姉弟③

 ルフランはというと、職安地区の中でも一番古い武器屋を訪ねていた。

 扉を開けると、来客を知らせるベルの音が店内に響き渡る。

 

 樽の中に無造作に入れられた安物の剣。

 クモの巣が掛かった壁に張り付いている盾の数々。

 一番店内のスペースを食っている鎧やローブを着たマネキン達。


 店内はとても狭く、それでいて少しカビ臭いような、年季の入った独特な匂いが籠っている。

 何もかも懐かしい。店に入った瞬間、昔と変わらない店内に安心感すら覚える。


「いらっしゃい」

 

 そう声を掛けるのは、カウンターにひとり立っている老人の店主。太い白髪の眉毛が眼を隠しており、本当に見えているのかわからない。


 ルフランはようやく脚を動かす。コツコツと静かな店内にブーツの足音が客ひとりいない店内にこだまする。


「お客さん、何かお求めで?」


 店主の前まで移動してきたルフランに、店主が再び声を掛ける。


「お客さん?」


 喋らない客に、店主の言葉は疑問形になってしまう。

 はぁ……、とため息を付くとルフランは口を動かす。


「んー、流石に十年も時が経てば忘れてしまうか。この店はロイド達の行きつけだったんだけど……」

「ん? ロイド?」


 店主の片目がゆっくり姿を見せる。

 驚いたのか、カウンターテーブルを叩き、曲がった上体をピンッと伸ばした。


「お、お前まさか⁉ ル、ルフタ――」

「今はルフランだよ、武器屋のじぃさん」


 口に人差し指を当て、笑顔で何かを言わないようお願いをする。

 察した武器屋の店主は、それ以上は何も言わなかった。


「……そうだったな、ルフランだ。いやぁ懐かしい。七、八年ぶりかぁ、大きくなって……。前髪上げてるから分からなかったよ」

「じぃさんも相変わらずだね。まだお店続けてるとは思わなかった」


「ロイド……、あのバカは元気にやってるかい?」


 ロイドとはアステリアのバーのマスターの名前だ。


「ああ、元気さ。今はバーのマスターをやってる、似合わないだろ?」

「カーカカカ! あの筋肉ダルマがバーを⁉ そりゃあ確かにおもしれー話だ」


 ロイドの現職を聞いた途端大笑いする店主。彼とは昔からの知り合いなのだ。

 ルフランはその後、アステリアでの彼の仕事っぷりを主人にたっぷり話してあげた。


「カカッ、そうかそうか。アイツは元気なんだな、それだけ聞ければ一安心だ!」

「今度顔出すよう言っておくよ……、って私今アステリアに戻れないんだけどね」


 疑問の表情を浮かべる店主に、ルフランは事の経緯を説明した。


「なるほどのぉ……、それで追放か。やれやれ、誰のおかげで世界が平和になったのか、忘れてるわけじゃあるまいて」

「フフッ、でもおかげで狭苦しい鳥籠から抜け出せたんだ。ちょっとは感謝してるけどね」


 そうか、と笑顔を見せる店主。手招きし、ルフランを店の奥に誘う。


 奥に入るとテーブルの椅子に座るよう案内されるルフラン。長話になりそうだったので、店主なりの気遣いである。

 店主はルフランに温かいハーブティーを出してあげた。


「もう十年以上前か……。アイツロイドが駆け出しだった頃、よくここの安い武器を漁っていた。いっちょ前の戦士がなまくら片手に募集してるもんだから、ついつい怒鳴ってしまったわい」

