追放と始まりと②
「うわぁぁ……、緊張してきた……」
そう話すのは、ガチガチな表情をしたエルク。背中には得意な武器である大斧を背負っている。
アステリア魔法学院の地下にある闘技場。広いフィールドの周りには水を張っており、あちらこちらには障害物を想定しているのか、魔法で生成した物質が設置されている。
フィールドに続くゲートは四つ。ここから卒検対象者は入場する事になる。
「バカタレ、何を言っている。この部屋で試験受けるの、これが三回目だろう」
そう冷静にツッコむルフラン。ゲート前まで生徒であるエルクに同行してきたのだ。
「そうは言っても全部不合格だったし。やっぱり緊張もするよ」
「……ふふ、そうだったな」
エルクは過去二回、全て不合格になっている。
その原因は、苦手の属性魔法だ。
試験の内容はこうだ。
ゲートに入ると、他のゲートから三匹の魔物が出現する。これは本物ではなく、魔法で疑似的に作った動くレプリカみたいな物であり、強さも試験用から訓練用と様々に微調整ができるのだ。
簡単な話、その三体の魔物を倒せれば試験は合格だ。倒れせば。
この試験用の魔物には特殊な耐性が設定されており、一体は無耐性、もう一体は魔法に耐性がある。
そして、最後の一体は物理に耐性があり、これが脳筋エルクを不合格にした最大の原因でもあった。
卒検の合否を判定するのは、三頂星の三人。エレクシア、ハイゼル、ローレス卿だ。
各三人が戦闘結果を見て、エーからディの評価を与える。
仮にふたりがエー評価をしても、ひとりがディ評価を出せば不合格確定。三人の出した最低評価が、試験者の最終評価となる。
こんなクソみたいなルールを作ったのは、当然ハイゼルだ。
露骨なディ評価はしないが、気に入らない奴は容赦なくシー評価にする。
こんなやつが試験官のひとりとは、今の学生達が不憫でならない。
「ルフラン先生。もうしばらくで試験が始まります。観戦は観客席でお願いできますか?」
「ああ、わかってるよ。すまないね」
ゲートの門番兵にそう言われると、ルフランはその場から立ち去ろうとする。
「先生!」
「ん?」
エルクがルフランを引き留める。
「俺、絶対合格する。約束するから」
「ああ、楽しみにしてるよ」
そう言うと、ルフランは観客席の方に歩いていった。
数分後、ボディチェックを受けるエルク。いよいよ、始まる。
「開門!」という号令と共に、ゲートが開かれるのだ。
――――――――――
観客席で待機していると、エレクシアのお付きがルフランに近づいて来た。
「ルフラン様、エレクシア様が特別室に来てくれと……」
「?」
ルフランは言われるまま、三頂星がいる特別室に向かった。
「あら、ルフラン。いらっしゃい」
「心遣い感謝します。エレクシア様、ハイゼル様、それに……」
そこにいるはずのローレスの姿は見当たらない。いるのはローレスのお付きで、右腕と言われている男だった。
「私は本日体調の優れないローレス卿の代理で、ダルミと申します」
「そうでしたか」
そうお辞儀をすると、「ちっ」と嫌な舌打ちをするハイゼル。入って来たのが気に入らないのだろう。
「折角だし、一緒にどうかなって。観客席じゃひとりで寂しいでしょ?」
「ははは……」
ハイゼルと同席は正直嫌だが、エレクシアの要望となれば仕方がない。
「お気に入りがこれから無様に散るのだ。特別に上から見下ろす許可はやろう」
「ハイゼル卿!」
おっと、と口を閉じるハイゼル。
聞こえるように言ったのだろうが、正直この口の悪さには慣れているのでどうでも良い。風のささやきみたいなもんだ。
「今回は一味違うと思いますが」
「自信ありげじゃないか。まぁすぐに顔が真っ青になるだろうがな」
「?」
そう話していると、いよいよゲートが解放する。
最初に入って来たのはエルク。
左からはスライム、右からはサーベルタイガー、正面からは鎧を纏った剣士の骸骨だ。
この構成を見た時、ハイゼル以外の三人は顔色を変える。
「ハイゼル様⁉ これはいったいどういう――⁉」
「んん――? あれおかしいな。訓練用が混ざっているではないか。まったく……」
