第七話 鉱山に住む働き者①

 ルッサネブルクを囲む手入れが行き届いていない森林を無理やり駆け抜け、海沿いをひたすら走った。途中までガネートの追手の声が聞こえていたが、それも無くなり息を切らす四人にようやく安息の時間が訪れる。


「先生、あそこ!」


 エルクの指差す先にちょうど良いサイズの洞穴が。外も暗くなっていたため、四人は洞穴で一晩過ごす事にする。


「なるほど! ロジャーさんは『聖都エルゴエハール』出身の剣士さんだったんですね! 通りですっごく身体が大きいわけです!」

「ふふーん、どうだ驚いたろう。それに、大きいのは身体だけじゃないんだぜ?」

 

 遠回しの下ネタに「やめとけ」とルフランがチクリと刺す。ハルは理解出来ていないのか、頭上でハテナを浮かべていた。


 聖都エルゴエハール。別名『鉄壁の国』と呼ばれ、聖都の周りにはいかなるものの侵入を許さない星型の『レーテル砦』に囲まれた要塞都市である。

 国の財力も世界一と噂される位豊かであり、三栄校のひとつである『クワスロ騎士学校』もここに存在する。


 気高く、忠実で、寛大な精神。エルゴエハールを代表する騎士達はとても評判で、その卵であるクワスロ騎士学校の生徒たちも国内では一目置かれる存在である。

 冒険者の中でもエルゴエハール出身の剣士は人気で、他の戦士達とは違って高額の契約になりやすいとか。


「ただ、その反面偽物も多い。ロジャーの腕は確かだが、エルゴエハール出身かどうかは怪しいな」

「おいおい、信じてねーな⁉ じゃあこれを見てくれよ!」


 そう言ってロジャーはルフランに自分の大剣を見せる。剣身の根本部分には大きな紋章が刻み込まれていた。ルフランは疑いの眼をしながら、優しくその紋章に触れる。


「……本物だな」

「なんだよ、その顔は……。まーだ信じられないって顔してるぞ」


「先生、分かるの?」

「ああ。エルゴエハールの騎士達が持つ聖剣には特殊な紋章が刻まれている。レプリカは何度も見てきたが、この繊細且つ特殊な釉薬ゆうやくを使った紋章を見るのは久しぶりだ」


 彼らはこれを『聖印』と呼ぶ。どのような技術で彫っているのかは不明だが、その効果は所有者を悪しき脅威から守るとされている。


「でも、それならロジャーさんはエルゴエハールの凄い騎士さんって事ですよね? そんな方が何故冒険者を?」


 ハルは率直な疑問をロジャーに投げる。確かに、とルフランとエルクも同時に相づちを打つ。


「あー実は探してる奴がいてな。そうだ、お前達この女を見たことないか?」


 ロジャーは三人に一枚の写真を見せる。赤い髪の綺麗な女性が写った写真だ。

 三人は首を横に振る。そうか……、とロジャーはため息をついた。


「綺麗な方ですね。ロジャーさんの恋人さんとかですか?」

「そんなんじゃねーよ。コイツは俺の妹なのさ」


 髪の色といい、顔のパーツといい、ロジャーに似た所はある。

 ロジャーの妹は結婚を控えていたのだが、当日になって行方をくらませたらしい。それ以降国内で目撃情報は無く、ロジャーは妹を探すため国外に出たというわけだ。


 旅の途中、妹に似た女性が船を渡ったという情報を掴みルッサネブルクへ渡ったのだが、道中のダンジョンで足止めを食らってしまう。そのため、ルッサネブルクで募集をかけていたというわけだ。


「何でわざわざ俺に声かけたの? 他にも強そうなの沢山いたじゃん」

「ルフランも言ったが、エルゴエハール出身の剣士を名乗る偽物が流行してな……。皆、この剣を見るたびに敬遠すんだよなぁ……」


 そこで絶対知らなそうなエルクに声を掛けたそうだ。


「お金もたんまり持ってたし、路銀不足で足止め食らう必要もなさそうだったしな!」

「たんまり……ねぇ……」


 エルクは落ち込んだ表情で顔を下げる。その金は最近盗まれた挙句、ルフランの方もいろいろあり残り三万パルまで減らしていたのだ。


「んー、そんな落ち込むなよ。どうせ引き返せねーし、妹が見つかるまでの間よろしく頼むわ!」


 助けて貰った礼もあるし、エルゴエハールの戦士であれば戦力として申し分ない。ルフランとエルクはロジャーに同行をお願いした。


「後は……」


 エルクはハルに頭を下げる。


「ハル、キミまで巻き込んでごめん! 絶対ギアヘイヴンまで無事に送り届けるよ!」

「そんな、頭を上げてください! 困った時はお互い様ですよ」

 

「先生も良いよね?」

「ああ。ハルのおかげで安全に逃げる事が出来た。どうせ行く当てもない旅だ、お礼はしっかりさせてくれ」


 じゃあ……、とハルも同行する事が決まる。

 目的地はギアヘイヴンだ。


 ルフランは地図を広げた。ルッサネブルクに戻れないとなれば先にある山脈を超え、北西に迂回するルートしかない。かなり遠回りになるが、安全に送り届ける事には適しているルートだ。

