辿異解放②
その姿は一言で言ってしまえば人間の姿ではない。エルクの面影は残しつつも、人を模った異質の何か。
雪のように真っ白に染め上がった髪は、静電気を浴びたかのように後ろに逆立ち、透明感のある緑色の瞳からは強い意志のようなものを感じる。
さらに、肌の色も白くなっている。まるで雪の中に紛れ込んでいる一匹の白狐のようだ。
「感想は?」
ルフランの問いに、エルクは自分の手を握っては開いてを繰り返した。
恐れなど無い。寧ろ表情はスッキリとしている。
「感想って聞かれると答えにくいけど……、今なら何でも出来そうな気がする」
つまらない感想だが、それが一番しっくりくる。エルクは自分の拳を力強く握った。
「それがエルクの使う光の正体。世界を救った勇者カインも使った『
「え⁉ あの勇者カインもこの力を⁉」
辿異解放。辿り着いた異質な力。黒髪の勇者カインもその力を使い魔王と戦った。
「スゲー! じゃあ俺って勇者カインと同じ力を持っているって事⁉」
以前までは自分に秘められた力は、ただの火事場の馬鹿力程度にしか思っていなかったため、真実を知った今喜びは大きい。興奮を抑えきれないのか身体も震えている。
俺はもう落ちこぼれなんかじゃない。と、トラウマを払拭した自分の新たな力に歓喜を得る。
「でも先生、俺の読んだ本にはこんな力書いてなかった。何で勇者カインが使っていたって分かるの?」
「……私は過去に勇者カインと会った事があってね。その時に、その力の正体を教えて貰ったのさ」
一般に販売されている勇者カインの物語にはここまで詳しい内容は書いていない。
だが、裏を返せばわざとそのような内容になっているとも言える。
このような異質の力を伝えるべきではない。次の勇者が現れる時に、この力が弊害となってしまうのではないか。
次世代に繋げるうえで特別な才能なんてものは邪魔だったのかもしれない。
人が夢を持つうえで肝心なのは「届く」か「届かない」である。と、ルフランはカインと話した時の事をエルクに語る。
(エルクはその資格を持っている。私が出来るのは、この子の為に最高の舞台を整えてあげる事だ……)
少し寂しい表情を浮かべながら、エルクに「戻ろう」と声を掛ける。
そろそろ朝食の時間だ。状態を解除したエルクはルフランと共に町の中へ戻って行った。
――――――――――
「実は皆に言わないといけない事が……」
朝食を取りながらそう切り出すのはルフランだ。真剣な眼差しに三人は息を呑む。
「今日の宿泊でお金がほとんど無くなって……。流石に今日は路銀を稼がなくちゃならないよ……」
「遂に
ロジャーの言葉に三人は肩を落とす。
ロジャーはここ数日、集会所でおいしい依頼が入らないかずっと待機していたが、貼り出されている依頼はどれも割に合わないものばかりだった。
しかし、今日は週に一度の依頼の更新日である。初日ならおいしい依頼にもありつけるかもしれない。
「ずっと宿屋に泊まるのはお金が掛かりますからねぇ……」
「集会所の更新時間まであと一時間ってところだな。俺はエーランクの依頼見るから、三人は他頼むわ」
ロジャーをわざわざ集会所で待機させていた理由、それは彼がこの
さらにロジャーはエーランクの中でも『トリプルエー』に属する。エーランクの中でも最上位であり、依頼されるほとんどの依頼を受ける事が可能だ。
逆に冒険者なりたてのエルクはシーランクである。格上のお尋ね者を討伐した事でランクが上がっても良いのだが、ビーランクに上がるには最低でも三回依頼をこなさないといけない。
正直シーランクの依頼はお粗末である。犬の散歩、店の留守番、薬草取りなど子供でも出来そうな依頼しかない。
面倒なのが他人の依頼に同行しても依頼回数にはカウントされない点だ。そのため、エルクはランクを上げるのに自分で最低二回は依頼を受注しないといけない。
