鉱山に住む働き者②

「うわぁぁ――!」


 緑色のトカゲ科の魔物は倒れているエルクを覗き込む。首を左右にキョロキョロと動かし、エルクを必要以上に観察する。


「な、何だよ⁉」

「…………」


 蛇に睨まれた蛙とはこの事だろう。初めて生で見るトカゲ科の魔物に、エルクは微動だに出来ない。


「ピエェ――!」


 緑色のトカゲ科の魔物は突然エルクに叫び出すと、クルリと反転しその場を立ち去って行った。


「う……、ビックリした……。本当何なんだよ……」

「ふむ、アイツはランナーだな」

 

「ランナー?」


 正式名称はランナーリザード。

 走るのに特化した二足歩行のトカゲ型の魔物で、足場の悪い山岳部など人があまり立ち寄らない所に生息している。臆病な性格のため滅多に人里などは襲わないが、一度縄張りに入ると誰でも敵と認識し、発達した鋭利な爪とブレスで攻撃を仕掛ける。


「しかも、アイツはトロッコランナーだな。大丈夫、害はないぜ」

 

 ロジャーはそうエルクに説明する。

 トロッコランナーとは鉱石などを積んだトロッコを洞窟外に運ぶランナーの事だ。人に懐きやすい種類で、山洞の発掘現場では必需不可欠な魔物である。


「俺、今スゲー威嚇されなかった?」

「お前も大声出すからビックリしたんじゃねーのかな。それに……」


 ロジャーは尻餅を付いているエルクに手を差し伸べる。


「アイツの背中、トロッコを引くための皮ベルトが付いてた。もしかしたら、どっかに人もいるかもしれねーな!」

「なるほど。人がいれば出口までの道を教えて貰えるかもしれん。探す価値はありそうだな」


 ロジャーの言葉に、ルフランがそう反応する。

 闇雲に歩いても体力だけ消耗し、もしも道に迷ってしまったらそれこそ目も当てられない。四人はいるかもしれない人間を探すことにした。


「じゃあ、さっきのトカゲさんを追いましょう! その先に飼い主さんがいるかもしれないです!」


「うおっ! 目が――!」

「眩しッ! ハル、こっち見ないでっ!」


 ハルのアイビームが再び、エルクとロジャーを襲う。


 ――――――――――


 四人は逃げていったトロッコランナーを追うため、山洞の奥に進んで行く。

 この山洞は人工的に作られているとはいえ、数十年放置された廃鉱山。既に魔物の住みかとなっており、スライムやジャイアントバットなどが行く手を阻む。


(ロジャーがいて助かった。やはり前衛がふたりいると後ろは安心出来る)


 ルフランも接近戦は可能だが、本職は魔導士のため出来れば後方でドンパチしていた方が性に合っている。前衛ふたりの上空を飛んでいる魔物を威力を抑えた『諸般の投石ロックショット』で撃ち落とす。


「ルフランさんの魔法、いつもより静かですね」

「本当ならもうちょっと派手にやりたいんだけど、なにせ洞窟だからね」


 打ち漏らした魔法が天井に当たり倒壊でもしたら目も当てられない。そのため、ルフランは倒壊しない程度に威力を抑えているのだ。


「ふぅ、終わったー」


 前衛にいたふたりが敵を片付けて戻って来る。


「なぁ、どっちだと思う?」


 敵を片付けた奥にある道は二手に分かれている。ここまでは一本道だったため、確実にトロッコランナーはどちらかに行っているはずだ。


「ちなみにどっちが正解かわかる魔法ってのはないのか?」

「そんな便利な魔法はない」


 ロジャーの問いかけをバッサリ斬り捨てるルフランの後ろから、ハルが分かれ道に向かって歩いて行く。


「ここは私に任せてください!」


 ハルは眼から放っているライトを地面に向けると、昼白色から紅葉色に光の色を変化させた。地面には複数の水色をした足跡が出現し、その中でもトロッコランナーと思われる痕跡は左の道に続いている。


「おお! スゲー便利!」

「さっきのトカゲさんは左に行ったみたいですね。それともうひとつ新しい足跡が……」


 ハルが放つ紅葉色のライトは新しい痕跡をより濃く映す効果があるようだ。左の道にはトロッコランナーの他に人間の靴に似た足跡が混ざっている。


「足の大きさからして男かな、先生?」

「ああ。それに、この凹凸の跡は甲冑だな」


 人間である事を期待して、四人は左の道に進んで行く。


 ――――――――――


 ある程度進んで行くと通路が段々明るくなり、洞窟の壁に置かれている何かが明るく照らしているのがわかる。

 

 光を照らしている物の正体は松明石。叩き割ると断面から強い光を放つ鉱石の一種だ。


 更に奥へ進んで行くと大部屋のような所に辿り着いた四人。大きな長テーブル、炊き出し用の石窯、簡易的に作られた木のラックには数種類の酒が置かれている。どうやらここは大衆食堂のようだ。