 四人は明日からこの先にあるギオルグ山洞へ入る事が決まった。


「……先生、もうひとつ聞いていい?」

「ん、何だ?」


「その首輪の事なんだけど……」


 ルフランは首輪に手を当てる。流石に聞かれると思っていたため、話す準備は出来ている。ルフランは三人に自身が身に付けている大罪の首輪エビルリングについて話した。


「要するに、強い魔法を出そうとすると首が締まり、呼吸が出来なくなるって解釈であってるか?」


 ロジャーがかなり噛み砕いて要約してくれた。ルフランは首を縦に振る。


「ああ、そのイメージで問題ない」

「なんて惨い事を……。それ取れないんですか?」


 悲しい顔をしたハルがルフランに問う。


「残念だが、無理だ。この首輪は咎人とがにんを縛る呪具。私の命が尽きるか、これを作った者の解呪が行われない限り取れないんだ」

「命尽きるまでって……。一生って事じゃん……」


「ネガティブに考えればそうだ。だが、ポジティブに考えれば魔力をセーブ出来るって事になる。強力な魔法ばかり撃つだけが魔導士ではないからな。慣れると悪くない装備だぞ、こいつは」


 首輪をトントンと叩きながら笑って誤魔化す。重たかった空気も最後は和み、三人もそれ以降首輪について聞こうとはしなかった。

 エルクだけ表情が戻らなかったのは気になるが、今はまだ話す時ではない。

 

 と、ルフランは真の理由を胸に仕舞い、焚火の火を消した。


 ――――――――――


「ここだ」


 四人は揃って脚を止める。目の前には木の柱で囲まれた大きな入り口があり、ご丁寧に『ギオルグ山洞 南口』と書かれている。

 入口の周りには雑草が生い茂っており、とてもじゃないが人の出入りが行われている場所には見えない。


「ここ通るのかよ……」


 エルクはボソリと不安を漏らす。


 不安になるのもしょうがない。この山洞はここ数十年誰も立ち入らなくなった廃鉱山なのだ。

 昔は鉱石が沢山発掘され、アステリアのあるニクス地方と、エルゴエハールがあるデューナケ地方を繋ぐ架け橋となっていた。

 

 廃れた理由は、山の中で取れる鉱石が少なくなってしまった事と、人間が輸送ルートを海路に変更した事。

 さらに、一番の理由は人の往来が少なくなった事で魔物が住み着いてしまった事だ。そのため、わざわざ危険を冒してまでこの山洞を通る人はいなくなった。


「何だか本格的な冒険って感じで楽しみですね!」


 ハルは鼻から息を吐き、眼を輝かせながらそう言った。暗く、不気味な所など一番苦手そうな彼女だが、意外にも心を弾ませている。


「意外だな。こういう所は慣れているのか?」

「はい! 私が生まれた所は田舎だったので、洞窟や森の中とか結構慣れてるんですよ。子供の頃はそれぐらいしか遊ぶ所ありませんでしたし」


 話によると、ハルはギアヘイヴンで生まれた訳ではなく、その近くの田舎町で生まれたそうだ。今は仕事の関係上ギアヘイヴンに滞在しているらしい。


「ささ、エルクさん行きましょう!」

「えー、俺が先頭⁉」


 明らかに嫌がっているエルクを、ハルは後ろからグイグイ押す。エルクは助けて欲しそうな表情でルフランとロジャーに視線を送るが、ふたりはわざとらしく視線を擦らす。


「は、薄情者――!」


 エルクの悲痛な叫びだけを残して、四人は山洞の闇の中に消えていった。


 ――――――――――


「こ、こえー……」


 後ろから照らされる明かりを頼りに、エルクを先頭に四人は山洞の奥に進んで行く。廃鉱山って事で、当然洞内設備などの機能は停止しており、明かりを灯す道具を持参しないと先には進めない。


「大丈夫ですよ、エルクさん。私が真後ろで道を照らしますので安心して進んでください!」


 陽気な声でエルクに話しかけるのは、眼がサーチライトのように発光したハルだ。広角に光を放ち、人が眼で見られる範囲を奥までしっかり照らしている。

 どのような造りなのだろう、と興味を持ったロジャーが横から覗き込む。


「しかし、機人レプリエントってスゲーな! どんな構造だよ!」

「ふふーん! ロジャーさん、機人の能力はまだまだこんなもんじゃないですよ!」


 ハルは得意気にそう話すとロジャーの方へ振り向く。あまりの光に「眩しッ!」とロジャーは自分の眼を手で隠した。

 先頭のエルクが叫ぶ。ハルが横を向いてしまったせいで前方を照らす光が無くなったのだ。


「おーい、ハル! 頼むからよそ見しないで前見――……アダッ!」


 何かにぶつかったのか、エルクはその場に尻餅をつく。最後尾にいたルフランがランタンでエルクを照らす。


「おい、大丈夫か? お前もよそ見したら意味ないだろ」

「イテテ……、そんな事言っても目の前に何かが――」


 目の前? とルフランはランタンで前方を照らす。

 そこには緑色で二足歩行のトカゲのような生物が立っていた。

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