忌み子のドルマ③
「先生! 大丈夫⁉」
「…………」
まだ声は出せないが、頷く事で「大丈夫だ」と伝える。
ルフランが周りを確認すると、ガネットのゴロツキ達が数十人と地面に倒れているのが確認で出来た。
(あの短時間でこんなに⁉)
ゴロツキといえど、ガネットの半数近くを一人で倒したエルクの潜在能力には毎度驚かされる。残った奴らはエルクの実力にビビッてしまったのか、後退りしながら近づこうともしない。
そんな成長著しいエルクを睨みつけながら、ゆっくりとドルマが近づいて来る。
「このガキ――!」
交戦状態に入るエルクとドルマ。お互いの武器を擦り合わせ、力と力の勝負に発展するが、徐々に実力の差が出始めていた。
力は互角でも動きはまるで別。ドルマの素早い動きに、只々防戦一方になってしまう。
「ホラホラッ! さっきの威勢はどうした⁉」
「ググ……」
無数に飛び掛かる斬撃を弾き、距離を取るエルク。ここぞとばかりに、今日教えて貰ったばかりの『
「なんだそりゃ⁉ 前髪に比べたらただのお遊びだな!」
「ウッ……、コイツ武器だけで――⁉」
付け焼き刃とはいえ、魔法を簡単に弾いてみせたドルマはやはり只者ではない。これはアステリアの魔導士が苦戦するのも頷ける。
「おい、お前等何やってる! さっさとそこの動けねー女をやっちまえ!」
ドルマの一言で、残ったゴロツキ達がルフランに近づく。
「先生⁉」
「おっ――と、お前の相手は俺だろうが」
助けに行こうとしたエルクを回り込んで道を阻む。
「クソ――、そこ退けよ!」
「ハハハッ! ホラッ、早くしねーとやられちまうぞ⁉」
笑いながら妨害するのを楽しむドルマ。ゴロツキ達数十人が周りから徐々に近づき、一斉にルフランへ襲い掛かろうとしている。
(クソ、呼吸さえ整えばこんな奴等……)
「先生――!」
エルクの悲痛な叫びに、フラフラと立ち上がろうとするルフラン。無慈悲にも無数の凶刃が飛び掛かる。
「グアァァ――!」
悲鳴が廃墟に響き渡る――が、血を流したのはゴロツキ達だ。飛び掛かった半数以上が吹き飛び、宙を舞う。
ルフランの前に突如として、大剣を振り回す赤髪の男が現れた。
「女ひとりに何て数だよ、まったく……」
「ロ、ロジャー⁉」
「よっ! また会ったな、少年」
エルクが話していた旅の冒険者ロジャー。偶然にも開発地区周辺におり、騒ぎに気付き駆け付けたのだ。
(この男がエルクの話していた?)
「姉ちゃん、立てるか?」
すまない、と差し伸べられた手を取るルフラン。呼吸も落ち着き、何とか立ち上がる事が出来た。
余計な邪魔が入った事で、ドルマは苦い表情を見せる。
「テメー何者だ? コイツ等の仲間か⁉」
「んーにゃ、ちょっと違うね。そこの少年とは昨日初めて会ったばかりだし、こっちの姉ちゃんは今が初めてかな」
「あぁ? 初対面だぁ⁉ テメーふざけてんのか⁉」
「いや、ふざけてねーよ。ただ、理由はどうであれ、ふたり相手に寄ってたかるのは大人のする事じゃねーよな?」
どうやらロジャーはガネートの事を知らないらしい。他人の面倒事に介入するのにも驚きだが、相手が非常によろしくない。
ルフランは感謝しつつも、ロジャーにこの場からすぐ去るように促す。
「私が逃げ道を作る。その隙に逃げてくれ!」
「んーそれだったら有難いんだけど、……どうやら無理みたいだねぇ」
ドルマの指示で、周りから大量の伏兵が姿を見せる。これでは逃げ道を作ってもすぐ囲まれて、袋叩きにされるのがオチだ。
流石のルフランもこれだけの数を相手にするのは骨が折れる。
「絶体絶命の大ピンチ……、こんな時に現れた俺ってホント恰好良いんじゃね⁉」
「やれやれ……」
