第五話 姉弟①

 商業都市 ルッサネブルク、別名「旅立ちの都」。

 海に面している都市であることから、各国からの特産品が集まり貿易拠点としても使われている。

 

 前日は道中で邪魔が入ってしまったため、到着したのは夜になってしまった三人。遅かったこともあり、同じ宿舎へ泊る事にした。

 

 次の日の朝。

 ハルの見送りもかねて、三人は噴水がある中央広場に向かう。流石に街の中心部なだけあり人も多い。

 

「それではエルクさん、ルフランさん。短い間でしたが、本当にありがとうございました!」

「ああ、ハルも元気でな! また会おうぜ!」

「私達も旅路でギアヘイブンには寄る予定だ。その時は、街を案内してくれ」


 是非! と元気な声で答えるハル。

 別れの挨拶を済ませると、彼女は住宅街の方に向かって行く。用事が終わり次第、すぐに帰る予定らしい。


 ハルと別れたふたりは、観光込みで街中を歩く。


「ここがルッサネブルク最大の交易品地区だ。日用品から装備品、他国の品物まで何でも手に入るぞ」

「すげぇ……」


 巨大な船舶が停まる港の隣に構える大きな広場。

 何十、いや何百と露店が列を作り、他国から集まった交易品がズラリと並ぶ。

 アステリアの繁華街ほどの派手さはないが、見たこともない品々に目を奪われる。


「先生、あれは?」


 エルクが指を指したのは、黒塗りの大きな木造の建物。他のお店は開店しているのにも関わらず、この建物だけは「クローズ」の看板が付けられている。


「ああ、そこは『ブラックマーケット』だ。夜になれば開店はするが、エルクが来る所ではないな」

「ふーん、そういうお店ね……」


 エルクはニヤニヤとルフランを見る。


「何を笑っている。残念だが、ここはそんな生温い所ではない。日が当たる所では決して商売ができない、闇の物品が並ぶ店なんだよ」

「げ……、闇の物品……」


 昼間の交易地区は、夜になるともうひとつの顔を見せる。

 

 その象徴がブラックマーケット。

 建物の中は、通常では手に入らない品々が高額で取引される闇市と化す。

 超レア物から盗品、そして人身売買なども行われているという噂だ。


「ここは居住地区だ。広場の露店は夕方前に全て閉まるから、それ以降はここの売店へ来る事になる」

「ここはアステリアとあんまり変わらないね」


 次に案内されたのは、繁華街と住宅街が並ぶ広いブロック。

 街並みもアステリアに近く、繁華街の周りを住宅が囲んでいる形になっている。


「ここは開発地区……なんだが……」


 次に案内されたのは、建物が数十件しか建っていない更地が目立つエリア。

 他のエリアは発展しているのにも関わらず、ここだけはやけにスッキリしている。逆にそれが不気味にも見えた。


「随分とまぁ……、壊れてる家もあるし、建設途中の建物もある。ここ何なの?」

「元々はここに高級住宅街を作る予定だったのさ。商業都市は利便性から色んな人達が集まる反面、同時に昨日みたいな無法者も集めてしまう。ここはそいつらがねぐらにしてるんだよ」


 ルフランの言う通り、開発地区の道端には、寝ている人やギャンブルをしている人がチラホラ見られる。

 中にはこちらをジッと睨み、威嚇してくる者まで。近寄ったら何をされるかわからない。

 

 長居は無用と判断し、ふたりはすぐにその場を離れた。


「最後にここが職安地区だ。旅立ちの都と言われる由縁がここってわけだな」

「ここだけ少し田舎っぽい雰囲気あるね」


 職安地区。様々な仕事や人材を求めて、連日多くの人が集まる場所。

 木造の建物が多く並び、ここだけは他の地区と違って自然豊かな雰囲気を味わえる。


 それもその筈。

 ここ職安地区はルッサネブルクの原点。今は商業の都と言われているが、昔は港があるおかげで沢山の冒険者や職人がここへ集結するようになった。

 

 そのためか、ここは昔の名残をあえてそのままにしている。ビンテージ感ある職安地区も、人気な観光名所のひとつ。

 交易品だけではなく、都全体が商品になっている。それが商業の都 ルッサネブルクなのだ。


「冒険初心者はここで自分の隊に欲しい人材を探す。十年前、世界を救った伝説の勇者もここで戦士をスカウトしたって聞いたな」

「え、本当⁉ ってか、先生やたら詳しいね。ここ来た事あるの?」


 元予備校講師だからな、と一言で片付けるルフラン。来たか、来てないかについては答えなかった。

 

 何処に入ろうか迷っているエルクに、一番奥にある大きな建物を指差す。


「総合集会所?」


 エルクはルフランに連れられ、建物の中に入って行く。


 建物の中は沢山の人で溢れていた。

 

