第六話 忌み子のドルマ①

「ただいまー、先生いる?」

 

 エルクが宿舎内のとある個室の扉を開けた。ルフランは女性のため、あえて部屋をふたつ取り宿泊している。

 また、夕食は個々の部屋で食べる事になっているが、今回はルフランの部屋にまとめて持って来て貰うよう手配していた。


「おい、ノック位しろ。私が着換えをしてたらどうする」

「アハハ……、ごめん」

「ったく……」


 ルフランは足を組みながら読んでいた本を閉じる。ついでに、デリカシーの無い教え子にひとつ注意を与えておく。

 

 これも今までの習慣が影響している。アステリアに住んでいたエルクの宿舎は、ほとんど男性しかいなかった。

 絡む人も限定されていたため、このような経験が乏しい。その辺りも教えないといけないな、とルフランは思っていた。


「まぁ説教はこれ位にして、夕飯にしよう。ついさっき持って来たばかりだから温かいぞ」

「うん!」


 部屋のテーブルには夕飯が綺麗に並べられていた。湯気もスープから出ており、作りたてなのが伺える。

 ふたりは向かい合いながら、夕飯を口にする。


「ところで、初めてのルッサネブルクはどうだった? あの後、交易地区に行ったんだろ?」

「すげー楽しかった……って言いたいけど、色々あってさぁ……。観光どころじゃなかったよ、ハハ……」


 エルクはひとりになってからの行動と出来事をルフランに説明した。


「アハハハ! エルク、それは残念というか災難だったな!」

「相変わらずの他人事だなぁ……」


「まっ話しかけられるとは思っていたよ。集会所にいる連中は基本強い奴か、金持ちにしか興味が無いからな」

「えぇ……、それなら言ってくれれば良かったのに」


 細い目で納得いかない表情をルフランに送る。


「何を言っている。私は昔から習うより慣れろ派だ。そんな事、お前がよく分かっているだろう」

「そうだけど、これで予備校講師やってたんだもんなぁ。みんなにも教えてやりたかったよ……」


 ほっとけ、と一言に付け加え、ちぎったパンを口に運ぶ。


「あっそうだ。話の続きではないが、明日から早朝授業をするぞ。場所は裏庭な」

「えー、早朝⁉ 俺朝弱いんだよなぁ……」


「朝は良いぞ。短時間でもその時間帯が一番効率良いんだ」


 人は起きてから約二、三時間が一番集中出来ると言われている。ルフランも趣味の読書を、その時間に割り当ててるぐらいだ。

 楽しそうに蘊蓄うんちくを語るルフランとは対称に、エルクの表情は非常に気怠そうだ。


「先生、せめて明後日からにしない? 今日は追っかけっこもして、身体クタクタだし、明日そんなに早く起きられないよ」


 エルクは知っている。ルフランの言う早朝とは、めちゃくちゃ早い。

 早寝早起きが良いライフスタイルと言われるが、その化身がルフランだと言っても過言ではない。余程の事が無い限り、いつも日が出る前には起きているのだ。


「追っかけっこ?」


 ルフランの問いに、エルクは今日お金が入った袋を盗られた事を説明した。


「でも大丈夫、すぐ取り返したから」


 ふむ、とルフランは立ち上がり、エルクのお金が入った袋を掴んで持ち上げる。

 ジャリ……、とした何かが擦れる音を確認すると、中身も見ず袋を降ろした。


 ルフランはゆっくりとエルクに近づき、黒いローブの中から本を取り出すと、彼の頭に叩き付けた。


「イデー! 先生、何するんだよ⁉」

「バカタレ。中身を見てみろ」


 エルクはお金の入った袋を恐る恐る確認する。

 すると中に入っていたのは、お金……ではなく石と紙屑がビッシリ詰められていた。


 表情が青ざめる。エルクは盗人にしてやられたのだ。

 予め同じ袋をどこかで購入し、適当な物を入れて同じ重さと膨らみに調節したら、逃走ルートの何処かに隠して置きすり替える。盗人の常套手段である。


 しかも今回最悪だったのが、支払われたお金に硬貨が多かった事だ。そのせいで、袋は見た目以上に重かったのである。

 たまたま盗人の用意した袋と、中抜きされているエルクの袋は、重さだけ一致してしまい気付かなかったのだろう。まぁ、中身を確認してれば何も問題はなかったのだが……。


「やられたな」

「クッソー! アイツ許さねー!」


 そんな事もあろうかと、ルフランは敢えて多めにお金を中抜きしていた。被害は最小限に防ぐ事が出来たので良かったが、これが旅というものなのだ。

 でも、盗まれた事には変わりない。この後、エルクはルフランに小酷く怒られたのは言うまでもない。


 ――――――――――


 次の日の早朝、宿舎の裏庭。


 ルフランに叩き起こされたエルクは、新しい朱魔法の習得するため授業に励んでいた。大斧を地面に突き刺し、眼を閉じながら片手に魔力を集中させている。


「そのまま……、手で魔力を練り込みながら……」


 エルクの手に赤い炎が集約され、中心で渦巻ながら徐々に膨らんでいく。


「いいぞ! 撃て!」


 ルフランの指示で、エルクは手に集約した赤い炎を目の前に用意された岩へ向かって放つ。炎が命中した岩にはヒビが入り、プスプスと焦げ目を付けていることから、エルクの放った魔法の威力を物語っている。


