第三話 機人の少女①

 アステリアガーデンを出発して約二時間。

 ルッサネブルクとを結ぶ「アレスト黄道」という道を、ルフランは馬車に乗って移動する。

 

 途中まで歩いていたのだが、腰の悪い小麦農家の老人を助けた事により、アステリアガーデンとルッサネブルクの中間にある村まで乗せてってくれると言う。

 ただし、ルフランだけだ。


「お嬢ちゃん、さっきは助かったよ。腰をヤッた時どうなるかと思ったわい」

 

 馬を引く老人は、荷車の小麦束に寄りかかりながら本を読んでいるルフランへお礼を言う。


「困った時はお互い様です。それに馬車にまで乗せてもらって、ありがとうございます」

 

 道中、歩く体力を温存するにこしたことはない。それが少しの魔力で買えるのであれば安いもんだ。

 

 それに対してエルクはというと、荷物を持ったまま馬車の隣を歩いていた。

 午前中は卒検、午後は何時間も歩いているため、流石に疲れが見えている。


「爺さん、俺も乗せてくれよー!」

「バカモン! 若い男が甘えるな。それに儂を助けてくれたのは、後ろの嬢ちゃんじゃ。お前に助けられた訳じゃないわい」

 

 そんなぁ、と涙を流すエルク。

 後ろに積んである荷物は、全てルフランの魔法により一瞬で積んだ物だ。


「そうだぞ。足腰の訓練になって丁度良いじゃないか」

「ったく、他人事だからって。酷いや、先生……」

 

 本の続きを読みながら、老人の意見に賛成するルフラン。エルクが疲れているのを知っての対応、鬼である。


 だが、これはルフランなりの思いやりである。

 アステリアガーデンの外に出れば、そこは無法の地。領内なら法律も通用するが、あくまでの話。


 旅とは常に、非日常と隣り合わせ。それをエルクには、身体で覚えて欲しいのだ。


「何じゃ嬢ちゃん、アンタこの子の先生しとるんか?」

「元ですよ。今は金で雇われた、用心棒兼臨時教師です」

 

 サラッと自分の役職を説明するルフラン。

 エルクは老人の言葉に反応する。


「爺さん、さっきから先生の事嬢ちゃんって言ってるけど、これでも二十三歳だぜ」

 

 そう言ったエルクに、厚本の鉄槌が落ちる。


「イダァ――!」

「個人情報を勝手に漏らすな、バカタレ」

 

 老人が子供扱いするのにも無理はない。

 ルフランの顔は、童顔よりで幼さが残る顔つきをしている。


「だーははは! いやぁすまんな。嬢ちゃんは儂から見れば子供じゃて!」

「いえいえ。若く見られるのは、女性にとって誉め言葉ですから」

 

 そう楽しく話をしながら、三人は村に続く道を進んで行った。


 ――――――――――


「じゃあな、嬢ちゃんに坊主。助かったよ」

「じゃあな爺さん。腰、労わってやれよ」

 

 村に着くと、小麦農家の老人と別れるふたり。


 ポポット村。アステリアガーデンとルッサネブルクの中間にある、緑に囲まれた農村だ。

 商業都市が隣にあるおかげか、飲食店や宿舎など、旅には欠かせない施設は最低限揃っている。


 ふたりは宿舎で手続きを済ませると、夕飯を食べるために村の中を歩く。


「あそこにするか」

 

 ルフランが指さしたのは、ふたつあるお店の中でも高そうな場所。

 そうと決まれば歩き出すルフランだが、エルクに肩を掴まれる。


「先生、ここ如何にも高そうじゃん! あっちの安そうな所にしようよ」

「ふふん、安心しろ。今日は私が払う」

 

 そう言うと、ルフランはエルクの手を掴み、中に入って行く。


 窓際のテーブルに座ると、ルフランはメニュー表を手に取り、中を開く。


(うっ……、結構高いな。本何冊分だ?)

