始まりの国のはぐれ者②

 繁華街から少し離れた所にある、赤と青でデザインされた大きな建物。

 魔法で制御された大きな時計が特徴で、その上には大きな銀色の鐘が存在感を示す。

 

 ここはアステリア魔法学院。未来の勇者を育成する、この世界で認められた「三栄校」のひとつだ。

 特にここアステリア魔法学院は、魔法へ特化した勇者育成に力を入れている。

 

 そんな中、学院のとある一室。ルフランは先ほど繁華街で会った男、ハイゼルと同じ部屋にいた。


「あぐっ!」

 

 顔を大きく平手打ちされ、その場に倒れ込んでしまうルフラン。衝撃で切れてしまったのか、口から赤い鮮血が垂れる。

 打った男の眼は血走っており、まるで虫を見るかのようにルフランを睨みつける。


「このっ、アホが!」

 

 倒れた身体に追い打ちとなる強烈な蹴りが襲い掛かる。


「あがっ! お、お許しをハイゼル様……」

 

 痛みを堪えながら、必死にハイゼルに訴える。

 が、そんな声など耳に入って来ないのか、彼は打ち出す蹴りを止めようとしない。


「ああ? 貴様、自分が何をしたのかっ! わかってっ! いるのかっ!」

「うぐぁぁぁぁ!」

 

 お腹に向かって何発も蹴りを入れる。ルフランの眼も段々虚ろになってきており、我慢の限界が近い。

 やっと落ち着いたのか、少し息を切らしながらルフランの髪の毛を掴み、無理やり顔を上げさせる。


 トレント ハイゼル。魔法学院「三頂星」のひとりで、主に庭内の風紀やルール作りを担当している。

 何でも勝手に決められるわけではないが、庭内のほとんどはこの男に決定権があると言っても過言ではない。

 

 気荒い性格で、自分の気に入らない者はどんなに優秀であっても、絶対にシー判定しか与えないクズ野郎。

 そして……、ルフランの上司でもある。


「お前はさっき、繁華街で何をしていた?」

「あ、がぁ。泣いている……女の子……に、治癒魔法……をかけました……」

「スラムのガキとわかっていながら、魔法を使ったのか?」

「…………はい」

 

 小さな返事を聞くと、ハイゼルは思いっきりルフランのお腹を殴る。

 血の混じった唾液が、床に滴り落ちた。


「ふぐぅ――――、おあっ……ハイゼル……様。お許しを……」

「ルフラン、お前は俺との約束を破った。これはその罰だ。わかっているだろう?」

 

 この男にとって、庭内で魔法を使う事などどうでも良い。

 一番許せないのは、自分の部下……玩具が言う事を聞かなかった事なのだ。


「ルフラン。お前は俺のなんだ?」

「…………」

「言ってみろ」

「『人形』です……」

 

 そうだ、と急に笑顔になる。

 お手を覚えた犬を褒めるような無邪気な笑顔。人の自由を奪い、服従の快感に溺れる、狂気じみた笑顔だ。


「いいか、お前は俺の『人形』だ。人形なら人形らしく、俺の指示だけを聞いてればいいんだ」

 

 髪を持つ手に力が入る。

 引っ張られる痛みに耐えながら、眼だけはハイゼルの顔をジッと見ていた。


「なんだ、その反抗的な眼は――――!」

(ヤバイ、これ以上は意識が……)

 

 ハイゼルは腕を振りかぶって、拳を作る。顔を殴るつもりだった。

 しかし、それと同時に部屋の扉が開く。


「ハイゼル卿」

 

 入っていたのは、ハイゼルと同等の豪華な服を着た老婆だ。


「おやおや、これはエレクシア卿。何か御用かな?」

 

 握った拳を下げ、ルフランの髪も同時に手放した。

 その反動でルフランはその場に倒れ込む。


「ハイゼル卿、廊下まで声が響きなさってよ。それに、これは何の騒ぎですか」

「ルフランが庭内で魔法を使ったのです、中級のくせに。それもスラムの人間に使われた。なぁに、ちょっとした指導をしていたのですよ」

 

 ちょっとした指導…………ね。エレクシア卿と呼ばれた老婆は、そう小声で呟いた。

 倒れたルフランの意識は朦朧としており、もはや会話も困難な状況に見てとれる。


「少々やりすぎではないのでしょうか?」

「何を言っておられる? こいつが言う事を聞かんのですよ。ですからちょっと熱が入りましてなぁ、今終わった所ですよ」

「…………」

 

 笑って誤魔化そうとするハイゼルに睨みを利かせる。老婆に頭が上がらないのか、困った顔でそっぽを向いてしまった。

 エレクシアはルフランの側に近寄り、上体を起こすのを手伝う。


「指導が終わったのでしたら、ここからは私に任せてもらいますよ?」

「……どうぞ。好きになさってください」

 

