機人の少女③

 ハルと名乗った女の子は、自分の髪の毛を耳に掛ける仕草をする。

 朝日を後ろに、ふんわりと優しい笑顔を見せてくれた。


「あなたは?」

「あっ、俺はエルク。隣のアステリアガーデンから来たんだ」


 出身地を聞いた途端、ハルは驚きの表情を見せる。


「アステリアガーデン⁉ 世界で最も大規模な魔法都市、そして勇者が初めて誕生した地であり、別名『始まりの国』と言われてる所ですね」

「良く知ってるね」

「有名ですよ?」


 女の子は首を傾げてみせる。

 エルクはアステリアの外に出た事がない。そのため、自分の国が周りにどう認知されているかなんて知らなかった。


「あーだから魔法を使えたんですね、納得です!」

「ハハハ」


 昨日ゴロツキ相手に撃った魔法を憶えていたようだ。

 魔導士からしてみればちっぽけな魔法だが、使えない人からすれば使えるだけ驚きなのだ。


「あっ! それよりお怪我してないですか⁉ 私エルクさんの顔に乗っちゃって……」

「ん? ああ、大丈夫だよ。凄く柔らかかったし、何より良い匂いだった。息止まりそうだったけど」


 エルクの言葉にハルは赤面する。


「う……う……」

「ん?ん?」


 バチンッ! エルクの頬に大きな手形の跡が。

 ハルは恥ずかしい事を平然と言う少年の頬を引っ叩いた。


「へぐぅぅ――」


 衝撃で再び地面に倒れるエルク。

 やってしまった、とハルは再びエルクに「大丈夫ですか?」と声を掛ける。


「お前達……、朝から何やってるんだ?」


 そう声を掛けるのは、隣の窓から上半身だけ出したルフラン。

 表情はまだ眠そうで、大きなあくびをしながら庭にいたふたりを眺める。


「やけに騒がしいと思ったら……、これはどういう状況?」

「先生⁉」


 先生? とルフランの顔を見るハル。


「あれ? 確かキミは昨日の……」

「イテテ……。先生この子はハル。さっき上から降って来たんだ」

 

 はい? と聞き直すルフラン。まだ夢の中なのかなと瞼を擦る。

 エルクは次にハルの方を向く。


「ハル。この人はルフラン先生。俺と一緒に旅をしてくれてる学校の先生なんだ」

「あっ、初めましてルフランさん。昨日は途中で消えてすみませんでした」


 大丈夫だ、とルフランは気に掛けた。

 窓から飛び出し直接裏庭に入ると、倒れたエルクを見る。


「で、お前はなんでこの子に叩かれたんだ?」

「いや……、それには訳がありまして……」


 エルクはルフランにこれまであった事を説明する。

 途中ハルも説明に参加し、状況を鮮明に把握した。


「エルク。お前、最低だな」

「なんで――⁉」


 軽蔑した眼でエルクを睨む。

 衣服の匂いだよ! と必死に弁解するが、ルフランは難しい表情をしながら口を開く。


「初対面の男に匂いを嗅がれて喜ぶ女はいない」

「そうなんだけどね――!」


 忙しいエルクはほっといて、ルフランはハルに身体を向ける。


「ハル……だったね。突然だけど聞きたい事があるんだけど、良いかな?」

「はい。な、何でしょうか?」

「キミ、機人レプリエントなのか?」


 ハルは驚きの表情を見せる。


「わかるんですか⁉」

「ん? 先生、機人ってなんだっけ?」


 機械都市 ギアヘイヴン。アステリアガーデンの最北端にある、機械産業がとてつもなく発展した都市。

 

