう。


「村の調査、またはその周辺に向かった冒険者の失踪が後を絶たないのです……」

「随分物騒だねー。ンーでもそれだけ被害があれば聖都の騎士団が動きそうだけど……」


 アイサイトの疑問には皆同意だ。

 ここ北側のほとんどは聖都エルゴエハールの管轄地域のため、事件が起きれば地域に駐在している軍隊が先に動く。


 それが動かないということは何かあるのだろう。


「……なるほど。この依頼赤紙自体、エルゴエハールが直接出したものなんですね?」

「…………」


 ルフランの問いに、受付嬢は静かに頷いた。

 要は国の手に負えないから冒険者に任せる、といった事だ。


 弱腰の選択に、元エルゴエハールの騎士であるロジャーの表情は険しい。

 小さな声で「情けねぇ」と怒りを露にする。


「殻に閉じ籠るとはよく言ったもんだねー。先の大戦がそんなにトラウマかな?」


 十年前、魔王軍が攻めて来た時にエルゴエハールは甚大な被害を被った。

 自慢の要塞も内部から叩けば脆い物。悪魔に取り憑かれた兵士達が中で騒ぎを起こし、聖都を半壊まで追い込んだのである。


 自国を立て直すために時間が掛かるというのもあるが、本当は得体の知れない事件に関わるのを恐れているのかもしれない。

 悪魔に取り憑かれた兵士達も、元は近隣調査に向かっていた聖都の調査団だったという。


 北側を統治しているエルゴエハールとしてはこれ以上の失態は見せたくないのだろう。

 そのためなら、金を払って冒険者他人に任せればいい。


 聖都とは思えない、随分と情けない選択。

 だが、国の威厳ってのもある。そんな簡単に国の弱さを見せるだろうか。


 中身はもっと複雑で、深刻なのだろう。

 と、ルフランは考える。


「じゃあ準備出来次第出発な。一時間後、町の北口に集合って事で!」

「わかった。私はエルク達をちょっと見てくるよ」


 各々準備をするために一度解散となった。

 アイサイトとガモウも準備のためその場を離れる。

 

 皆が散った事を確認すると、ロジャーは持ち場に戻った受付嬢の元に向かう。


「なぁ姉ちゃん、ちょっといいか?」

「はい?」


「ちなみにはぐれになった奴の冒険者ランクって調べられるか? 一応確認しておきたいんだけど……」

「ええ、出来ますよ。どなたのですか?」


 受付嬢は棚から冒険者リストを一部を取り出す。

 表紙には大きく「はぐれ」の文字が書かれていた。


「じゃあ、『ルフラン ハイゼル』の冒険者ランクを教えてくれ。さっきまでいた前髪を上げてた女なんだけど……」

「少し待ってくださいね。ルフラン……、ルフラン……っと……」


 受付嬢は冒険者リストをペラペラとめくり始める。数秒後、手が止まった。


「あっ、こちらです。ロジャーさん、凄い方と同行してたんですね」

「ほーどれどれ……」


 凄いと言っても精々ダブルエーぐらいだろ、と思っていたロジャー。

 その予想は見事に裏切られる事となる。

 

 いつの写真だろうか。

 ルフランと書かれた幼き前髪を降ろした少女の写真の隣には、見た事もない金色のダブルエスのスタンプが押されていた。


 ――――――――――


 ルフラン達が人ごみに混じっている一方、エルクはシーランクの所でひとり依頼書を眺めていた。

 逃げ出した猫の捜索。野菜の収穫。痛んだ屋根の補修。など、簡単で低収入の依頼に肩を落とす。


 それでもビーランクに上がるには数をこなさないといけない。

 ため息を漏らしながらも、掲示板に目を通した。


「なんだこれ?」


 見つけたのは花飾りが付いている依頼書だった。報酬金も悪くなく、四人まで受注出来る。

 さらに、初心者救済ボーナスとして依頼を達成すればすぐにビーランクに上がれるらしい。


 依頼内容は商人の護衛と書かれている。

 内容もシンプルということもあり、エルクは真っ先にその依頼書を剥ぎ取った。


「決まりました?」


 横からひょこっとハルが顔を出す。

 ビーランクの掲示板には人が群がっており、諦めてエルクの所に戻って来たようだ。


「うん。これにしようかなって」

「あーこれ初めて見ました! 依頼を達成するだけでランクがひとつあがる、冒険者の中では『花紙』って言われてるレアなやつですよ」


 依頼のランク付けは、基本依頼主の出す報酬金と危険度によって決定される。

 各ランクで報酬金の限度額は決まっているのだが、今回のように依頼内容はシーランクでも報酬金が限度額を超える場合は花紙として扱われる場合があるのだ。


 今回の場合はビーランクの依頼が大量にあるため、わざと弾かれた可能性がある。滅多にない事なのだが、エルクにとって棚から牡丹餅だ。


「私もその依頼お手伝いしますね。一緒に頑張りましょう!」

「うぅ……ありがとう……。ハル様、仏様……」


 ハルに感謝を伝えていると、エルクは後ろから肩を叩かれた。


「ねーお兄さん。その依頼、まだ空いてるかな?」


 エルクは後ろを振り向く。

 そこにいたのは金髪の女の子と、漆黒の装甲を身に付けた機械兵だった。

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