「そういえば、ロイドはルッサネブルク出身の元戦士だったね」


 バーのマスターにしては過剰に搭載した筋肉に腕の生傷。これらはすべて過去の職業で付いたものだ。

 傷を見て怖がるお客さんもいるが、人当たりの良さから話せば大体はお客に繋がっている。


 十年以上前、集会所で沢山の人に自分を売ろうと必死に声を掛けるものだから、その時に習得した会話術なのかもしれない。

 外見からは想像できないほど、会話に関しては技巧派の男だ。


「そうしたらアイツ仲間を連れてきおった。黒髪の、そこら辺にいそうなパッとしない男じゃったな」

「パッとしない男ね……。ハハ、確かに初対面で見た時はに見えなかったなぁ」


「後に世界を救った勇者と崇められる男『黒髪のカイン』。ここからふたりの冒険は始まったんじゃよ」


 そう。ロイドは世界を救った伝説の勇者カインの元パーティのひとり。


 これは本人から聞いた話だが、カインからロイドをスカウトしたらしい。何人にも声を掛けて相手にされなかったロイドからすれば嬉しい話だった。


「ロイドの何処に惚れたんだろうね。やっぱり筋肉?」

「集会所でやたら子犬の眼をした戦士がいたからだと言っておったな」

 

「プッ、アハハハ! 子犬⁉ あのロイドが⁉」

「朝早く起きては町周辺の魔物退治。昼から夜にかけて集会所で隊探し。そんなのを一年中やっておったからの……、本人も必死だったんじゃろうて」


 ロイドにもそんなに可愛い時代があったのかと想像するとお腹が痛い。

 一年も集会所で職探しをやっていたとは。そんなの普通な奴ならあきらめそうだが、熱血漢のロイドらしい。と、ルフランは思った。


「ハァハァ、お腹痛い……。でもそんな男も故郷を離れてバーのマスターか。時代の流れって残酷だね」

「ここにいても、いつまでもハエが煩いからの。それにここを離れたのは、お主のためでもあるのじゃからな……」


 ルフランは手元に用意されたハーブティーを手に取り、口を付ける。

 オレンジ色のハーブティーに映るルフランの顔は、先ほどの笑い顔から打って変わって悲しく見える。


「あ、いやすまない。余計な事を……」


 武器屋の店主は余計な事を言ったと、自身の顔を手で覆い隠す。


「大丈夫だよ、事実だ。ロイドには本当にすまないと思っている。だから、今回はその贖罪しょくざいを込めた旅でもあるんだよ」

「旅? お主、今誰かと旅をしておるのか?」


「ああ、元教え子さ。卒業したてのヒヨッコだけど、その子に雇って貰ったんだ」


 おお、と髭を触りながら相槌をする店主。

 アステリアの卒業生が旅をするのは、もはや恒例行事。

 

 そしてここルッサネブルクは皆が最初に寄る都だ。都民からすれば見慣れた光景。それだけにルッサネブルクはアステリアと姉妹都市関係にある。


 そんな話をしていると、外はすっかり夕方になってしまった。

 ルフランは席を立ち、「そろそろ帰るよ」と武器屋のカウンターに向かう。


「じぃさん。これ貰っていい?」


 ルフランが指を指すのは、ガラス張りになっているショーケース内の綺麗な緑色の宝石。隣には宝石を埋め込むための穴の開いた銀の腕輪も置かれており、デザイン的には男性用の装備品に見える。


「誰かの贈り物かい?」

「教え子にね。アイツエルク危なっかしいから」


 店主はショーケースを開錠し、指定された宝石と腕輪を取る。


「これを渡すって事は、本気でその子を守りたいんだな」

「私にすれば、たったひとりの家族……、弟みたいな奴なんだよ」

「……そうか、そりゃ守ってやらんとな!」


 店主はそれらを専用の箱に詰め終わると、ルフランに手渡した。


「ありがとう、じぃさん。ハーブティーご馳走様、また来るよ」


 フルランはそう言うと、後ろを振り向き出口に向かう。


「ルフラン!」


 店主はルフランを引き留める。


「ん?」

「お、お主また戻ってくるんだな⁉ その子とまたここに帰って来るんだな⁉」


 声を荒らげ、ルフランに問う。まるでこれから死地へ向かう人に掛ける言葉のようだ。


「ああ。彼が『本物の勇者』になれた時、また戻ってくるよ」


 ルフランはそう言い残すと、武器屋を後にした。


 店内に鳴り響く、退店を知らせるベルの音。

 武器屋の店主はカウンターでブルブルと震えていた。


「そ、素質があるのか⁉ ゆ、勇者の⁉ ルフラン、お前……」


 あまりの驚きから壁に背を付け、そのままズルズルと崩れてゆく。

 顔からは脂汗が流れ、店主に嫌な未来を予感させた。


 ――――――――――


 同時刻、開発地区のとあるボロ屋敷。

 