 驚くべきはその人口比率。

 都市に在住する純粋な人間の数は一割未満で、ほとんどが機人と機械兵で成り立っているのだ。


 都市の収入源となっているのは、当然この機械類。その中でも一番は、機械兵や兵器の売却益が大きいと言う。

 世界は平和になったというのに、それでも各国は力を持ちたがる。

 皆、十年前の出来事を引きずっているのだろう。


 そして、ギアヘイヴンの象徴ともなっている『機人』。人に機械を組み合わせた、我々からすれば異質な存在である。

 人間の本来出せない力を最大限引き出せる存在らしく、研究者たちは人類の頂点とも呼んでいるらしい。


 見た目に関しては、普通の人間と一切変わらないし、見分けるのはほぼ不可能。

 それを知らずにちょっかいを出したら、返り討ちにあったというのも珍しくない。


「ざっと私の知っているのはこんな所だ」

「いえ、ほとんどその通りです。流石は先生さんなだけありますね!」


 ルフランの知識に脱帽のハル。

 理解できたのか不明だが、エルクは首を傾げながら「な、なるほど……」と頷いている。


「でも先生、何でハルが機人ってわかったの?」

「そうです! 私もそれが気になってました。初見で見破った人は初めてですよ」


 ふたりは興味津々な眼差しでルフランを見る。


「昔、知り合いがいてね。そいつに聞いたのさ。ハルの波動はちょっと特殊なんだよ」

「波動?」


 ふたりは同時にそう答える。

 ルフランはエルクに「お前は授業で習っただろ」とツッコミを入れた。


「身体に流れる血液と同時に流れているもの、それが波動だ。これは魔導士にしか分からないかもしれないな」

「へぇ凄いです! じゃあエルクさんも?」


 ハルの問いに、首を左右に振るエルク。

 それをみたルフランは、クスリと笑う。


「ふふ、ハルそれは無理だ。波動探知ってのはそう簡単じゃない。授業中、居眠りばかりのコイツじゃ一生無理な話だ」

「何か一言多いような……」


 事実だ、と言い張るルフランに、言い返せないしょんぼりとしたエルク。

 そのやり取りが面白かったのか、ハルは笑っている。


「それに、ゴロツキを宙吊りした時からピンときたがな」

「アハハ……。あの時は咄嗟に動いてしまって……」


 見せたくなかった所を見られたせいか、引きつった表情になる。

 そりゃ、他人から見たらただの怪力娘だ。嫌に決まっている。


「なぁなぁ。もっと何か出来る事ないの⁉」

「出来る事ですか?」


 エルクにそう聞かれると、ハルは片腕を伸ばしてみせる。

 すると、腕には電気経路が現れ、光を走らせながら皮膚を硬質化していく。


 変化はそれだけでは終わらない。

 硬質化した腕の肩から、メキメキと音をたてながら片翼のような物を展開する。

 

「すげぇ……」

「おぉ、これは驚いた……」

 

 鳥や天使の翼……には程遠い、小さなソーラーパネルを何枚もつなぎ合わせた、プレート状の翼だ。

 これが異質? いや、ここまで来るともはや芸術である。

 ハルが手を降ろすと、今まで展開していた翼は粉々になり、塵となって消えていった。


「これぐらいのほうがご理解頂けるかと……、どうでしょうか?」

「ああ、いつ見てもギアヘイヴンの技術力には驚かされるよ」


 エルクは目をキラキラさせながら、新しい玩具をもらった時のような無邪気な表情を見せる。


「なぁ、ハル。ミサイルとかビームとか出せないの⁉」

「アハハ、流石にそれは出せないですよ。機械兵ならそういう種類の物が沢山ありますね」


 お前なぁ……、とルフランは頭を抱える。


「ホントに授業聞いてなかったんだな、お前は……」

「ご、ごめんなさい」


 やれやれ、とため息を付くルフラン。


「それで、おふたりは旅をしているんですよね? これからどちらに向かわれるんですか?」

「俺達はルッサネブルクだよ。ねっ、先生」


 ルフランは首を縦に振る。ルッサネブルクでの主の目的は日銭稼ぎだ。

 ここである程度稼いでおかないと、今後の旅路で苦労する事になる。


「え⁉ 私もルッサネブルクに用があるんです。お邪魔じゃなければ一緒に行きませんか?」

「俺は大歓迎だけど、先生も良いよね?」


 ああ、もちろんだ。とルフランは答える。

 ふたりは機人の少女ハルと一緒に、ルッサネブルクを目指す事になった。


 ――――――――――


 場所は変わり、前日のアステリアガーデン内のバー。

 店内のテーブル席は盛り上がっており、客の声で売りであるクラシックの音楽もほとんど聞こえない。


 そんな中、カウンター席でレブナンドとレイン、店のマスターの三人は酒を交わす。


「行っちまったんだな……、アイツ等」


 小さな声で、それでいて少し寂しそうな声でマスターは呟いた。


「マスター、寂しいのかい?」


 少し元気の無いマスターに声をかけるレブナンド。

 