「よし、今日はここまでだな」

「ダハァ――! やっと終わったー!」


 早朝の訓練がようやく終わった事で、エルクは緑の絨毯じゅうたんに身体を預け、乱れた呼吸を空に向かって整える。


 魔法訓練が苦手という事もあるが、新しい魔法の習得はいつも以上に神経を使うため非常に疲れるのだ。


「初めてにしてはまぁまぁだ。ようやく魔導士らしくなってきたじゃないか」


 エルクに教えていたのは炎の朱魔法『獄炎の大矢フレアボルド』。以前、旅狩りも使った魔法である。

 

 今回教えたのはルフランの改良版だ。魔法というのは面白い物で、使い手のクセや手順よって威力や姿が変わる。

 高威力且つコスパの良い魔法を好むルフランらしい術式であり、今回のようなエルクでもある程度の威力を出す事が出来る。


 だが、これはあくまで我流が入っているため、講師の時は生徒に教える事が出来ない。既に追放されたルフランにとってはどうでも良い話だが。


「やっぱり先生はすげーよ! 俺でもこんな威力が高い魔法使えるようになるんだもん」

「過信するんじゃないぞ。威力は上がった分、射程が基本より短いからな」

 

 身体を起こして「任せてよ」と一言。非常に不安であるが、基本接近戦インファイトのエルクには丁度良いだろう。

 ルフランはローブの中から緑色の宝石が付いた腕輪を取り出し、エルクに差し出した。


「ん? 先生、なにこれ?」

「卒検に合格したエルクへプレゼントだ。危なっかしいお前をこの腕輪が守ってくれる」


 何か納得していない表情のエルクだが、ルフランから腕輪を受け取る。


 魔法石。昨日買った緑色の宝石はそう呼ばれている。色は様々だが、特に緑は魔力の蓄積容量が多く、人気の色として価値も高い。

 ルフランはこの石に、いざとなった時所有者を守るための魔力を貯め込んだ。簡単に言えばお守りである。


「だけど期待はするな。あくまでお守り程度だからな」

「わかってるよ! でもありがとう、先生。俺プレゼントなんてあんまり貰った記憶無いから、すげー嬉しいよ!」


 無邪気で小さな子供のような笑顔だ。予想外の反応に、ルフランは顔を少し赤くする。

 旅をする上での装備品感覚で買え与えたつもりだったのだが、そのような反応をされると余計に恥ずかしい。


 このままでは締まらないと、後ろを向き顔を隠す。「喜んで貰えて良かったよ」と一言小声で呟いた。

 ちなみに魔法石のお値段は十万パル。旅狩りで回収したお金は一瞬ですっ飛んだ。


 そんな和んだ空気だった所にひとりの小太りな男が走ってくる。宿舎の店主だ。


「おーい! こんな所にいたのか、探したんだぞ!」


 ふたりの前で立ち止まり、肩で息をする店主。表情は非常に芳しくない。


「アンタ等、いったい何をしたんだ⁉」

「何をしたって……、何ですか?」

「いいから! 早く正面口に行って対応してくれよ!」


 事情が理解できないふたりは、急いで宿舎の正面口に移動する。


 ――――――――――


「これは⁉」


 宿舎の正面口に急いで向かったふたりが見たのは、入り口を囲むように立つ数十人のゴロツキ達。その周りには騒動に気付いた野次馬達が続々と集まり、危機感を感じた人たちは建物の中に入り中から様子覗いている。


 ゴロツキの中のひとりがふたりを確認すると、「ついて来い」と後ろを振り向き歩き始めた。

 

 別に従う必要はないのだが、無関係の人間が巻き込まれるのは避けたい。それに昨日エルクがお金を盗まれた件、おそらくこれが関係している。と、踏んだルフラン達はゴロツキ達へついて行くことにする。


 案内されたのは開発地区のはずれにある廃墟。このエリアだけは建物が異常に崩壊しており、周りの傷から戦闘がよく行われている場所だと見て取れる。


 ご丁寧に、周りはさっきの倍以上の人数で包囲され逃げ場がない状態になっている。そんな中、奥のブロックに座る男がニヤリと笑う。


 銀髪に色白の肌。年齢は十代後半から二十代前半といった所だろう。赤いジャケットを着て、腰には二本の剣を備えている。

 明らかに周りの連中とは雰囲気が違う事から、この集団のボスであるという事がわかる。


「なんだ、すんなり来たじゃねーか」


 銀髪の男はそう口を開くと、ギラリと光る八重歯が如何にも悪そうな人相を更に引き立てた。

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