「じゃあ私がビーランクの依頼を見ますね」
「え? ハルがビーランク⁉」
ハルも道中路銀を稼ぐ時がたまにあるため冒険者登録は済ませていた。既に何回か依頼はこなしており、ランクはビーランクに上がっている。
報酬が高い討伐依頼なども受注出来るようになるため、ある意味ビーランクが冒険者としてのスタートラインと言える。
「へへっ……、ハルがビーランクかぁ……」
「プッ!」
歳が近い女の子にランクで抜かれていることにショックを受けるエルクに、ルフランの笑いが追い打ちをかける。
「先生、今笑った?」
「……笑ってないが?」
顔を下に隠し身体をピクピクさせながら、ルフランは朝食のパンをちぎって口に放り込む。
「まぁそんな事どうでもいいじゃねーか。どちらにせよ依頼ほぼを受けられないルフランは俺かハルの嬢ちゃんの手伝いな。エルクはさっさとランク上げるために適当に依頼受けとけよ」
「そ、そうですよ! 私もビーランクで大した依頼なければエルクさんの依頼手伝いますから!」
ハルの優しさに感動し涙を流すエルク。
四人は朝食を済ませると、依頼を受けるべく集会所へ向かった。
――――――――――
パトロラの集会所に到着したルフラン達はさっそく
「うげぇ⁉ なんじゃこりゃ⁉」
「ハァ……、考えてる事は皆一緒ということだな」
次々に剝がされていく依頼の紙。これはヤバイ、とロジャーも人だかりに身を投じる。
「ルフラン、お前も入ってくれ! もう報酬金が高ければ何でもいいぞ!」
「えぇ⁉ 私も入るのか⁉」
こんな人だかりには入りたくないが、と思いながらも仕方なくルフランも人だかりに身を投じる。それを見たエルクとハルも続けて入っていく。
「フギュー!」
ギュウギュウ詰めのおしくらまんじゅう。入ったのはいいが全然進まない人だかりにルフランの動けるスペースは存在しない。人と人の壁がルフランを挟み、右へ左へと強制的に誘導される。
(くぅー、だから入りたくなかったのにー!)
冒険者達の僅かな隙間を見つけたルフランは細い身体を生かして、身体を振りながらスルスルと入っていく。
もうすぐ掲示板に手が届く。そんな時、お尻に違和感を感じた。
「ヒャウッ!」
下半身をいやらしい手つきで撫でられる感覚、間違いなく痴漢である。
身動きが中々取れないのをいい事に行われる破廉恥行為。ルフランが人だかりに入りたくない理由でもあった。
後ろを振り向くが皆掲示板に夢中の表情をしている。これでは誰だかわからない。
(えーい! もう何でも良いから一枚取って退散だ!)
ルフランは掲示板の下の方に孤立していた一枚の依頼書を剥がすと、身体を低くしながら何とかその場を脱出する。
人だかりの外には既に依頼書を持ったロジャーが待機していた。
「おっ、どうだった?」
「どうもこうもない! 身体は潰されるわ、お尻は触られるわ、災難だった!」
そりゃあ……災難だったな、とロジャーはルフランに一枚の依頼書を見せる。
「……もうこんな依頼しかなかった」
「ジャイアントドブネズミの討伐、報酬金三万パル……か」
エーランクの中でも比較的楽な方だが、正直受けたくない。
暗い。臭い。汚い。三拍子揃った下水道での仕事の為、余程金欠ではない限り受けたくない依頼だ。
小声で「嫌だなぁ……」と呟くルフラン。ロジャーも「だよな……」と返答する。
お互い依頼内容が気に入らなかったため却下となる。
今度はルフランが剥ぎ取った依頼書を見せると、ロジャーは驚きの顔を見せた。
「――っておい。お前……それ『赤紙』じゃねーか!」
「え? 赤紙?」
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