そう呑気に話すハイゼルに、ルフランが血相を変えて迫り寄る。
「すぐに中止を! サーベルタイガーはランクがふたつも……、骸骨騎士は上級魔導士の訓練用に使う魔物ではありませんか!」
「あぁ? 何を言っている。試験はもう始まっている、今更中止に出来るか」
ルフランの必死の声掛けを、笑いながら簡単に受け流すハイゼル。
こうなるとエレクシアも黙ってはいない。
「ハイゼル卿、ルフランの言う通りです。この試験は無効、今すぐ取り消し、魔物を引っ込めなさい」
エレクシアの表情も流石に厳しくなる。が、そんな事お構いなしでエレクシアに反論する。
「エレクシア卿。試験が始まってから、何かしらのアクシデントで中止する場合、『三頂星ふたり以上の同意が必要』なのです。もしや、お忘れですかな?」
「な⁉」
アクシデントが起きているのに同意が必要とか、本当に
「ならダルミ様の許可が貰えれば良いのですね?」
「ん。ああ、貰えればな」
嫌な返事だ。そう思いながらルフランは、ダルミの方に顔を向ける。
「そう言う事です。ダルミ様、よろしいですね?」
ルフランはダルミに中止の許可を求める。しかし……。
「そうですね。このまま続行しましょう」
「はぁ⁉」
もう我慢も限界だ。溢れる怒りをギリギリまで抑えていたが、ダルミの言葉に爆発する。
「ふざけるな! お前、それでもローレス様の側近か! ローレス様は絶対そんなこ――!」
その時、ルフランの首に付いている黒いリングが発光した。
すると、さっきまで鬼の形相だったルフランは、一変して苦しみだす。
「ぐぅぅがぁぁ……、あぐ……」
「ふん、アホが」
両脚から崩れ、口からは少し体液が漏れる。酸欠のような苦しみに、ルフランの顔は真っ青になってしまった。
「あう……、はぁはぁ……」
「ルフラン、しっかり!」
ひと時の苦しみから解放され、息を整える。
ダルミをそれを見て話を続ける。
「今から声を掛ければ、それが隙となって大事故になりかねない。私は続行を希望します」
「だそうだ」
膝をつきながらふたりを睨みつける。
もう自分でやるしかないと、ゆっくり立ち上がり部屋の外に出ようとする。
「ちなみに、部外者が声を掛けた時点で、この試験は不合格だ。そうなれば、奴はもう三回目。卒業検定の資格すら失うが、いいのか?」
「ぐ……」
ルフランはその場で足が止まる。
エルクは「絶対に合格する」と言った。
そこにルフランが割り込めば、彼は不合格となり、今後の卒業資格すら失う。
彼は私を、再び恨むかもしれない。
彼は訓練をやり遂げた、その力を信じたい。
色々な思考が脳内を駆け巡り、ルフランの行動を抑制する。
(エルク……。私はどうしたら良いんだ……)
――――――――――
その頃、闘技場では激しい戦闘が繰り広げられる。
一番弱いスライムは倒したが、二体の魔物に苦戦していた。
「試験内容変わったのかな。こんな奴ら、前はいなかったのに……」
素早く動くサーベルタイガーに、重い一撃を繰り出す骸骨騎士。
タイプが違うデコボココンビに、防戦一方のエルク。
「兎に角、二対一はダメだ。引き剥がさないと!」
エルクはチャンスを待つ。狙いは、すばしっこいサーベルタイガーだ。
すると、攻撃を避けるうちに、サーベルタイガーの攻撃と骸骨騎士の攻撃が被り、お互いぶつかってバランスを崩した。
「今だ!」
エルクの重い一閃がサーベルタイガーを捉える。倒れた身体は砂となって、その場で消えてしまった。
「よし! 後はお前だけだ……っぜ!」
遂に一対一の攻防が始まる。
重量級の武器が重なり合い、重い金属音と激しい火花、砕けた床に障害物、戦闘の激しさを物語るには十分だ。
「こいつ……、本当に試験用かよ」
明らかに今までの相手とは格段に違う。エルクも違和感を感じつつあった。
だが動きはそんなに早くない。エルクは骸骨騎士の足元に魔法を放つ。
「ラッキー!」
体勢を崩した骸骨騎士に、正面から大斧を胸にぶちかます。致命の一撃が入り、戦闘が終わると……思いきや。
「ちっ、お前が物理耐性持ちか」
何事もなかったように、ゆっくり立ち上がる骸骨騎士。斧を受けた場所は、傷ひとつ付いていない。
