第一話 始まりの国のはぐれ者①
「起きろ、バカタレ」
そう呟くのは、黒いローブを身に纏い、紫色の髪の毛に、上げた前髪がチャームポイントの女性。
手に握った分厚い教本で、青黒い髪の少年の頭をぶったたいた。
「イテ――!」
もの凄い音がしたと同時に、居眠りをしていた少年は叩き起こされる。
その光景が面白いのか、周りの少年少女達はクスクスと笑っている。よく見ると周りの子供たちは、色は違えど少年と同じ服を着ている。
ここは始まりの国「アステリアガーデン」。
その中にあるアステリア第四準学校。一言で言えば予備校である。
少年が起きると同時に、授業終了の鐘がなる。
ため息を付いた紫色の髪の女性は、持っていた教本を教壇にポイッと投げ置く。
「先生またね――」
「ああ、また明日な」
数人の生徒の集団は、紫色の髪の女性に手を振りながら挨拶をした。
歳はまだ十二から十四辺りの子供達だろうか。話しながらゾロゾロと教室を後にする生徒たち。
「じゃ、先生。お先――」
笑顔で立ち去ろうとする青黒い髪の少年。
だが、教室の入り口を阻むように、先生と言われた女性は仁王立ちをする。
「お前は補修だ、バカタレ」
「ですよね……ハハハ」
首根っこを掴み、少年を机にぶん投げ、それからマンツーマンの授業が始まる。
「この場合敵は背後を突こうとする。その時は――」
授業をまともに聞かないでウトウトしている少年を見ると、再び教本を持って少年の机の前に移動する。
「は、な、しを聞け!」
「イデ――!」
もの凄い音と同時に、再び教本の稲妻が落とされた。
流石に二度目なのか、少年は机の上でぐったりしている。
「ったく、エルク。お前、また夜更かししていたな?」
「へへ、バレた?」
笑いながら先生を見る少年はエルクと言う。歳は今年で十七歳。活発で元気がよさそうな少年だ。
「ルフラン先生こそ、俺に構ってないで結婚相手位見つけたら? その内婚期逃しちゃうよ――ドァァ!」
二度あることは三度ある。エルクの頭に、再び教本を振り下ろす。
女性の名前はルフラン。歳は二十三歳。ここアステリア第四準学校の雇われ教師だ。
「婚期を逃したらお前のせいだな、エルク」
「ちぇ……イタタタ」
頭を押さえるエルクを見て、ルフランは微笑みながら教壇に戻る。
「エルク。この世界で使える魔法の種類を言ってみろ」
ルフランは何も書いていない黒板に寄りかかりながら、少年の答えを待つ。
「
「正解だ」
寄りかかった上体を起こし、今度は窓際に移動し、手すりに手を掛ける。
「白と黒、そして無の魔法の特徴を教えてくれ」
「白と黒の魔法はお互い表裏一体。お互いを得意とし、逆に苦手とします。白は勇者の適性がある者しか扱えず、また黒は魔族が得意な魔法です」
「無は?」
「無は朱蒼どちらにも属さない魔法です。一番の特徴は消費魔力が格段に少ない事です」
手すりから手を退け、エルクの前の机に座る。
「なんだ、わかってるじゃないか」
「へへへ、もう二年も留年してますからね。流石に憶えちゃいましたよ」
自慢気に言うな、と一言。
ルフランは椅子の背もたれに腕を置き、そこに自分の顎を乗せた。
「じゃあお前、何で留年してるんだよ。流石に教える事なくなってきたぞ」
「それは先生が一番わかってるでしょ。俺は『落ちこぼれ』だから」
エルクは一応アステリア学院の生徒である。
が、一応だ。肩書は落ちこぼれ。簡単に言えば学院で一番総合成績が悪いのだ。
それにはそれ相応の理由があった。
「まだ使えないのか? 属性魔法」
「…………」
エルクの表情は曇り、コクリと頷いた。
学院の卒業検定の基準は最低でも一種類の武器をジョブランクまでクリアする事。そして、魔法は属性魔法を取得している事だ。
エルクの武器ランクに関しては、正直かなり高い。そもそも学院にいて良いレベルではないとルフランは考えている。
武器ランクは五つに分かれており、下がマイナーとビギナー。中間がジョブ。上位がエキスパートとマスターだ。
少なくともエルクの武器ランクはエキスパートぐらいはある。斧に限りだが。
しかし、彼の足を引っ張っているのが魔法適正だ。
普通の子、ここアステリアガーデンの生まれであれば、親の血統から朱蒼の最低ひとつは適性がある。
だが、彼にはその適性が無い。全く無いわけじゃないのだが、極めて微弱と言っていいだろう。
「無属性だけじゃ……駄目だよね?」
「当たり前だろう。お前はそれで二年留年してるんだぞ」
無属性魔法。比較的簡単で、数年訓練すれば誰でも使える、魔法の基礎中の基礎だ。