 痛みを堪えて、何とか身体を起こし、老婆の肩を借りながら部屋を出ようとする。

 すると、まだ言い足りないのか、ハイゼルが怒号を浴びせる。


「いい気になるなよ、ルフラン。お前は俺の人形だ、一生な。そして、死ぬまで罪を償わせてやる。この『』の『』が!」

 

 その言葉を聞いたルフランの身体はビクリと大きく反応した。

 廊下を歩いていた生徒が、数人足を止める。声の大きさというよりも、はぐれや神殺しという言葉に反応した様子だ。


「ハイゼル卿、おやめなさい! その言葉は庭内ここでは禁句のはずです」

 

 ちっ、と舌打ちをして、後ろを向くハイゼル。


「さぁ、行きましょうルフラン」

「エレクシア様……」

 

 ルフランは途中意識を失いかけたが、学院生徒の肩を借りて、何とかエレクシアの部屋まで到着した。


 ――――――――――


 外はいつの間にか夜を迎える。最低限の光が校庭を照らし、賑わっていた昼間と違った顔を魅せる。

 その学院内のベッドで治療を受けたルフランは、小さな寝息をたてている。

 頭には包帯、頬には絆創膏と受けたダメージの酷さが露骨になっているのがわかる。


「ん……」

 

 目を開けると目慣れぬ天井。痛む首を曲げると、椅子に座った老婆がこっちに微笑みかける。


「あら、もう起きちゃったの?」

 

 本をパタリッと閉じ、フルランのおでこに手を添える。


「熱も無い。改良中の魔法も、たまには役に立つものね」

「エレクシア様……」


 ミランダ エレクシア。ハイゼルと同様、魔法学院「三頂星」のひとり。主に、国の外交を担当している。三頂星の中では一番の古株で、影響力も強い。

 

 自分の権力を振り回すハイゼルとは真逆で、慈愛に満ちた振る舞いから学院内だけでなく、国内からも人気がある。

 レブナンドとレインの師匠でもあり、ルフランとも付き合いは長い。


「どう、苦しい所はある?」

「いえ、今の所は。流石、エレクシア様の治癒魔法は世界一ですね」

「あら、おだてても何も出ないわよ」

 

 エレクシアはそう言うと、ポットから暖かいお茶をカップに注ぐ。彼女自慢のハーブティーだ。

 ルフランは上体を起こすと、エレクシアからティーカップを受け取る。


「良い匂い……。いただきます」


 ルフランはティーカップに口を付ける。

 

「どうかしら? 日ノ国に伝わる『緑茶』って物なんだけど、口に合うかしらね?」

「少し渋みはありますが、落ち着く味です。とても美味しいですよ」

 

 良かった、と手を合わせるエレクシア。この緑茶というお茶は、日ノ国の友人から譲り受けた物らしい。外交の仕事をしながら個人的な人間関係も深める。エレクシアらしい仕事ぶりだ。


「ごめんなさいね、ルフラン。彼には私から強く言っておくわ」

 

 暗い表情でティーカップの側面を擦る。三頂星の長として責任を感じているのだろう。


「大丈夫です。私は平気です」

「そんな事ないわ。あんなひどい事されて……、それに『はぐれ』や『神殺し』だなんて……」

「……事実ですので」

 

『はぐれ』とは簡単に言ってしまえば、過去に罪を犯した者に付けられる、一生消えない汚名である。人の道を外れた、はぐれ者からそう呼ばれている。

 

 はぐれというレッテルは、この世界全体に効力がある。仮に他国で罪を犯した場合、本来は出身国に連絡が入り、外交などで刑罰の軽減や強制送還などの交渉を出来る権利が産まれる。

 しかし、はぐれの場合は別である。再び罪を犯したら、その領地の権限を持つ国がすべてを決める事が出来る。その日に死刑も決行できる。

 

 そのためはぐれは、別名で人権を奪われし者『追放者』とも呼ばれていた。


 仮にその後更生出来ても、まともな職に就くことは出来ない。

 罪を犯した者は、一生掛けて罪を背負わなければならないのだ。

 そういう意味では、人権奪われた追放者と呼ばれるのも正解である。


「人形の……、はぐれの私にはお似合いのあだ名でしょう」

「何を言ってるの⁉ あの事件は……」

 

 エレクシアが話そうとするが、首を横に振り、拒絶を示す。

 それだけルフランにとって、神殺しとは背負わないといけない罪なのである。


 暫くエレクシアと話した後、身体も動くまで回復した事に気付く。

 夜も遅いため、ルフランは帰宅の準備をした。

 

「では、エレクシア様。ご迷惑をお掛けしました」

「そう。体力は戻ってないのだから、安静にね」

 お辞儀をしてルフランは部屋を退室する。

 校庭を歩くルフランに、エレクシアは悲しみの眼を向けた。


「神よ。あなたが存在するのであれば、これは罪なのでしょうか。罪だとすれば、あなたは酷いお方だわ」

 帰る彼女の背を眺めながら、エレクシアはそっと部屋のカーテンを閉める。

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