忌み子のドルマ②
「……それで、私達に何か用かな?」
「用がねぇなら呼ばねーよ。まぁどちらかと言えば、そっちのガキに用があるんだがな」
銀髪の男はエルクに顔を向けると、仲間のゴロツキから渡された袋を取り、エルクの足元に投げつけた。
「あっ……」
「見覚え、あるよな?」
血がベットリ付いた袋。エルクが集会所で受け取った金の入った袋と同じ柄であり、更に受取人の名前「エルク スタイナー」の文字が書かれていた。
「……俺が盗まれた袋だ」
エルクは瞬時にその血が誰のものか理解する。そして、何故袋に血が付いているのか、その理由も何となく察してしまった顔だ。
騙された側なのにも関わらず、歯を食いしばり悲しみの表情を作るエルクに、銀髪の男は困った表情を見せた。
「おいおい、悲しいのはこっちだっての。中身が本来聞いていた額よりかなり少ねぇじゃねーか」
勝手に盗んでおいて、と思うがコイツ等のやり方はこんなもんだ。
正直反吐が出るし、何なら唾でも吐きかけてやりたいぐらいだが、今はこの状況を何とかしなければならない。何より街中で面倒事になるのは避けたいとルフランは思っている。
それにルッサネブルクはアステリアの統治下でもある。ルッサネブルクで起きた問題はアステリアで処理されるため、被害者側であってもはぐれであるルフランには非常に都合が悪い。
「俺が言いてぇのは、残りは何処にあるかって話よ。今持ってるならここに全部置いてきな、そしたら見逃してやるよ」
「本当か?」
ルフランは荷物の中から同じ柄の袋を取り出した。ずっしりと重みがあり、見た目もパンパンに膨らんでいる袋を足元に置く。
「おっ? 物分かり良いねーちゃんで助かるぜ」
銀髪の男は素直に言うことを利いたルフランをニヤリと笑う。と同時に、逆にエルクは冷汗を掻いた。
パンパンに膨らんだ袋の中身は石と紙屑である。それを知っているのにも関わらず、ルフランは袋を置いたのだ。
流石にヤバイよ、と視線を送るエルクだが、ルフランは唇に人差し指を当て「いいから」と小声で返すだけだった。
「路銀が無くなるのは痛いがしょうがない。これで見逃してくれるんだろ?」
「……ああ、いいぜ。行っちまいな」
ルフランとエルクは真後ろを振り向くと、そのまま逆方向に向かって歩いて行く。が、ゴロツキ達の壁が再度立ちはだかった。
「何の真似だ?」
「行っていいのは前髪のねーちゃんだけだ。ガキ……、お前はケジメつけてもらうために残ってもらうぜ」
「ケジメ?」
「そこのガキは俺たち『ガネット』のテリトリーに入ってまで騒ぎを起こしたんだ。まさか何もなしで帰れると思ってないよな?」
ガネット。開発地区を拠点に活動している暴力団の名だ。あまりにも規模が大きすぎて、都市警備員も見て見ぬふりをするぐらいだと聞いた事がある。
テリトリーに入ったということは、エルクは盗人を追いかけるあまり、自分が開発地区へ入ってしまった事に気付かなかったのだろう。この辺りにいる人間はすべてガネットの仲間みたいなものだ、恐らく見られていたに違いない。
だからあれ程気を付けろと……、ルフランは大きくため息をつく。更に、不運は続く。
「おい! なんじゃこりゃー⁉」
ゴロツキのひとりが置いた袋の中身を確認すると、中から石と紙屑を取り出し、銀髪の男に見せた。当然、男の表情は歪む。
「……おい、前髪。これはなんの真似だ?」
あわよくば騙せると思ったが諦めるしかなさそうだ。ルフランは身体を銀髪の男の方へ向け直す。
「何って、お仲間が持ってた物を返しただけだ」
「……死にてぇらしいな」
銀髪の男は腰にぶら下げている武器を二本同時に抜いた。武器は思ったより長く、それでいて漆黒の輝きを放つ変わった見た目をしている。