ロジャーは敵の大群に囲まれながらも、どこか余裕の表情を見せる。この男の性格なのか、随分と呑気である。
でも、今は猫の手も借りたい。ルフランはロジャーに協力を要請する事にした。
「……半分、任せていいのかな?」
「乗り掛かった舟だしな。良いぜ、半分任された!」
ルフランとロジャーはお互いを背中合わせにし、向かってくるゴロツキ達に反撃を開始する。
――――――――――
一方、邪魔が入った事により、ドルマは苛立ちを隠せない。横目でルフラン達を睨みながら愚痴をこぼす。
「チッ、余計な事を……。これだから冒険者ってのはろくな奴がいねぇ」
「…………」
エルクは武器を構えると、ドルマは不敵な笑みを見せる。
「あの女、お前の先生らしいじゃねーか。何やらかしたんだ?」
「……何の話だよ」
ドルマは自分の首を人差し指で突きながら、ルフランに視線を向ける。
「あれは
「大罪の首輪……?」
エルクはその名前を授業で聞いた事があった。
装着者の力を制限し服従させる、世界で大罪を犯した強者しか付けない呪いの首輪である事を思い出した。
「凶悪犯。……あの首輪、昔からずっと付けてる。先生、昔何をしたんだ……」
小声でブツブツ呟くエルクに、ドルマの凶刃が降りかかる。
「グ…………」
「何もクソもねーよ! あの首輪を付けられた人間は、人としての権限も失われる。俺達と何も変わらねー、人生のはぐれ者なんだよ!」
カタナを振る手に力が入る。先程よりも激しい攻撃に、エルクの身体は後退りを繰り返す。が、眼はしっかりドルマを捉えていた。
「……しょじゃねーよ」
「あぁ?」
「先生は、お前等と一緒じゃねーよ!」
その言葉と同時に、身体から
今までとは別人の動きに変わり、逆にドルマを追い詰めていく。
「コ、コイツ……⁉」
「うぉぉぉぉ――!」
これはマズイと思ったドルマは一旦距離を取ろうとするが、エルクは反撃の手を緩めない。すかさず『
「な、なんだ⁉ さっきまでとは威力もスピードも――⁉」
先ほどまでの余裕はドルマにはもう無い。無数に飛んでくるエルクの魔法に、避けるのが精一杯の状況だ。飛び跳ねて攻撃を躱すドルマに、『
大地から飛び出す突起物はドルマを襲う。その魔法の形は、以前ルフランが見せた鋭い針状の突起物ではなく、対象物を吹き飛ばすように変形した大地の五本指のようにも見えた。
「なめんなっ!」
大地から現れた突起物をカタナで切り裂くと、本来目の前にいたはずのエルクが姿を消していた。
咄嗟にドルマは上空を振り向くと、そこには武器を振りかぶりながら雄叫びを上げるエルクの姿があった。
「うぉぉぉぉ――!」
渾身の一撃がドルマに刺さる……、と思いきや間一髪で防がれてしまう。が、あまりの力に防いだ側のドルマは吹き飛ばされ、廃墟の壁に打ち付けられた。
「ぐふあぁぁ――」
気を失ってしまったのか、ドルマは背中からズルズルと崩れ去る。背中の壁には大きなヒビが入っており、衝撃の強さを物語っていた。
「ハァハァ……。か、勝ったのか?」
エルクの身体から金色の光は消えると、遠くから誰かが叫んでいる声が聞こえる。
「皆さーん! こっち、こっちでーす!」
廃墟の奥にある森の陰から、茶髪の少女が両手を広げて存在をアピールしている。
「ハ、ハル⁉ 何でここに⁉」
「エルクさーん! ルフランさーん! 早くこっちに!」
急いでくれと言わんばかりに、必死に手を振っている。
すると、繁華街の奥からゾロゾロと警備隊が姿を現した。派手に暴れてしまったため、騒ぎに駆けつけたようだ。
ルフランから無言の合図が送られる。三人はハルがいる方向に身体を向け、急いでその場から逃げ出した。
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