第四話 墜ちた魔導士①

 ポポット村を抜け、再び畑に囲まれたアレスト黄道に入る三人。

 

 ここからルッサネブルクまではそれなりに距離があり、順当に進めたとしても到着するのは早くて夕方前。

 三人は途中休憩しながら道中を進むが、ルフランは途中から違和感を感じ始めていた。


(誰かにつけられてるな……)


 僅かに感じる人の気配。それもひとりではない、複数人である。

 何となく想像出来るが、ルフランはふたりに小声で話しかける。


「ふたり共、何者かがつけて来ている。油断するなよ」


 そう話すと、辺りを確認しだすエルク。

 そんなにキョロキョロされると気付いた事がバレそうだが、実戦経験が少ないので仕方がない。


 ハルはどうしようか悩んでいるルフランに話しかける。


「あのぉ、私でよければ周囲にどれくらいいるのか調べましょうか?」

「出来るのか⁉」


 いくらルフランといえど、敵の数と正確の居場所自体はわからない。

 ハルは首を縦に振ると、腕を伸ばし、目を閉じた。


 宿屋で見せたものよりは随分と抑えられた演出だが、腕を走る電気経路の光は、ハルの脳内に周囲の情報を与える。


「前方の岩陰にふたり……、両隣にひとりずつ……、後ろには三人……。他にも生体反応はありますが、多分野生動物だと思います」


 位置と数までも正確に調べ上げる。

 エルクは言うまでもないが、ルフランもその能力に驚いた。


「すげぇ! 機人って何でも出来るんだな!」

「何でもじゃないですよ。私はどちらかというとサポート型の機人なので、戦闘より今回みたいな探索系は得意なんです」


 機人には数種類のタイプがいると言われているが、国外に出るのは実戦型がほとんどと言われている。

 その中でサポート型となると、隊の中ではヒーラーに例えるのが分かりやすい。


 ハルは見た目通り、ゴリゴリの戦闘タイプではない。武器だって腰に付けた警棒のような物が一本だけ。

 ルッサネブルクへの用とやらも、機械の修理や荷物のお届け辺りだろう。


「人数が増えても面倒だ。ここで対処するぞ、エルク」


 エルクは頷くと、ハルを挟むようにルフランに背を向け、真後ろに武器を構える。

 自分も何とかしようと、ハルも腰の警棒を引き抜く。


「……そろそろ出てきたらどうだ? 昨日のゴロツキさん」


 ルフランの声に反応し、物陰などに隠れていたゴロツキ達が姿を現す。


 前方にふたり、両隣にひとりずつ、後ろに三人。ハルの分析通りだ。

 その中には、昨日の飯屋にいたゴロツキが数人確認出来る。


「……、良く気づいたな」


 そう口を開くのは、ゴロツキの中でも身なりが一番まともな男。

 緑色のローブに片手にはロッドを握っている。コイツがこの集団のリーダー格と見て間違いないだろう。


「アイツだよ、アイツ! あそこにいる男と真ん中にいる茶髪の女に昨日やられたんだ!」


 昨日のゴロツキのひとりがローブの男に標的を教える。

 男は顎を擦りながら、ゴロツキが指を指すエルクとハルを凝視する。


「ああ? ただのガキじゃねーか。お前等、こんな奴らにやられたのかよ」

「ガキだと思って油断すんなよ。斧を持ってるガキは、ああ見えて魔導士だぜ!」


 なるほどな、と納得した表情をするローブの男だったが、視線はすぐにルフランへ切り替わる。


「俺はこの黒いローブを着た女が一番強そうに思えるんだが」


 ローブの男の視線はより一層鋭くなる。

 逆にルフランはというと、まるで興味がなさそうな表情で、目の前にいるゴロツキとローブの男を見ていた。


「時間が惜しい。夕方までに街には着きたいから、やるなら早くやろう」


 ルフランも背中に担いでいた杖を取り出す。

 背丈がルフランより高く、中央に青い宝石が飾られた綺麗な杖だ。


「威勢だけは良いじゃねーか。いいぜぇ、ドンパチ始めようや」


 ローブの男も杖を構え、それを見たゴロツキ達も武器を抜き戦闘態勢に入る。