そのため、無属性魔法は卒業の対象には入っていない。もちろん白と黒の魔法もだ。
「ああ……不幸だ」
「何を言っている。朱の適性が少しあるのだから頑張れ」
「少し……ねぇ。容赦ないなぁ……」
追い打ちをかけたつもりではないが、妙にへこんでしまっている。
少し言い過ぎたかな、と頭を掻きながら反省するルフラン。
「じゃあ先生がコツ教えてよ!」
目をキラキラ輝かせながら、教えを乞うエルク。
ルフランは今日何回目になるかわからないため息を付く。
「あのな、私は中級魔導士の資格しかないんだぞ。コツを聞くなら最低でも上級魔導士がいる、本校の先生に頼ればいいじゃないか」
「だって……、俺が聞くと大体の先生は無視するんだよ。教えてくれる先生もいるけど、ほんの数分喋っただけでいなくなるし」
そうか……、とルフランはそれ以上話すのをやめた。
彼は落ちこぼれ以上に、この学園内で煙たがられている理由があるのだ。
「すまなかったな。明日の夕方になら教えてやる、どうする?」
「本当⁉ じゃあ明日の夕方ね。約束だぜ!」
そう言うとエルクは立ち上がり、教室を出る。
「おい。……あ、もう時間だったな」
時計はとっくに補修の時間を過ぎていた。
抜け目ない奴め、とルフランも荷物をまとめ、教室を後にした。
――――――――――
「はぁ……疲れた」
自分の部屋に着いたルフランは、持っていた鞄を机に放り投げ、ふかふかの白いベッドにダイブする。
少しだけゴロゴロした後、眠ってしまったかのようにピタリと動きが止まる。
(強い子だな……)
無視をする、数分でいなくなる。そう悲しげに語る彼の瞳が頭から離れない。
仰向けになり、ライトの光を腕で隠しながら考え事をする。
「目立つ事はしたくないんだよなぁ……」
ここアステリアガーデンでは、特別な場合に限り、上級魔導士以外が魔法を使用する事は認めている。それ以外は基本許されない。
この特別な場合に、この予備校時間内が含まれている。時間内なら問題ないが、明日の約束は時間外。見つかったら大目玉だ。
「仕方ない。人気のない所でやるか……」
ベッドの上でぼやいていると、自室の扉をノックする音が聞こえる。
はーい、と声を掛け扉を開ける。
すると、青いショートヘアで眼鏡の女性が目の前に立っていた。
「やっほー」
「レイン先輩。お久しぶりです」
ルフランの扉をノックした女性の名はレイン。名家ホーガン家の跡取り娘であり、アステリアガーデンの特魔のひとり。ルフランをいつも引っ張り回す、面倒見の良い先輩だ。
特魔とは特殊任務をこなす上級魔導士の事だ。実力も上級魔導士とは比較にならない。言わばエリートである。
「もう任務から?」
「そそ、今帰って来たとこ。ねぇ、ご飯まだでしょ? 付き合いなさい!」
一緒したいのは山々だが、今月は財布が冷え込んでいる。給料日まで先が長いため、断るしかない。
「ご一緒したいのですが、今月ピンチで……」
「今月も……でしょ。良いから良いから! 可愛い後輩から小銭なんて巻き上げないわよ。ごちそうする付き合いなさい」
でも……と悩んでみるが、身体は正直だ。お腹は空腹で悲鳴を上げている。
「ほら、どうせまともなご飯食べてないんでしょ。いいから早く」
「はい、お世話になりますぅ……」
ここの所口にしているのは、パンひとつに味気ないスープ。腹すら満足に満たせない、質素な食事が続いていたため、非常にありがたい。
ルフランは涙を流しながら、レインと共に宿舎を後にする。
――――――――――
「あれぇ……?、どこに座ったのよアイツ」
飯屋に着いた二人は、とある人物を探していた。
「あ、いたいた。おーい、レブナンドー!」
レブナンドと呼ばれた金髪の男は気付いたのか、こちらに向けて手を振っている。
彼の名はレブナンド。彼女と同じ名家であるガトー家の現当主。レインと同じ特魔のひとりで、彼女の相棒でもある。
「お久しぶりです、レブナンド先輩」
「やぁ、ルフラン。相変わらずご飯は食べてないのかな?」
どこでバレたのかわからない。この人は昔から鋭い洞察眼を持っているが、余計な事まで気付いてしまうのがいけない。
「何でわかったんですか?」
「顔を見ればわかる。ダイエットも程々にね。過度の減量は美容にも良くないよ」
「馬鹿ねー。この子がダイエットすると思う? いつもの本の買い過ぎで金欠なのよ」
残念ながらその通りだ。お金が入ってしまうと、ついつい欲求を我慢できなくなる。
毎月、毎月その繰り返し。安月給の予備校講師には抜け出せない、地獄の底なし沼だ。
「まぁ、今日は好きなだけ食べていいよ。彼女のおごりだから」