「涙もろいこいつの事よ。今晩は枕を濡らして眠るでしょうね」

「……ほっとけ」


 レインに茶化され、ムスッとするマスター。この男、昔からお別れとかそういうシーンや行事は苦手なのだ。

 それに、今回は特別だった事もある。


「あのふたりとは付き合い長かったからな……」


 手に持ったワイングラスの中身を一気に飲み干すマスター。

 空になったグラスを見ると、レブナンドがワインを注いであげた。


「特にルフランとは……、でしょ?」

「…………」

「でも今はいない方が良いのかも。特に、最近のハイゼル卿を見てるとね」


 ハイゼルの話になると、表情を強張らせるレイン。

 

 ルフラン暴行の件といい、今日の卒検といい、ここ最近のハイゼルの動きには不審な点が多い。

 エレクシアは警戒の意味で、弟子であるふたりには今回の事を話していた。


「それにローレス卿の事も気になるしね」

「ローレス卿?」


 三頂星のひとりである男。

 しかし、最近は病のためかベッドで寝たきりだ。と、レブナンドは話す。


「話では風邪……らしいがね」

「ん? 風邪なら良いじゃねーか」


 話は単純に語れるほど薄くはない。


 ローレスの体調不良はここ最近の話ではなく、約半年前から続いているのだ。

 最初は薬で誤魔化してきたが、今ではやつれてしまい、とても健康な人間には見えないという。


 こちらの件にも力を入れたいのだが、ローレスは心配性の性格であり、身内をガチガチに固めている。

 いくらレブナンドやレインの知り合いがいるにせよ、情報を引き出すのは容易でないのだ。


 特にダミアを含む上層部が、毒殺を理由に情報を閉ざしている。

 これではエレクシアといえど、完全にお手上げなのである。


「……で肝心の皇帝様は何をしているんだよ」

「皇帝も皇帝で動いてはいる。だがこれらは、あくまで我々の憶測での話。慎重にもなるよ」


 皇帝の次に権力を持つ、最大派閥を囲むエレクシア。

 中立な立場を構えるも、底が見えないローレス。

 庭内の規律を操作し、着々と足場を固めているハイゼル。


 お互いを尊重し、意見し、監視する。

 一派独裁を許さない現皇帝のやり方は、アステリアガーデンで高い評価を受けているのだ。


「ローレス卿の話はここまでにしましょう。今は、もうひとつ気になるのがあるからね」


 内政の話はここで終わりにして、本題に入るレイン。


「……ルフラン、あの子どういうつもりなのかしら……」

「レイン、キミも気付いていたのか」


 ふたりの話に置いて行かれ、「何の話だ?」とマスターも話題に入りたがる。


「あの子、エルクに魔法をかけていたわね」

「ああ。しかも簡単に察知されぬよう、高度なプロテクトをかけた洗脳魔法だ」


 魔法だぁ⁉ と驚くマスター。


 特魔のふたりなら分かるレベルなのだが、プロテクト魔法がそれを阻害した。

 違和感だけ残ったが、卒検時にかけたまじない程度だと思い、引き留める程度には至らなかったのだ。


「何でルフランが洗脳魔法なんて使うんだよ⁉ アイツはそんな奴じゃねーぞ!」


 カウンターテーブルを叩き、ふたりに詰め寄るマスター。

 大きな音に驚いたのか、テーブル席に座っていた客たちから雑音が消える。


「ちょ、ちょっと! 大声出さないで! 話は最後まで聞いてよ!」

「す、すまない。つい……」


 興奮したマスターを押さえるレイン。

 だが、怒るのも無理はない。洗脳魔法は魔導士内でも、下の下の卑劣な魔法として扱われているのだ。


「洗脳魔法ってのは、効果を維持する事が非常に難しい。それなのにプロテクト魔法をかけるということは我々に『短時間で良いから悟られないようにする』ためだと思う」

「それに洗脳魔法も強いものじゃないわ。エルクの意識はちゃんとあったし、恐らく『一定の行動を強制する』程度だと思う」


 ふたりの解説に、とりあえずは納得する。下種な事に使ってるわけじゃない事を知って、マスターは安堵した。


「でもそれが本当なら、ルフランはエルクに何をさせたんだ?」


 核心については誰も分からない。

 三人はお酒を交わしながら、それについて朝まで話し込んだ。

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