「随分広いね」

「……テーブルにもホコリは溜まってない。やはり人がいるのは間違いないな」


 指先でテーブルに触れ、最近まで使用されているのを確認するルフラン。待ってれば誰か来るかもしれない、と四人はしばらくここで休憩する事にした。


 数分後、食堂の奥から洞窟で会ったトロッコランナーが姿を見せる。


「ピェ?」


 トロッコランナーはゆっくりと四人の方を歩いて来て、椅子に座っているエルクの所で止まった。


「な、何だよ⁉」

「…………」


 トロッコランナーは首を左右にキョロキョロさせながら、エルクの顔を覗き込む。


「ピエェ――!」

「うぅ……!」


 エルクに対して再び吠えるトロッコランナー。今度は立ち去らず、そのまま居座っている。


「もーやだコイツ……」


 怒ってるのか、気に入っているのか。よく分からないトロッコランナーの反応にエルク以外の三人は思わず笑ってしまう。


「コラー! あんまり叫ぶと魔物が寄って来るっていつも言ってるだろうがー!」


 食堂の奥から怒鳴り声が聞こえると共に、甲冑を来たひとりの老人が姿を見せる。


「おん?」


 四人の存在に気付いた老人は、顎髭を触りながら近づいて来る。


「お主達、何処から入って来たんじゃ?」

「ご、ごめん爺さん! ここで待ってれば誰か来るかもって。それでちょっと休憩してたんだ」


 エルクは甲冑を着た老人に事情を説明する。老人も「なるほど」とすんなり理解してくれた。


「通りでランナちゃんが騒がしいと思ったわい」

「ランナちゃん?」


 老人はトロッコランナーの背中を擦りながら、「この子の名前だ」と言った。トロッコランナーはとても懐いており、自分の顔を老人に擦り合わせる。


「申し遅れた。吾輩の名はホップ。ここギオルグ山洞の管理人をしておる」


 四人も自己紹介を済ませると、管理人のホップを含め和気藹々わきあいあいと話を始める。


「お爺さん、このトカゲさんって触っても大丈夫ですか⁉」

「大丈夫じゃよ。ソイツは背中が好きだから擦ってみるといい」


「こう……かな?」


 ハルが背中を擦ると、嬉しそうな表情で顔を擦り合わせてくる。どうやらトロッコランナーはご満悦のようだ。


「ほーん。って事は爺さんもう四十年近く管理人やってるって事か?」

「そうなるの。儂はこう見えて三代目の管理人なんじゃ」


「それは凄い。ではホップさんまでの代でここ数百年管理してるわけですね」


 この山洞は開通して約百年経っている。それまで三代に渡り、一族で管理を続けているという。

 だが違和感もあった。それに気づいたエルクはホップに質問する。


「でもおっちゃん。ここって数十年前廃鉱になったんじゃないの?」

「…………」


 エルクの問いに顔を下げるホップ。そして、ゆっくりと口を開いた。


「坊主の言う通りじゃ。じゃが、儂にはここに残る理由があるんじゃよ」


 ホップは顔を上げると、ハルとじゃれ合っているトロッコランナーに視線を向ける。


「人が海路を選んだ事により、山洞ここの需要はみるみる無くなっていった。国からの援助も徐々に減らされ、今となってはこの有様よ……」

「ひでぇな……」


 ロジャーの言葉に、ホップは首を振る。


「国王様からも直接職務満了の書状を受け取ったよ。じゃが、儂はこの子等トロッコランナーを捨てていけん。他の者からしたら魔物かもしれんが、儂からしたらこの子等は長い時を過ごした家族そのものなんじゃよ」


 結果、ホップは職務満了を断り、山洞に残る事で管理を続けている。収入は発掘した鉱石を売り、何とか賄っているらしい。が、最近は悩みの種が出来てしまったようだ。


「最近西口に大きな魔物が住み着いてしまっての。ある程度の奴なら儂とこの子等でいけるんじゃが、今回住み着いてしまった奴はバケモンでの……。儂等じゃ全く歯が立たないんじゃ……」

「おいおい、マジかよ……」


 ロジャーは腕を組みながら深くため息を付く。


「どーするよ、ルフラン。通れねぇなら一度戻って、他のルート探すか?」

「それもアリだが……、決めるのは私ではない。エルク、お前が決めろ」


 このパーティのリーダーは彼だ、とルフランはエルクに決定権を投げる。エルクは数秒悩んだのち、椅子から立ち上がった。


「進もう。先生、ロジャー。俺達でそのバケモノを倒してやろーぜ!」


 拳を掌に当て、気合を入れるエルクを見て、ルフランはニコリと笑う。


「だそうだ」

「っへ! リーダーがそう言うなら従いますよー!」


 四人は西口の魔物を倒して、先に進む道を選ぶ事にした。

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