「それなら――」
エルクは骸骨騎士に向かって魔法を唱える。
が、地面から出たスパイクは無残にも敵の前方で弾かれる。
「こいつ、いつの間に……」
骸骨騎士は既に防魔障壁を展開していた。前方から来る魔法を全て弾いてしまう、高等蒼魔法である。
「ぐ……」
そのあとは形勢逆転。物理が効かないだけでなく、魔法も弾かれる。
次々に襲う斬撃を何とか防ぎながら、反撃の糸口を考える。
「ぐあぁぁ――」
骸骨騎士の振りかぶった一撃が、エルクをガードしたまま吹き飛ばす。
何とか無事だが、足元がフラフラで、限界も近い。
「くそぉ、どうしたら……」
エルクは三頂星がいる観覧席を眺める。そこにルフランがいる事に気付いた。
「先生⁉ なんでそこに?」
色々ツッコミたい所はあるが、ルフランはガラスを叩きながら何かを叫んでいる。
何を言っているか聞こえなかったが、エルクは何を伝えようとしているか理解した。
「先生……、スカートでそんな高い所からだと、見えてるよ!」
そう言うと、エルクは骸骨騎士に向かって基礎魔法のロックショットを放つ。
もう一度観覧席を眺めると、大笑いするハイゼルの姿が。
大方「落ちこぼれめ、初期魔法に頼っているわ」と馬鹿にしているのだろう。
「まぁ、合ってるけどね」
エルクのアーススパイクは制御がまだ不安定なのと、魔力消費が激しいので今は使えない。
そうなると使える属性魔法は、この基礎魔法しか残っていないのだ。
「だけど……、俺の基礎魔法は一味違うぜ!」
気合を入れると、基礎魔法は弧を描き、防魔障壁をすり抜け、骸骨騎士の胸元に直撃する。
「まだまだ――!」
何発、何十発と魔法を放ち続ける。威力は弱いが、確実に効いているのは確かだ。
「やばい……。そろそろ倒れてくれないと、もう魔力が……」
さっきまでの激しい戦闘が効いている。エルクの身体は限界を迎えようとしていた。その時だ。
エルクは思い出す。
ルフランに教えてもらった学校での日常を。
湿地湖で鍛えて貰った日々を。
彼女を傷つけた愚かさを。
彼女が自分の為に泣いた瞬間を。
「もう俺は、先生に嘘を付きたくないんだよ――!」
そう叫ぶエルクに、
光は彼を包み込むと、放つ魔法の威力を増大させた。
観客席でも衝撃が走る。
「馬鹿な⁉ 何であいつが⁉」
驚きを隠せないハイゼルと他二人。
しかし、一番驚いているのはルフランだった。
「あの輝きは……、勇者の光。カイン……⁉」
そう呟くルフラン。
彼女にしてみれば、懐かしく、温かい光だった。
ルフランはもっと近くで見たいと、部屋を飛び出した。
「うおぉぉ――!」
エルクの強烈な魔法に、骸骨騎士の胸の鎧が砕け、弱点と思われる赤い核が姿を現した。
「そこだ――!」
手に持っていた大斧を、ブーメランのように骸骨騎士へ思いっきり投げつける。
弧を描いた斧は、防魔障壁を躱すと、骸骨騎士の赤い核を砕く。
すると骸骨騎士の鎧は粉々になり、砂となって崩れ落ちた。
魔物を全滅させると、闘技場のゲートが開く。
「エルク!」
「先生?」
息を切らし、闘技場内まで走って来たルフラン。
無事に立っている生徒を確認すると、思いっきり抱きついた。
「よくやったな、エルク! 流石は私の教え子だ」
「先生、痛いよ……」
傷ついた身体。震える脚腰。立っているのもやっとだろう。
それでもルフランは離すのをやめない。
「先生との約束だったからな、へへ」
「……ふふ、そうだな。約束を守って、本当に良い子だ」
(本当に……)
その瞬間、エルクの背中でルフランは不気味な笑みを見せる。
(この子なら……)
教え子が試験を突破した。嬉しい。
そんな喜びに満ちた顔ではない。
何かを企むような、ドス黒い、野望に満ちた顔だ。
――――――――――
(この子なら、
――――――――――
「ルフラン! 貴様ぁ――!」
怒鳴り声を上げたハイゼルが闘技場に入って来る。
にやけた顔を戻し、エルクから離れる。
「この試験は無効だ!」
「へぇ、何故ですか?」
「貴様、エルクに湿地湖で魔法訓練をさせたようだな。目撃者がいるぞ」
