墜ちた魔導士②
「くたばりな!」
先制したのは旅狩りの男。
紅く、燃え滾る無数の火の玉がルフランを襲う。
しかし、それらを
その眼は一点だけ、墜ちた魔導士に向けられている。
「これならどうだ!」
続いて唱えたのは、氷の朱魔法。
鋭く、そして大きい氷の氷柱をルフランの頭上に出現させる。
が、それもすべて頭上に展開した防魔障壁がルフランを守る。
粉々に砕け散った氷の結晶が、まるで季節外れの冬を感じさせるようだ。
ルフランもようやく動きだす。持っていた杖を少しだけ持ち上げ、地面に突き立てた。
旅狩りの足元から巨大な岩が突き立てる。
当たったら空高く吹き飛ばされそうな、そんな勢いのある岩の塊だ。
「よっと」
男は華麗に攻撃を躱す。
それを追撃せんと、ルフランは片足で地面を叩く。
先ほどゴロツキに使った氷の根を張り巡らせ、ウィズの足元を襲う。
「甘ぇんだよ!」
旅狩りを守る炎の壁が現れる。
氷の根は対象へ到着する前に、一瞬で溶かされ、蒸発してしまった。
すると、炎の壁から再び無数の火の玉が出現し、四方八方からルフランを襲う。
再び杖を地面に突き刺すと、ドーム状に展開した岩がルフランを包み、火の玉を弾き返した。
「ちっ」
完璧な奇襲攻撃だったはずが、涼しい顔で完全に防がれてしまった。
男は思わず舌打ちをしてしまう。
「魔法は互角……みたいだな。流石はアステリア出だけのことはありやがる」
「そりゃあどうも」
旅狩りの誉め言葉も、無表情で受け流す。
「魔法の打ち合いじゃ埒が明かねぇ。じゃあどうするか、分かるよな?」
旅狩りは杖の支柱部分を握り、引き抜く動作を行う。
中には剣が仕込まれており、いつでも接近戦が出来るように改造された杖であった。
通常の剣より細く、軽さを重視した刃。
剣身をベロリッと舐め、反射した自分の姿に酔いしれている。
「やっぱ魔導士相手は接近戦で戦うに限るぜ」
杖に擬態していた鞘を捨て、剣先をルフランに向ける。
「仕込み刃……、それがお前のスタイルか?」
「おおよ。魔導士ってのは接近戦が弱点だからな、ビビっただろ?」
それでもルフランの表情は変わらず、旅狩りの顔を凝視する。
「声も出ないってか? 無理もねぇ、そのための仕込み刃だからな」
「いや、闇討ちを得意とする
「減らず口を……」
予想外の反応しか見せないルフランに、面白くないと地面に唾を吐きかける。
「俺は昔からこのスタイルだ。剣や槍、近接武器なんてほとんど扱えるぜ」
「昔から?」
ルフランは男に問う。
「そうさ。俺が入った隊は微妙な粒ぞろいでよ、特に近接戦闘なんて危なっかしくて見てられないレベルだったんだぜ」
旅狩りは笑いながら、過去の仲間達について語る。
「後方支援しつつ、接近戦もこなす。まるで
勇者を除けば、最も名誉と崇められる
アステリアガーデンと他二か国が認めた人物のみ語れる、最高位の名だ。
そんな名を得意げに話す男に、ルフランは初めて表情を変える。
「プッ、お前が賢者? 面白い冗談だ」
人を小馬鹿にした、挑発的な顔。
旅狩りの男は握った剣をルフランに振り下ろす。
「おっと」
ルフランは杖で男の剣を受け止めた。
「何笑ってやがる⁉」
無造作に襲い掛かる刃の嵐。ルフランは杖と最小限の動きのみで、男の振り翳す剣を躱してみせた。
「クッソ……」
肩から息をする男に対し、ルフランは汗ひとつ掻いていない。
その後の男の攻撃はお粗末なものだった。
剣を振る速度も低下し、もう一歩も動くことなくすべてを捌き切る。
「無駄だ。ジョブランク以下の剣技じゃ、私には勝てないよ」
「ジョ、ジョブランク以下だと……⁉」
ジョブランクは卒検を卒業するための最低限のランクである。
それ以下となるとマイナーかビギナーなため、覚えたての生徒が使うレベルと言っているのだ。
「ふざけんな! 俺の剣レベルはそんな低くねぇ!」
頭に血が上ったせいか、再びルフランに刃を降ろす。
が、もはや剣筋は見切られており、杖の先っぽで男の脇腹を突く。
「グゥホォ……」
手から剣が滑り落ち、脇腹を押さえながら、膝から崩れ落ちる旅狩りの男。
さっきまでの威勢は消え失せ、杖で突かれた痛みと、今までにない経験からの脂汗だけが残った。
「その程度の腕で前衛に出るとは……、さぞ隊の人達は迷惑しただろうな」
「っ⁉」
ルフランの一言に、男の自信は粉々に砕け散る。
そもそもルーキーが後方支援を任されるのは、比較的安全なのと、皆基本は魔術師として卒業しているからである。
エルクみたいな脳筋魔導士は結構レアであり、普通なら卒業は出来ない。
この男が言う通り、配属された隊のメンバーの前衛は頼りなかったのかもしれない。その辺は当たり、ハズレがある。
ただ、ジョブランク以下がそのポジションをやるはずもなく、ルーキーを預かる以上、しっかり管理されているはずだ。