(あれは、カタナ⁉ って事はコイツが『
忌み子のドルマ。銀髪に二本のカタナを愛用する、ガネットのリーダーの名。数年前からジワジワと力を付け、アステリアでも依頼が流れてくるほどの凶悪集団を牽引している男だ。
アステリアの上級魔導士や一部の特魔ですら返り討ちに遭い、手が出せない事から付いたあだ名が「忌み子」だとか。
周りのゴロツキ達も武器を抜き、それに答えるようにルフラン達も武器を構える。戦闘は回避出来そうにない。
「エルク、お前は周りの奴を頼むぞ」
「えっ、先生は⁉」
エルクの問いに答える間もなく、ルフランはドルマに向けて風を円盤状にした魔法『
だが、そこにドルマの姿はない。奇襲は見透かされていたらしく、上空からふたつの刃がルフランを襲う。
「グゥ……!」
「へぇ……、やるじゃねーか」
咄嗟に杖で斬撃を防ぐ。上空からの攻撃ということでパワーもあったが、武器が刀だったおかげでルフランの筋力でもギリギリ持ち堪えてみせる。
ルフランは距離を離そうと武器を払い後方に下がるが、獲物を追わんと同時に詰め寄られる。魔導士との戦闘を良く知っている立ち回りだ。
(距離を取らせてくれないか……、しょうがないな)
ルフランは杖に魔力を集中させると、先端から青い光の剣身が姿を現す。先程まで持っていた杖は、一瞬で槍のような武器に姿を変えた。
クルクルと杖を回し近接戦闘の構えを取るルフランに、ドルマは不敵な笑みを見せた。
「へぇー、そんな魔法もあるんだな。初めて見たぜ」
「接近戦は得意じゃないから手加減してくれよ」
お互い譲らない攻防に、響く激しい斬撃音。周りの野次馬が参戦出来ないほど、凄まじい戦闘が繰り広げられる。
少しでも距離が開けば、ルフランは魔法で追撃を仕掛ける。が、素早い動きで全てを避けるドルマ。折角離した距離は、一瞬で詰められてしまう。
(クソッ! もっと魔力の出力を上げる事が出来れば……)
そう考えながら戦闘をしていると、ドルマの攻撃を弾いた時に絶好のチャンスが訪れる。
ドルマは下がったと同時にバランスを崩し片膝を地面につけた。
今がチャンス、と避けられない様にいつもより魔力を込めて、崩れているドルマに魔法を放とうとした。
「グゥ……ガガガ…………」
カランと杖が地面に落ち、同時に両膝から崩れるルフラン。首を押さえ、もがき苦しみながら呻き声を上げた。
首に付けている黒いリング状のアクセサリーが不気味な光を放ち、所有者であるルフランを苦しめる。
(し、しまった! つい欲張って魔力を練り過ぎた!)
早く反撃しなければ……、と喉を押さえながら地面に落ちた杖へ手を伸ばす。が、既に遅かった。
(う……)
カタナの先を顔に突きつけられるルフラン。ゆっくり頭を上げると、ドルマが勝利を確信したかのような笑いで上から見下ろしている。
「……よくわかんねーが、俺様の勝ちだな。ったく手こずらせやがって……」
もう片方の手に握っているカタナが天を仰ぐ。このままでは振り降ろされ、身体を斬られてしまう。
だが、ルフランの身体は動かない。極度の酸欠で力が抜け、呼吸を整えるだけで精一杯であった。
やられる。そう思った時、雄叫びを上げた何かがこちらに向かって走って来た。
「うぉぉぉ――!」
「――!」
重い金属音と共に真横に吹き飛ぶドルマ。倒れはしなかったが、自分を吹き飛ばしたパワーに驚きを隠せないでいる。
(え、エルク⁉)
怒涛の攻撃でドルマを吹き飛ばした正体はエルクだった。軽い息切れを起こしながらも、その眼は真っすぐドルマに向けている。
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