怒った口調で、そう話すハイゼル。それに対して、ルフランは意外な回答をする。
「ええ、させましたよ」
「先生⁉」
内緒だったじゃん、と焦った顔をするエルク。湿地湖と言えど庭内のため魔法の禁止区域だ。
ルフランは続けて話す。
「ですが、ハイゼル様。今回の試験、人の事を言える立場でしょうか?」
「何ぃ?」
「エルクが倒せたから良かったものの、上級訓練用の魔物を試験にあてるなど、明らかに規律違反では?」
「ぐっ⁉」
エルクはどういう事なのか説明を求める。
ルフランは彼に事情を説明した。
「マジかよ。通りで強いと思った」
「いくら自分のミスとはいえ、中止も拒み、生徒を危険な目にあわせました。これは責任問題です」
「だまれ! だまれ!」
ハイゼルを責め立てるが、血が上った獣に言葉は通じないようだ。
「俺が規律だ! エルクお前は今回不合格――」
「いえ、合格です」
話に割って入ったのはエレクシアだ。後ろには困った顔のダルミもいる。
「エレクシア卿。あなたは黙って――」
「ハイゼル卿。今回の件、見なかった事に致しますので、彼は合格にして貰えませんか?」
エレクシアはルフランとエルクの方を見る。
「今回の件は監督不十分としてルフランに非があります。ですが、彼は関係ないでしょう」
「ぎぎ……」
「それにこれが
交換条件を突き付けられ、苦い表情をするハイゼル。
これでいいかな、と無言でルフランに伝えるエレクシア。ルフランは笑顔で軽くお辞儀をする。
「ククク……、良いだろう。だがシー判定だ。それ以上は譲りませんぞ」
「ありがとう」
少し冷静になったのか、ハイゼルはエレクシアの条件を飲むことにした。
しかし、標的はルフランに向けられる。
「だがなルフラン。お前は庭内の規律を再び破った。よってアステリアガーデン第十五条第三項により、お前を『追放』処分とする!」
ハイゼルの声が闘技場内に響き渡る。
ルフランは今日中に、アステリアガーデンを出て行かなければならなくなったのだ。
――――――――――
「では先輩方、お世話になりました。マスターも」
アステリアガーデンの正門前で話すのは、荷造りを終え、他国に向かうひとりの女性とその仲間達。
急な追放だったため、挨拶を済ませるのにも一苦労だ。
先輩のレブナンドとレイン、酒場のマスターには挨拶出来て良かった。
「もう行くのかい?」
レブナンドの問いに、首を縦に振る。
「何処に行くかは決まってるのかしら?」
「そうですね。とりあえずは商業の都『ルッサネブルク』に向かう予定です。日銭も欲しいですし」
ルッサネブルクは、アステリアガーデンから少し離れた所にある商業都市だ。大体の交易品はここに一度集まってから、他国に流れる。
「エルクと別れは済ませたのか?」
マスターの問いに、ルフランは首を横に振る。
「あの子は
「大丈夫って……、お前」
すると、前から聞きなれた声が聞こえだす。
荷物を抱えた少年。エルクだ。
「はぁはぁ、先生。何で黙って行くんだよ!」
「お前の事だ。どうせ来ると思ったのさ」
なんだよそれ、と顔を膨らませて拗ねてしまう。
「お前こそどうしたんだ。荷物なんかまとめて。
「うん、俺も旅に出ようかなって」
ルフラン以外は驚いて声を上げている。今日試験があったばかりなのにタフな奴だ。
「それで先生にお願いがあるんだけど……」
「ん、なんだ?」
背負った荷物を置き、改めてルフランと向き合うエルク。その眼は真剣そのものだ。
「俺の用心棒兼臨時教師として雇っていいかな?」
エルクはルフランに交渉を求める。
エルクは合格したにせよ、シー判定の下級魔導士だ。仲間は当然いない。
その場合、自分でお金を払い、人を雇うのが通例になる。
「私ははぐれだぞ?」
「いいよ」
「因みに、国も追放されたおまけ付きだ」
「別にいいよ」
ルフランはため息を付く。が表情はとても清々しい。
「良いだろう、三食寝床付き。月収五千パルだ」
「ゲッ、高くない?」
冗談だ。そう言うと、ふたりは挨拶を済ませ、アステリアを後にした。
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