「アンタの分は出さないわよ」
笑い話も混ぜながら、三人で食事を始める。
外の世界の話、任務の話、そしてアステリアの内部の話。何年も
「そろそろ卒検よね? どう、目ぼしい子はいる?」
「そうれふれー、ふいへんるみ――」
「食べてから喋りなさい……」
ルフランはリスのように頬張った食べ物を、胃の中に流し込む。口周りに付いたソースをナプキンで拭くのも忘れない。
「失礼。推薦組のロバート君やレナラさんは良い線行きそうですね。エー判定は固いと思います」
卒検の点数は、その後の人生に直結するぐらい大きい。
エー判定は卒業生で、実質の最高点だ。卒業後は先輩のエリート組に混ざり、
逆に合格ギリギリのシー判定。卒業後はひとりで何もかもしないといけない。隊を組むにもお金がかかるし、シー判定同士固まっても戦力は知れている。はっきり言って扱いはお粗末だ。
卒業後は皆、アステリアガーデンを出て最低でも数年は旅をして、実戦経験を積んでいく。
その後は旅を続けようと、就職しようと勝手なのだが、エリート組は大体聖職に就いてしまう。
「あの子はどう? 今回いけそうかしら?」
あの子とはエルクの事だろう。
両手に持っている食器をテーブルに置き、レインの質問に答える。
「どうでしょう」
「どうでしょうって……」
そんな事を言われても、属性魔法を出せないと卒業は出来ない。
それに仮に出せたとしても、貧弱な魔法じゃ点数にもならない。
正直、お手上げだ。
「どちらも駄目なのかい?」
「朱なら少々……。ですが、実践レベルにはほど遠いです」
「ならルフランの得意分野じゃないか。魔力調整はキミの専売特許だろ?」
レブナンドは微笑みながらそう言うと、手に持ったワイングラスを口に付ける。
個人に教えるのは基本やりたくない。見つかったら
そのためルフランは、レッスンする上で目立たない場所をふたりに聞いた。
「ふむ、目立たない場所か。レインは何処か思いあたるかい?」
「うーん、湿地湖の畔なんてどうかしら」
湿地湖。アステリアも最南にある、汚い湖だ。確かに、あそこなら誰も近寄らないかもしれない。
「ありですね」
「そう? じゃあお願いね。それで今日のご飯代はチャラにしてあげる」
「え? おごりじゃ……」
「そう言わないの。あの子は私達にとっても、特別な子なんだから。頼んだわよ」
最初からこのつもりだったのか、とレインを細い目で見るが諦めた。
どちらにせよ、教える約束はしたのだから腹を括るしかない。
その日ルフランは二日分の食事を胃袋に詰め込んだ。
――――――――――
授業が終わると、ルフランは約束の湿地湖に向かうため、繁華街に向かう。
活気のある道なりは、毎回祭りが開催されているのでないかと勘違いするぐらいに盛り上がり、歩くだけで肩と肩がぶつかりそうなくらい混雑している。
「相変わらず、すごい人だ。……ん?」
どこからか声が聞こえる。
「え――ん!」
道端で泣く女の子。服装はボロボロで、脚から血が出ている。活気のある通りには似合わない恰好から、恐らくスラム街の人間だろうと推測できる。
周りの人達は見て見ぬふりをする。スラム街の人間の生活は特殊で、基本は盗みで命を繋いでいる。だから助けないし、同情もしない。
この国の汚点のひとつで、中々改善されないのが現状なのだ。
ルフランも見て見ぬふりで、泣いている女の子の横を通りすぎる。
そのはずなのに、自然と足は巻戻しを行っていた。
「怪我してるのか。お姉ちゃんに見せてみて」
見てられなかったので、回復魔法を少女に施す。みるみる傷は消え、少女の顔は悲しみから笑顔に変わった。
「お姉ちゃん、ありがとう!」
そう言うと、少女は手を振りながら脇道に入っていく。
周りの人たちは、そんなルフランに軽蔑の眼差しを向けた。
「見た? あの子、スラムの子供に魔法を使ったわよ」
「上級魔導士以外はご法度なのにな……。この国のルールも知らない旅人じゃないか?」
早速話題になってしまった。これ以上ここに留まるのは旨くないので、ルフランはさっさと立ち去ろうと再び進行方向に身体を向ける。
(あちゃ……。やってしまったな……)
目の前にこの人がいるなら、潔くスルーしたんだけど……。と思ったが、もう手遅れだった。
「ルフラン……。貴様、ここで何をしている」
目の前に立つ派手な服を着た男は、腕を組みながら険しい顔をしている。
ルフランが目立ちたくなかった理由、ハイゼル
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