「やっちまえー!」


 男の指示でゴロツキ達が一斉に襲い掛かる。が既に戦闘は始まっていた。

 両隣にいたゴロツキ達は、飛び掛かりたくても動くことが出来ない。


「なんだよ、これ⁉ あ、脚が動けねー⁉」

「うわぁぁ――! こ、凍って⁉ 脚が凍ってやがる!」


 冷気の朱魔法が、ふたりの身動きを封じる。

 よく見るとルフランの足元から氷の根が張り巡らされており、それらが男たちの脚を捉え氷漬けにしていた。


「先生、やるー!」

「す、すごい! これがルフランさんの魔法⁉」


 微動だせず一瞬でふたりを戦闘不能にしたルフランへ、ローブの男は口笛を送る。


「ヒュー、やるじゃねーか。その感じだと、お前アステリア出か?」


 男の問いに、ルフランは何も反応しない。続けて男は話し出す。


「って事は、後ろにいるガキの御守か。相変わらず、まだつまんねーやり方やってるんだな。あの国は」


 男はルフランに過去話を始める。


 この男もアステリアガーデン出身の魔導士で、数年前に隊を組み、国を出た。

 卒検時はエー判定をもらったエリートで、隊に与えられたポジションは後方支援。入りたてのルーキーは、まずここから始まる。


 しかし、冒険を進める中で、この男は隊から捨てられたようだ。


 この手の事例は、この男に限った事ではない。

 

 ひとりの功績は、隊の功績。アステリアは基本そう判断する。

 そうなれば未熟のヒヨッコが同等の評価を受けるなど、熟練の隊からしてみれば面白くもなんともない。

 そうやって力無い者は適当な理由で切られ、隊は新たに優秀な血を求めるのだ。


「俺のおかげで達成出来た任務もあった! それなのにアイツ等は……、こんな優秀な俺を捨てやがった。フン、大方出世先を取られるのが怖かったんだろうよ」


 男は笑いながら昔話を終える。

 あんな隊抜けて正解だった。こんなやり方を今でも貫いているアステリアはクソだ。と最後まで否定を続けた。

 

 男の話を聞いて、ルフランは大きくため息を付く。


「はぁ……。それで、懺悔は済んだのか『旅狩り』?」


 旅狩りと呼ばれたローブの男は、自分の通り名が知られている事に驚く。


「何だ、知ってやがったのか」

「知っているさ。若く未熟な隊を奇襲や闇討ちで襲い、金品を強奪する、外道に墜ちた魔導士の汚名だろ」


 アステリアガーデンの聖職に就いている者であれば、何度も確認させられる「お尋ね者リスト」。

 無論、予備校講師のルフランも例外ではない。


 窃盗、詐欺、強姦、殺人。

 お尋ね者になる理由は様々だが、現状で捕まっていない犯罪者がズラリと載っている。


 当然、こいつらもはぐれの仲間入りを果たすのだが、それだけでは終わらず懸賞金も同時に掛けられてしまう。

 旅狩りもそのひとりで、罪歴も長いため懸賞金の金額もそこそこだ。


 これらの犯罪者を取り締まっているのがレブナンドやレインが所属する特魔であり、他の特殊任務と並行して行っている。

 特魔は庭内にいる事が少ないので、庭内は他の聖職者で守ろうということで確認していたのだ。


「俺も有名になったもんだぜ、ククッ」


 何故か凄く嬉しそうな表情をする男。

 自分を捨てた隊、見限った母国。それらの怨みを未熟な隊にぶつけている現状を、とても誇り高く思っているようだ。


「でも、その汚名を聞けるのは今日限りだ。特魔に代わって、お前にはここで落ちてもらうよ」


 ルフランはそう宣言すると、持っていた杖を旅狩りに向ける。

 冷たく、それでいて冷静な。手に持つ青い杖が、ルフランのセリフを強調させる。


「ククッ、面白れぇ。皆が見限った、エリートの魔法ってやつをお前に見せてやんよ!」


 男も杖を構え、戦闘態勢に入る。

 

 魔導士同士の打ち合いが、今始まろうとしていた。

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