鉱山に住む働き者④
「サンドゴーレム⁉」
サンドゴーレムと呼ばれた魔物は、両端から三本指の生えた太く長い腕を形成すると、四人向かって大きな腕を振り下ろす。衝撃で腕がボロボロに砕け散るが凄まじい再生能力で一瞬に腕を元通りにした。
「うひょー、こんなバケモノの攻撃食らったらひとたまりもないぞ!」
「固まるのは危険だ! 皆、散らばれ!」
ルフランの指示で個々に散らばり、サンドゴーレムを囲むような陣形を取ると、各々で攻撃を仕掛ける。
「どりゃ――!」
ロジャーの重い一撃がサンドゴーレムの左腕を切り裂くと、重量感のある砂の塊が地面に落ちる。
「オ……オオ……」
「……おいおい、マジかよ」
耳障りな奇声を漏らし、根元から腕を再生させるサンドゴーレム。攻撃対象を変えたのか、ゆっくりとロジャーの方に身体を向ける。
背を向けた事により、「チャンスっ!」とエルクがサンドゴーレムの背後から飛び掛かり、魔物の頭上に重厚感溢れる一撃を入れ、そのまま地面に叩き付けた。
「なんだ……、大した事ないじゃん」
真っ二つにされたサンドゴーレムの右半分が地面に崩れ落ちる。
「オ……オオ……オオ……」
「え?」
再び奇声を漏らしながら、身体半分を再生させる。再度攻撃対象を変え、今度はエルクの方に身体を向ける。
「オオォォ――――!」
腕を鞭のように
そんな攻撃ガードなんてしたらひとたまりもない、とエルクは避ける事だけに専念する。
「動きは速くないから避けるの簡単なんだけど……っな!」
腕を叩き付けた時に出来る隙を見逃さず、肩目掛けて大斧を入れる。が、先程同様に再生されてしまう。
サンドゴーレムも攻撃方法を変え、口いっぱいに空気を溜め始めた。
「なんかヤバそう⁉」
口に溜めた空気を一気に吐き出すサンドゴーレム。砂塵の
「うわぁぁ――!」
「エルクさんっ⁉」
ハルの声は非情にも届かない。エルクは攻撃を避けられないと悟り、片腕で顔を覆い隠す事しか出来ない。
「うう……、ってあれ⁉」
エルクの身体に触れる寸前で止まる砂塵の息吹。それどころか徐々に凍りついていくのがわかる。
「先生っ⁉」
砂塵の息吹を凍らせたのはルフランの水の朱魔法だ。根元付近まで凍った息吹は地面に落ち、粉々に砕け散った。
「油断するな、バカタレ! 物理が効かないのであればどうするか、お前は学んでるはずだぞ!」
「あっ……」
エルクは卒検を思い出す。物理が効かない魔物は、基本的に魔法が有効なのだ。「よし!」とエルクはサンドゴーレムに向かって朱魔法を唱える。
「『
ピュー。と、エルクの手から水が飛び出る。草花の水撒きに適した、水圧の掛かっていない優しい水だ。
相変わらずの情けない魔法に、ルフランは冷ややかな視線をエルクに送る。
「ダーハッハッハ! なんだその魔法、オシッコじゃねーか!」
「ち、ちがっ! 練習してないんだからしょうがないだろ!」
ただの練習不足なんだ、とハルにも視線を送る。が、顔を逸らされ、ピクピクと身体が震える彼女を見てショックを受けた。
「クソ―! ハルまでー⁉」
「全く……。エルクにちょっと期待した私が馬鹿だったよ」
ルフランはそう言うと、サンドゴーレムに向かって杖を向ける。
「『
大海原から放たれる水弾の如く、大量の水しぶきがサンドゴーレムを襲う。苦しみが混じったような奇声を出し、穴だらけになった湿った身体を腕だけで支える。
「あっ! 凄い効いてますね!」
「ヒュー。流石は元教師、エルクとはレベルが違うねぇー」
隙だらけのサンドゴーレムへ一斉に攻撃を仕掛ける。身体が湿っているせいか動きも鈍く、斬られた箇所の再生も追い付かない。
「オオ……」
「よし、再生が追っついてないぜ! このまま畳みかけろ!」
四人の猛攻に嫌ったサンドゴーレムは飛び掛かるルフラン以外の三人を腕で薙ぎ払い、口から砂塵の息吹を吹きかける。ダメージが蓄積しているため命中精度は良くないが、飛び掛かる邪魔者を近づけんとあちこちに攻撃を振りかざす。
「コイツ……⁉ やけになって所構わず攻撃してる⁉」
「あわわ……。こんなに暴れられたら、この部屋が崩れちゃいます!」
暴れる拳が壁を砕き、闇雲に吐く息吹が空間を揺らす。ただ、ここまでサンドゴーレムが暴れるのにも理由があった。
それはルフランである。弱点である水の朱魔法を間髪入れずに放つ魔導士へ、サンドゴーレムは危機感を感じていた。
奇声を上げたサンドゴーレムは狙いをルフランのみに絞り、反撃に転じる。
「野郎……、今度は魔法を使うルフランに狙いを定めたぞ!」
魔法を中断し、サンドゴーレムの攻撃を躱しながらフロアの周りをグルグルと走るルフラン。
(これだけ弱点の水を浴びてまだ動くか。少なくともコイツは私の知っているサンドゴーレムではない)
ルフランはサンドゴーレムと何回も戦闘をした経験があるが、過去これほどまでタフな奴とは出会った事がなかったのだ。
(強個体の生き残りか? それにしてもなんでこんな洞窟にいるんだ?)