 開発途中だったのか、外壁の骨組みは露出し、外壁も至る所がボロボロに崩れている。

 屋根は完成されており、最低限雨は防げる構造になっているが、隙間からは所々日差しが漏れる。


 人が近寄らなさそうな屋敷に、ひとりの男が足を忍ばせる。

 腕には袋を抱え、身体は何処かで転んだのか土汚れが目立つ。


「おーい、俺だ! 聞こえてるか⁉」


 暗闇の中、男は自分の存在をアピールする。

 周りには明かりなど一切存在しない。あるのは隙間から漏れる太陽の光のみ。


「あぁ⁉ うるせーな、聞こえてるよ」


 そう答えるのは男の声を放つ人物。だが姿は暗くてほとんどわからない。

 唯一分かるのは、屋根の零れ日から髪の毛は銀髪であることだけだ。


「んで、盗って来たんだろうな、例の金」

「ああ、これだぜ! すげー単純なガキでよ。土下座したらあっさり見逃してくれたぜ」

「あ? 追い付かれたのかよ、ダセーな」


 銀髪の男は金の入った袋を受け取ると、零れ日を利用して中身を確認した。

 が、舌打ちと共に袋を男に投げつけた。


「オメェ……、確か金額は二十万パルって言ったよな?」

「あ、ああ」

「これの何処が二十万なんだ、四分の一しか入ってねーぞ」


 実はこの男、集会所でエルクが二十万を受け取っているのを目撃していたのだ。

 そのため、今回の窃盗を実行した訳だが、途中ルフランが中抜きしているのは知らない。


 エルクがひとりになったのを良い事に袋を盗んだが、中身まではしっかり確認していなかったのだ。


「おい。って事はオメー、中抜きしたって事か?」


 ギラリと光る眼が対象を睨む。

 ヒィ、と声を上げる男。顔色が一気に悪くなる。


「ち、ちげーよ! 本当に二十万貰ってたんだ! あ、わかった! 女だ! 一緒にいた前髪を上げた女が途中で中抜きしたんだ!」


 男は必死にそう弁解するが遅かった。銀髪の男の指示で、窃盗した男は他の仲間に両腕を押さえつけられた。


「お、おい。やめろよ……、俺達仲間だろ……?」

「ああ……」


 微かに聞こえる刃物が鞘から抜かれた音。金属の重なる音が響くと同時に、目にも留まらぬ一閃が窃盗男を襲った。


「ぎゃあああ――!」


 左右に噴き出す鮮血。悲鳴と同時に、押さえてつられた男の首がガクンッと垂れる。

 腕を押さえていた仲間は手を放すと、窃盗男は血だまりの中に顔をうずめた。


 ブンッと刃物が空を切る。着いた血糊を払った音だ。

 銀髪の男は手に持った刃物を鞘に戻した。


「おい、こいつが行きそうな所漁れ。金隠してるかもしれねーからな」

「了解」

「後、俺たちのテリトリーに入ったよそ者がいるはずだ、そいつを洗え。同行してる前髪上げた女もだ」


 銀髪の男の指示で暗闇の中にいた仲間が一斉に動く。

 その中にはバシャバシャと、血だまりを無造作に踏んで行く者もいた。


 静かになった暗闇で「ハハッ」と聞こえる不気味な笑い。

 ルフランとエルクの元に、金に飢えた猛獣たちが迫ろうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る