 

 難しい顔をしていると、エルクが気に掛ける。


「先生、やっぱりあっちの店にしようよ。やっぱりここ高いし……」

「何を言っている。これぐらい少し本を我慢すれば大丈夫だ、問題ない!」

 

 そう威勢を張り、「好きなのを食え」とメニュー表をエルクに渡す。


「どうしたの? 今日は羽振りが良いね」

「……お前の合格祝いだからな」

 

 そう窓の外を向いて話すルフラン。

 普段人に奢るなんてしないため、生徒に奢るといえどちょっぴり恥ずかしい。


「なんだよー、そういう事ね! じゃあ遠慮しないで食べるぜ!」

(少しは遠慮しろ、少しは遠慮しろ、少しは遠慮しろ!)

 

 慈悲を求める念を送りながら、ふたりは料理を注文する。


 料理が到着すると、ふたりは目を丸くする。

 村で取れた新鮮野菜のシチュー、濃厚バターが香るマンボウフィッシュのムニエル、甘辛いタレが食欲を刺激するランチャーボアの丸焼き、など。


「うお⁉」

「すげー!」

 

 見た事もない豪勢な料理に、ふたりのお腹から空腹の音が鳴りだす。


「これ、全部食べていいの⁉」

「あ、ああ。す、好きなだけ食べてくれ……」

 

 体をプルプル震わせ、顔色が良くないルフランは言う。

 エルクはの眼は既に食べ物にいっており、ルフランの表情は見ていない。


 豪華な料理に、遠慮なくがっつくエルク。

 えーい、ままよ。と覚悟を決めたルフランも食事に手を付けた。


 料理を食べながら、エルクは気になった事を聞く。


「そういえば、先生の下の名前って『ハイゼル』なんだね。初めて知ったよ」

「……見えちゃったか」

 

 ルフランは色々事情があって、ハイゼル卿の養子という事になっている。

 エルクは宿舎の名簿に記入する際、ルフランの本名を見てしまったのだ。


「ごめん、先生。何かまずかったかな?」

「いや、良いんだ。どちらにせよ、暫くは意味をなさない名前だよ」

 

 意味をなさないとはどういう事だろう。エルクはルフランに聞いた。


「本来はぐれである私は、国の聖職である教師の仕事に就くことは出来ない。それを特例で免除するための養子だったのさ」

(本当は都合のいい人形にするためだったんだろうが……)

 

 じゃあ、意外と悪くない人なのかもね。とエルクは言う。


 エルクはハイゼル卿がどんな奴なのかを詳しくは知らない。いや、知らない方が良い。

 彼の言動は、エルクにとってプラスには働かないのだから。とルフランはそれ以上言わなかった。


「そんな事より、試験中に使ったあの光。どうやったんだ?」

「あー、あれね……」

 

 ルフランの質問に困った顔をするエルク。うまく言葉が出てこないって事は無意識だったのだろう。

 