恐らくこの男は、そんな仲間からの忠告を無視し、好き勝手に暴れたのだろう。
隊の作戦を無視し、全体に危険が及ぶのであれば、隊から追放されてもおかしくはない。寧ろ、最良の選択とも言える。
「先生、終わったの?」
後ろから声を掛けるのは、エルクとハルだ。
その後ろを確認するを、数人のゴロツキ達が仲良く倒れている。
「ああ、終わったよ」
ルフランがエルクに気を取られている瞬間に、旅狩りの男は三人と距離を取る。
「まだ終わってねぇよ、甘ちゃんが!」
剣を再度握ると、ルフランに向かって魔法を唱えようとする。
脇腹を押さえ、口からは体液が漏れている。それだけ、旅狩りのダメージは深い。
「いや、もう終わりだ」
ルフランは旅狩りの男に杖を向ける。
「エルク、見ておけ。これが外道に墜ちた魔導士の、
男よりも速く、ルフランの魔法が対象を襲う。
紅く、燃え滾る無数の火の玉。旅狩りの男が最初に放った魔法だ。
男は仕方なく防御に専念し、防魔障壁を展開した。
「ああ⁉ 先生の『フレアボルド』が――」
防魔障壁は魔法を通さない。男はニヤリと笑みを浮かべた。
それでもルフランは魔法を止めない。
鉄壁の防魔障壁に、次々と火の魔法を打ち込む。
「お前は自分を賢者みたいと言ったが――」
「ああ?」
魔法を放ちながら、ルフランは男に言葉を投げる。
「賢者とは。強く、賢く、優しく、そして勇ましい。その者に敬意を払った名だ。魔法が使えて、剣も使える奴の名ではない」
放つ魔法に激しさが増す。火の魔法は形を変え、轟音と共に男へ襲い掛かる。
「なぁ⁉」
旅狩りを守っていた青い壁は中央からはヒビが入り、端から徐々に崩れていく。
勢いを増すルフランの魔法に、男の作った防魔障壁が耐えられなくなっていた。
「
ルフランの魔法は防魔障壁を突破する。
悲鳴を上げながら、次々とその身に魔法を浴びる旅狩りの男。あまりの衝撃に数メートル奥へ吹き飛んでしまった。
「ぐ……が……」
衣類が焼け焦げた匂いと音を放ちながら、その場に倒れ込む旅狩り。
眼は完全に飛んでしまっており、顔からも生気が感じられない。
「先生……、やりすぎじゃ……?」
「手加減はしておいた。死んでる訳じゃないから大丈夫だろ」
「ははは、手加減……」
これで手加減なのか、とルフランの魔法を見たふたりは言葉を失う。
三人は旅狩りとその他ゴロツキを一か所に集め、逃げられないようにロープに固定した。
「後は……」
ルフランは荷物の中から銃を取り出した。
「せ、先生⁉」
「ルフランさん⁉ そこまでやらなくても……」
銃を取り出した事に、焦りだすふたり。
無理もない。これからルフランがゴロツキ共を銃で処刑する絵にしか見えないからだ。
「ん? あぁ、これに殺傷能力はないよ」
そう言うと、ルフランは空に向かって引き金を引く。
破裂音と同時に、青い煙が空に浮かび上がった。
暫くすると、ルフラン達の下に一匹の巨大なペリカンが飛んできた。
「うわっ! なんだアイツ⁉」
「大きな鳥さんですねぇ……」
銃の次はペリカン。
再び、ふたりは驚きを隠せない。
「こいつは護送ペリカン。旅路で捕まえた犯罪者共を近くの収容所に送ってくれる賢い鳥だよ」
ルフランはペリカンの身体に付いているポシェットから紙とペンを取り出すと、サラサラと何かを書きだした。
「エルク、この紙にお前の血印を押してくれ」
「俺の?」
エルクは言われるがまま歯で親指を噛み、ルフランの持っている紙に血印を押す。
ルフランはその紙を、ペリカンのポシェットの中に戻した。
すると護送ペリカンは、旅狩りとゴロツキ達を自慢の嘴を使って丸呑みにし、空に飛んで行ってしまった。
「あの鳥さん大丈夫でしょうか? もし中で暴れたりしたら……」
大丈夫、とルフランはハルに声を掛ける。
護送ペリカンの体液は高い催眠作用を持っている。その強さは象すら一瞬で眠らせるほどだ。
「先生。さっきの血印、俺のじゃなくても良かったんじゃないの? 寧ろ先生の手柄じゃ……」
「バカタレ、私ははぐれだぞ。はぐれがはぐれを捕まえても、何もないんだよ」
通常お尋ね者を捕まえると懸賞金を貰えるのだが、はぐれは別だ。捕まえても懸賞金は一銭も出ない。
それならエルクが捕まえた事にすればよい。別に嘘ではないし、彼の評価も上がり、懐も潤う。一石二鳥だ。
「ルフランさんが何故はぐれなのかはわかりませんが、ルフランさんは良いはぐれさんだと思いますよ。少なくとも私は」
「アハハ、良いはぐれねぇ……」
慰めてくれたのか。それとも天然なのか。
ハルの気遣いに頬を人差し指で掻きながら、苦笑いをするルフラン。
三人はルッサネブルクを目指し、再び歩き始める。
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