 大きな大剣を担いだ大男。獣耳した可愛らしい女の子。角を生やした、身体全身が赤い男。尖がり帽子を被った、胸元が開いたセクシーな女性。

 など、多種多様な種族が混じる屋内。食事にギャンブル、さらには直接隊にスカウトする人。店内は想像以上にゴチャゴチャしていた。


 ルフランは構わず、一直線に受付へ向かう。

 丁度空いているのか、受付の場所には誰もいない。


「いらっしゃいませ! ルッサネブルク総合集会所にようこそ! 本日のご用は何で御座いましょうか?」

「ああ、お尋ね者の報酬金を貰いに来た。受取人はこの子だ」


 受取りに必要な申請書を受け取ったエルクは、その場でルフランに教えてもらいながら必要事項を記入する。

 最後に血印を押し、申請書を受付嬢に渡した。


「……少々、お待ちくださいねー」


 申請書を持って、受付の奥に行ってしまう受付嬢。

 奥の棚には袋に入った何かが、名前別で綺麗に整頓されている。


「お待たせしましたー!」


 受付嬢は中くらいの袋を両手に抱えて持ってきた。

 袋には「エルク スタイナー」と名前が書かれている。


「こちら旅狩りの報酬金二十万パルになります! 金額がよろしければ、ここにサインをお願いしますね」

「に、二十万パル⁉」


 高いか安いかと聞かれると、結構良い金額である。

 一応聖職扱いになっているルフランの予備校講師の年収が約三十万パルだ。その半分以上をたった一日で稼いだことになる。

 

 エルクは驚きながらも、受領書にサインをしようとペンに手を付ける。


 と同時に、自分に複数の視線が向いている事に気付く。

 

「二十万パル⁉」

「旅狩りがやられた⁉」

「あのガキがやったのか⁉」


 など、屋内にいた人々は一斉に、エルクの方に視線を向けている。表情も驚きを隠せていない。

 受領書を書き終わったエルクは、ルフランと共にすぐに集会所を出る。


「き、緊張した……」

「金額を大声で言うからだ、バカタレ」


 集会所を後にしたふたりは、一度中央広場に戻ろうと足を進める。


「金額が凄いってのはわかるけど、あそこまで注目されるとは……」

「決して安い金額ではないからな。集会所内だったからまだ良かったが、外なら間違いなく襲われていたかもな」


「軽く言うなぁ……。集会所はガラが悪いって聞いてたけど、出来れば最初に教えて欲しかったよ」

「これも経験だ。百聞は一見に如かず、日ノ国に伝わる教訓のひとつだそうだ、覚えておけ」


 話しているうちに中央広場へ到着するふたり。

 時間も丁度お昼時になり、広場も大勢の人で賑わってきた。


 ルフランはエルクから金銭が入った袋を受け取ると、予め用意しておいた空の袋にお金を移していく。

 よし、と袋にお金を移し終わると、軽い方をエルクに渡した。


「ん? 先生、お金凄く減ってるような……」

「ああ、ここまでの未払い金の回収だ。初期契約料五万パル、大将討伐報酬十万パルだぞ」


「えー! 流石に暴利すぎる! そこらのチンピラよりタチが悪いじゃん!」

「こらこら、大声で叫ぶな! お前は冒険者としても株が大きく上がったし、五万パルも手に入れた。十分じゃないか」


 そうかなぁ、と納得していない表情を見せるエルク。


「そ、そうだ。一通り回ったし、ここからはエルクの行きたい所へ行こう。流石に気になる所が出来たんじゃないか?」

「んー、そうだね。アステリアも急いで出てきたし、ちょっと買い足したい物あるから、もっと街中見てみたいかも」


 そうだろ、そうだろ。と無理やり話を切るルフラン。


「じゃあ俺交易地区に行ってくるよ!」

「あ、待てエルク! 私も行くぞ。ひとりじゃ迷うかもしれないし……」

「大丈夫だって! 先生もたまにはひとりで羽伸ばしたいだろ。ここからは個人行動にしよう」


 ルフランは心配して呼び止めたのだが、逆に気を使わせてしまった。

 エルクはもう十七歳だ。子供じゃあるまいし、他人のお世話になることもないだろう。


 わかった、と個人行動を了承するルフラン。

 お互い用事が終わり次第、宿屋に直接帰ってくるように約束する。


「あーそれと!」


 ルフランの声に、交易地区に向かおうとしたエルクは足を止める。


「いいか、には絶対行くんじゃないぞ。わかったな?」

「親じゃないんだから……。わかってるよ、先生。じゃあねー」


 そう言うと、エルクは交易地区に向け走って行った。アステリアガーデン以来の大都市だ、いろんな所を回りたくてしょうがないのだろう。

 微笑を浮かべながら、鼻から息を吐く。独り立ちを見守る親鳥になった気分だ。


 少し嬉しいような、寂しいような。

 ルフランはエルクと反対方向に足を動かした。

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