 あの時見た金色の光は、間違いなく『勇者の光』。あの場にいた誰もがそれを認識した。


 十年前、世界を救った勇者と呼ばれた者も、金色の光を纏ったという。

 その光は悪魔を苦しめ、邪を払い、闇をも切り裂き、世界に平和をもたらした。

 簡単に言えば、汚れた食器に使う洗剤のような物なのかもしれない。


 だがエルクの光は違う。似てるようで、似つかないもの。

 激励を受けたような高揚感、翼が生えたような爽快感、自分は負けないと悟るような肯定感。

 ドーピングに似たようなもの。本来引き出せない力が溢れ出る、そんな刺激をくれる光だった。


「俺もわからないんだ。心の中で『負けたくない』って思ったら、いつの間にか力が沸いて来て……」

「負けたくない……ね。確かに、今日のエルクは負けられなかったからな」


 今日負ければ、最悪エルクの人生はとんでもない事になっていただろう。

 ハイゼルの陰謀とはいえ、あの状況で合格を掴み取ったのは本当に誇らしい限りだ。


「特に最後は圧巻だった。まさか、基礎練習がそのまま出るとはな。まるで答えを教えたみたいだったよ、アハハ」


 笑いながら、嬉しそうに語るルフラン。

 その言葉を聞いて、エルクはある事思い出した。


「そうだ。先生いくら若いからって、あの場所でその恰好はまずかったよ」

「? 何の話だ?」


 俺だから良かったものの、と言葉を濁す。

 この格好の何が変なんだ、とエルクに問い詰める。


「いや……、だから見えてたんだよ」

「だから、何がだ。ハッキリ言え」

「いや、先生の青いパンツが……」

「――――――⁉」


 無意識にスカートを押さえるルフラン。

 だから言いたくなかったのに、と小声で呟くエルク。が、もう遅かった。

 恐ろしい殺気が、エルクの肌を刺激する。


「エール―クー。お前って奴は場所を選べ!」

「わぁぁ――! ごめんって!」


 また分厚い本の鉄槌が降って来る。そう思ったエルクは、咄嗟に身構えた。

 コツン。頭に当たったのは優しい、柔らかい手だった。

 立ち上がっていたルフランは赤面になりながらも、ゆっくりと席に座る。


「今回は本がないから許してやる。今日見た物は忘れろ、いいな!」

「似合ってると思うよ」

「忘れろ、いいな?」

「はい……」


 恥ずかしさを食欲で誤魔化すルフラン、余計な尻尾を出してしまったエルク。

 ふたりは無言のまま、豪勢な料理を口に運ぶ。


 ――――――――――


 料理を食べ終え、お腹を叩き、非常に満足そうなエルク。

 今日一日の疲れが吹き飛んだような、そんな表情だ。


「いやぁ美味しかったー! 先生、ごちそう様!」

「あ、ああ。喜んでもらえて良かったよ」


 泣きながら食後のコーヒーを啜るルフラン。

 ものの一時間で、本数冊分の食事を胃の中に入れてしまった後悔から来るものだ。


「泣くほど美味しかったの? 良かったじゃん」

「ふん、お前には分からんよ。この悲しみは……」


 そんなやり取りをしていると、外から何やら大声が聞こえる。


「いや、放してください!」

「良いじゃんかよ、ねーちゃん! ほら、俺たちの席に座ってお酌してくれよ。チップも弾むからさぁ!」


 何だ何だ、と外の様子を窓から覗くふたり。

 隣の飲食店の外で、茶髪の女の子とガラの悪そうな男達が揉めている。


 必死に逃げようとする、白いロングスカートが特徴の女の子。

 男達は腕を掴み、無理やり自分たちが座っている席に引きずり込もうとしていた。


「はぁ……、またあいつらか」

「ん?」


 そうため息を付くのは、お店の店員だ。

 困った表情で、ルフランのカップにおわかりのコーヒーを注ぐ。


「またって……。アイツらよくいるの?」

「ここ最近な。飯だけ食ってれば良いものの、あんな感じで酔っぱらっては他人にちょっかい出す、ただのゴロツキさ。アンタらも絡まれんよう気を付けな」


 ふぅん、と相槌を打つエルク。

 テーブルに乗せた腕はからは、ソワソワした落ち着きのない動作が目立つ。


(エルク、助けたいのか?)


 ふむ……、と何か考え事をするルフラン。

 数秒後、ニヤリと不気味に微笑むと、落ち着きのないエルクに声を掛ける。


「エルク、助けに行きたいのか?」

「え?」


 驚いた表情でルフランを見るエルク。


「う、うん。行っていいのかな」

「何で私に聞くんだ?」

「だって、今日は試験中ずっと心配させちゃって、お祝いに飯までごちそうになって、また迷惑かけるんじゃないかなぁって。」


 その繊細の心を是非授業で使って欲しかった、と思いながら、ルフランは答える。


「お前の旅だろう。私はただの雇われ用心棒兼臨時教師だ。好きにしろ」


 そう言うと、エルクは首を縦に振り店を飛び出す。

 が、隣の騒動は大きく状況を変えていた。


「イデデデデッ! この女、放しやがれ!」


 さっきまで女の子の腕を掴んでいた男は、逆に女の子から腕を掴まれ、宙吊りにされている。

 しかも片手でだ。体型を見てもスレンダーで、そんな怪力があるようには見えない。


「あの子……」

 

 ルフランは茶髪の女の子を見るなり、何かを感じ取った。

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