そう思いながら攻撃を避けていると、ルフランは突如転んでしまう。足元を見ると切り離されたサンドゴーレムの一部が腕型に変形し、ルフランの片足を掴んでいた。
「グッ!」
「あっ⁉ 先生⁉」
捕まってしまったルフラン。サンドゴーレムは捉えた腕を大きく上げ、力を込める。
「グアア――!」
ドーム状のフロアにルフランの悲鳴が響く。それを聞いたエルクは単独でサンドゴーレムに正面から飛び込む。
「先生を放せよ! 砂野郎!」
近づけさせるか、と砂塵の息吹と薙ぎ払いを繰り返すサンドゴーレム。ロジャーとハルはあまりの猛攻に接近する事も出来ない。
「先生、待ってて! 今助けるから!」
近づく事が出来ないふたりとは違い、動きにキレが増すエルク。その身体から金色の光溢れ始めていたが、同時に変化も起きていた。
鉛色の入った青い瞳は、片方だけ深い透明感がある緑色に変色し、髪の毛も毛先から少しだけ真っ白に変色していた。
(エルク⁉ お前⁉)
握られる痛みよりも、エルクの変化に意識がいくルフラン。
すると、サンドゴーレムの身体が突如爆発を起こす。
「オ……オオ……⁉」
「な、何だ⁉」
ルフランが斜め上を見ると、そこには数十匹のトロッコランナーを引き連れたホップの姿があった。
トロッコランナーは口から火球を吐き出し、サンドゴーレムに遠距離攻撃を仕掛ける。
「ホップ爺さん⁉」
「小僧! もう少しじゃ! 決めてしまえ!」
「エルク! サンドゴーレムの核が露出してるぞ! そいつが本体だ!」
ルフランの助言通り、サンドゴーレムの身体の一部から赤い球体が姿を現す。トロッコランナーの火球が湿った鎧を一気に剥がしたため、最大の弱点が露出したのだ。
「うおお――――!」
大斧から繰り出される一閃が魔物の核を砕く。サンドゴーレムは動きを止め、魔物を模った砂の塊は地面にゆっくりと崩れていった。
拘束から無事解放されたルフランは、肩で息をするエルクの頭を撫でる。
「今回も助けられたな。ありがとう、エルク」
「……先……生。俺の身体……どうなって……」
まるで恐ろしい化物が目の前にいるかのように、大斧を握りながら震えている。どうやら大斧の金属部分が鏡となり、変色した自身の髪や眼を見てしまったようだ。
ルフランは震えたエルクを後ろから優しく抱きしめる。
「大丈夫だ、大丈夫。
ルフランの優しい声と温もりがエルクの震えを止めた。すると、変色していた髪と眼の色は塵のように砕け、いつものエルクの容姿に戻す。
「――あっ⁉」
「な? 大丈夫だろ?」
まるで治るのがわかっていたかのように、振り向くエルクに微笑みで返すルフラン。
上からトロッコランナーに乗ったホップ、後ろからハルとロジャーが声を上げて近づいて来た。
エルクの頭をクシャクシャにして「良くやった! 坊主!」と喜ぶホップ。横からランナちゃんと呼ばれた個体が、笑顔でエルクの顔をベロベロ舐める。
「ぶへぇー! なんだコイツ⁉」
「ハッハッハ! どうやらランナちゃんに気に入られたようじゃな!」
手荒い祝福を受けているエルクを背に、ルフランは粉々に砕け散ったサンドゴーレムの方に歩いて行く。
震える身体を抑えながらサンドゴーレムの亡骸の前に辿り着くと、砕けた赤い核を見下ろしながら不気味な笑みを見せた。
「アハハハハハッ! フフッ、エルク。お前はやっぱり最高だよ」
歓喜の声には程遠い笑い声が微かに漏れる。ルフランは内なる何かを鎮めようと、自分の笑い顔を両手で抑えつけた。
(五、六年は覚悟していたのにこんな早く――。私の目に狂いはなかった! もう少し、モウ少シダ!)
狂気の欲望がルフランを取り巻こうとした時、後ろでエルクの声が聞こえる。
「先生――! 何してんだよ、行くよー!」
ルフランはスッと何もなかったかのように、後ろを振り向く。
「ああ、今行くよ」
手荒い祝福は終わったらしく、エルクが手を振り「早く、早く」と急かしてくる。
「誰だか知らないが、お前をここへ召喚した主には感謝しないとな」
そう言い残すと、ルフランはサンドゴーレムの砕けた赤い核を踏みつぶし、エルク達の元に戻って行った。
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